Archive for 2012年 3月 3日

3月3日 3がつ3にちは「耳の日」「春を待つうれしいひなまつりの日」

ひな祭り

ひな祭り

子ども向けではなく、自分のためにひな人形を買う成人女性が増えているようです。

<3月3日付公明新聞:北斗七星より>
きょう3月3日は「耳の日」。
言葉や音も聞こえなければ不自由で危険極まりない。
が、時には刃(やいば)のような言葉も飛び込んできて心に癒(いや)せぬ傷をつくる。
2月26日付の公明新聞日曜版「ことばの玉手箱」で、詩人の一色真理(いしきまこと)さんは傷つけられた体験を綴った
一色さんは子どもの頃、言葉がしゃべれない緘黙症(かんもくしょう)だった。少年期は、緘黙症の上に運動が苦手。
クラスメイトや教師までもが口汚(くちぎたな)く罵(のの)った
◆運動のできない男の子は「男の子らしく」ないのか。
自分を問い詰めて厭(いと)わしく、ますますスポーツ嫌いに。
言葉遣(づか)いも「ぼく」から「わたし」へと変わっていく。
そんな一色さんに向けられた非常な叫びが「それでも人間か!」。
その時、「自分は一挙におとなを飛び越えて、白髪の老人になってしまった気がした」のだ
◆衝撃的な一文に、秘めていた“心の傷”を多くの読者が告白した。
「昔は運動神経のいい子が人気者。
運動オンチはからかわれた」「自転車に乗れずばかにされた」と。
いじめた側は「申し訳なかった」と謝罪した
◆「今の子どもたちにも同じようなことが続いているのだろうか」とわが子を心配する36歳の父親もいた。
「だから詩人になれたんですね。あなたは強い人」と環境に負けずに生き抜いた一色さんを抱きかかえるような77歳の女性もいた。
うれしい反響だ。

緘黙症を知っていますか?
(公明新聞:2月26日付公明新聞日曜版・中部版より)
党長野・東信総支部がセミナー開催・・・場面緘黙児・者を支援している長野大学講師の高木潤野氏が講演した。

<高木氏の講演(要旨)>
緘黙とは、家で家族と話せるが、特定の状況(学校や職場)では一貫して話せないことだ。
それにより勉強、仕事に支障を来している。「話さない」のでない。
話す能力は持っているし、話したいこともあるが話せない。
このようにある場面で話せないのを「場面緘黙」と呼ぶ。
緘黙は幼稚園・保育所ぐらいで兆候が出てくることが多いが、その時無口、内気と区別がつきづらい。
緘黙児・者がどれぐらいいるか、はっきりしたデータは出ていないが「0,2%」というのが一番よく聞く数字だ。
緘黙がどうして生じるのか。
話すことに対する恐怖、不安を持っているのが、一番大きな理由だ。
その不安が緘黙の本質だ。
緘黙の当事者、親に対しては、様々な誤解と無理解がある。
専門家に「親の育て方が悪い」といわれ、すごく傷つく例がある。
「放っておいても、そのうちしゃべれるようになる」というのが一番大きな、根が深い誤解だ。
放っておいても治らない子がいる。
しゃべれないまま大人になるのがすごく大きな問題だ。
学校の先生は、緘黙についてなぜ知らないのか。
大学の教員養成課程で緘黙の勉強する機会がほぼゼロだからだ。
教員になってからの研修の機会もない。(クラスには)手のかかる子がたくさんいる。
それに比べ、緘黙の子はおとなしく、うるさくしない。
教員が手のかかる子の対応をしているうちに、あっという間に卒業だ。
ある緘黙当事者は「家というのは、高さが10センチぐらいの怖いと思わないぐらいのジャンプで、学校という場は、ビルの数十回から飛び降りるぐらいのとても怖くて勇気のいる場所」と話している。
この差を小さい階段をたくさん作り、徐々に上がっていくと、いずれ教室で担任と話すこともできる。
それには不安を取り除いてあげることが大事だ。
学校が役割を果たすためには、全ての現職教員への研修が有効だ。

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