Archive for 2012年 3月
暖かい日和に誘われ、街頭演説に出かけました。
桜はつぼみがふくらんでいる状態で、ここ数日開花宣言が聞かれるでしょうか?桜の代わりというと恥ずかしいですが、トレードマークのピンクのジャンバーで街頭に咲かせていただきました。(すみません。52歳の桜おばさん、満開で散らないよう頑張ります。)
街頭演説では、「防災・減災に全力で取り組んでまいります!」と・・・
◇防災の基本となるのは「自助」であり、そして「共助」です。
災害発生時、誰に助けられたかを調査したデータがあります。
日本火災学会の「1995年兵庫県南部地震における火災に関する調査報告書」で、生き埋めや閉じ込められた際に自力や家族によって助かった「自助」が66,8%と3分の2を占め、友人や隣人、通行人に助けられた「共助」が30,7%、自助と共助を合わせて9割以上も占めていました。救助隊に助けられたという「公助」は、何とわずかに1,7%です。
◇したがって、日頃から、自分の身の回りで防災の備えをしておくことが非常に大事です。
普段やっていないことは、いざという時にできません。
その自助能力が自分と家族を守るために必要なのです。
食料や水の確保をして、災害発生から3日間は自助で過ごす心構えが必要です。
同時に、近隣による共助もイザというときの頼りであり、普段からのご近所との交流を通じて絆を作っておくことも大事です。
◇公明党は今年2月、「総合経済対策」の一つとして、老朽化が進む社会インフラの再構築を訴えました(「防災・減災ニューディール」)。現在使用されている道路や橋、上下水道、港湾などの身近な社会インフラは、高度経済成長期に集中的に整備されたものばかりです。
今では、あちこちで老朽化が進み、防災上大きな課題となっています。
こうしたインフラの整備は集中的に取り組むべきです。
景気対策としての効果も期待されます。
◇いま、日本列島全体が東日本大震災以降、活発な地震活動期に入っています。
しばしば震度4ないし5クラスの地震も発生しています。
また、高い確率で予想されている首都直下地震や東海、東南海、南海の3連動地震に対する備えも必要です。
今後とも公明党は全力を尽くして取り組み、安心・安全の社会を作ってまいります。
3月30日 スマイル通信 2012.春増刊号発行しました。
本日は、やっと春らしい日が訪れたと感じる暖かい日でした。
夕方は春の嵐が吹いてまだまだ寒く、体調管理に気を付けないといけませんね。
人生が一変した?市議会議員にとお話をいただいてから2年近く、頑丈な体で、「○○○は風邪をひかない?」と自慢をしながら動きまわっていました。
3日前、とうとう頭痛、鼻水、咳に我慢ができずご近所のお医者さんで注射を打ちました。
皆様もお体をご自愛下さい。
久しぶりの注射と薬が良く聞き、あっという間に元気になってしまいました。(休ませてもらえないのか?・・・。)
3月28日 公明党田原支部大会(田原文化会館 19:30~)
公明党田原支部大会を開催。
今回は「防災・減災力UP」の学習をしました。
◎内容は・・・
はじめに、防災教育から生まれた「釜石の奇跡」=片田教授に聞く』DVDを鑑賞しました。
片田教授は、防災は(自助の大切さ)、あなたが主体的に備えること、その時自分にできることをする。
敵は災害ではなく、己(おのれ)、自分かもしれません。と言われています。
減災、備える心がまえの大切さを訴えています。
◎女性党員さんの活動報告
◎辻の田原市議会報告(女性の視点からの防災)
◎登壇して下さった皆様から、防災に対する視点を話していただきました。
※本日学んだこと。
①自分が主体的に学ぶ。
②今できることを備える。
③人をも助ける人になるために友人に語っていく。
④防災における自助の大切さを学ぶ。
⑤地域に積極的にかかわる(訓練に参加する)。
公明党愛知県本部所属の議員(国会・県・市・町)が静岡県駿河区にある静岡コンベンションツアーセンター「グランシップ」に一同が会しました。
東日本大震災から1年余り。
私たちは東海地方にも想定される巨大地震が発生した時十分な準備がなければ、甚大な被害は避けられないことを再認識しました。
「命を守る政治」を貫いてきた公明党は、この大災害に備え、地域の防災力、減災力を向上させる多角的な取り組みをスタート。
このたび、東海4県(愛知・静岡・三重・岐阜)で展開する、プロジェクトチームを発足させました。(総合本部長ー大口善徳衆院議員、本部長ー伊藤渉、事務局長ー岡 明彦)皆様と皆様の大切な人を守るため、全議員、党員が力を合わせ、意識啓発や各地域に必要な対策を進めていきます。
ご協力のほど、何卒よろしくおねがいします。
※わたくしも前日より、沼津市の水産加工会社、駿河区の友人宅など訪問対話に伺いました。
久ぶりの遠出でハンドルを握るのが少し不安もありましたが、威風堂々にそびえたつ「富士山」のお出迎えに感激して、こころあらわれるひとときを過ごすことができました。(道中は一人さびしいドライブでしたが)
3月24日 田原市3月議会定例会は23日閉会しました。
38議案を可決。
今年度引き下げを決めた議員報酬額については、新年度も維持することを決めました。
議会報告ものちほど、辻ふみこだよりにて報告させて頂きます。
◎3月19日は小学校の卒業式に参加しました。
12名の卒業生が、真新しい中学校の制服を着て堂々とお別れの言葉を述べていました。
この地域の少子化は確実に進んでいますが、(地域の来賓は昔と変わらず多いような気がします。)子どもたちの夢がかないますよう、地域のおとなも優しいまなざしで見守った卒業式でした。
今まで地域を守ってくれた退団される方、新しく消防団員になってくれた若者たちの頼もしい姿と活躍に感謝と期待の言葉をかけさせていただきました。
やはり、少子化で消防団員の数も減少し、団員の確保や、消防団活動も負担をかけてしまっていることもあります。
貴重な若者たちが地域住民のため使命に燃え、財産と生命を守ってくれています。
東日本大震災では、消防団の活躍が光りました。
家族が被災しながらも、住民を救うため自らの危険も顧みず避難誘導、救助活動に懸命に闘った勇姿があり、逃げることができたのに一人の人を救うために命を落としてしまった消防団の方も多くありました。家族の方の悲しみは計り知れません。
地元の消防団の若者は、わが子と同じで、東海、東南海、南海地震に備え、消防団員が安全な救助活動ができる体制づくりも考えていかなければいけないと思っています。
若者たちを前に、「おなたたちのお母さん議員として、地域住民を守って下さる消防団員を守っていきますね!」と約束しました。
3月22日 日本の底力
宮城・石巻工の阿部翔人主将の選手宣誓に多くの人が感動したことでしょう。
【22日付聖教新聞『名字の言』より】
「被災された方々の中には、苦しくて心の整理がつかず、今も当時のことや亡くなられた方を忘れられず、悲しみに暮れている方がたくさんいます。
人は誰でも、答えのない悲しみを受け入れることは苦しくてつらいことです。」打ちひしがれた人々の心に寄り添う温かい言葉だった。
野球部員も多くが被災した。阿部主将の自宅も浸水し、友も失った。
「しかし、日本がひとつになり、その苦難を乗り越えることができれば、その先に必ず大きな幸せが待っていると信じています。だからこそ日本中、に届けます。感動、勇気、そして笑顔を。見せましょう、日本の底力、絆を」。
よどみもなく、一言一言かみしめるように語り、全力プレーを誓って締めくくった。
うちのご近所の皆様は面倒見の良い方が多く、我が家も娘たちが育つ時も温かい地域のつながりで安心して子育てもできました。
お世話になっている皆様に対してのお礼のごあいさつをさせていただきました。
『豊寿会』という名前がついているこの会の皆様は「豊かに長寿の人生をすごし、これからも豊かに年を重ねていく方々の集まりだと思います。
どこかに病気があるとしてもお元気で意欲もあり、経験に基づいた能力がおありです。
今の若者は、震災や不景気で、これから生まれてくる子どもたちの将来も不安材料ばかりです。
「さすが農業のプロ、苗の植え方、手入れは愛情が伝わり、いつも花をみて心が和みます。」今こそ、皆様のお知恵をおかりして、若い方を元気づけていただきたいと思います。
皆様は多くの人と関わり、『元気づけてくれる人』があり、多くの方を『元気づけて下さっています。
これからも地域の見守りをお願い致します。
家族の為、地域の為に頑張って下さっている皆様のご健康とご長寿をお祈り申し上げます。と・・・
3月20日 公明党 東海 防災・減災力UPプロジェクト
名古屋市伏見ライフプラザ『鯱城ホール』にて(18:00~)
公明党 東海 防災・減災ミーティングが開催されました。
【内容】
・東海防災・減災力UPプロジェクト本部長 伊藤渉あいさつ
・公明党東海防災DVD「東海地方に迫る巨大地地震」-私たちはどう立ち向かうのかー
・名古屋市の防災について「名古屋市消防局室長」 木全 誠一氏
・講演 「我が家から始める地震対策」~東日本大震災と歴史に学んで~
名古屋大学減災連携研究センター教授 福和 伸夫氏
◎「3・11東日本大震災」から1年ーー東海地方においても、いつ巨大地震が起きてもおかしくありません。
その時、大切な命を守るためにーー。
公明党は「東海・防災・減災力UPプロジェクト」を推進中です。
東海地方の各地で「地域防災・減災ミーティング」を連続開催。
専門家を講師に招くなどして、地域の防災活動の現状や課題を学び合っていきます。
意識啓発の推進、全議員が地域の防災力アップの先頭に、地域の実情に即した防災対策を各議会で推進、「女性の視点」から地域防災を見直し、地域防災を築いていきます。
3月17日 政治評論家・森田 実(みのる)氏の『言わねばならぬこと』
若者が多くの可能性を持てる時が到来した。
(聖教新聞17日付・エール 今を生きる君へ)
和服を着て、政治を評論する姿が印象的な森田さん。
今年で80歳。古今の名著を通し、社会に鋭いメッセージを発信し続けている。
「我、80歳にして若者の役に立ちたい!」こういう心境なのです。
若者の低投票率。
若者の政治離れ。
「若者と政治」というと、ネガティブな印象が強い。
その原因は、政治側の責任です。
政治を成り立たせている、政治家、行政官、それからジャーナリストや諸団体。
それら政治を推進する主体の劣化が、最大の原因です。
特に、若者が関わりづらい閉鎖的な政治のありかたと、若者にとって一番大事になる、仕事を与える意識がないこと。
これが若者を失望させ、政治は頼りにならないと距離を置かせてしまっているのです。
森田氏は、近代の日本の歴史を15年周期で捉えている。
1945年8月15日、第2次世界大戦の終わった日が、現代史における最大の転換期。
それからの15年は復興期です。
この時は、大人も若者も力を合わせ、希望に燃えて、前向きに進みました。
次の15年は経済成長期。
それまでの政治主導から、経済の時代へ移行します。
それでも、少なからず、政治の時代を引きづっているので、若者」の政治意識は高い。
ただ意識は、上向きから横向きになります。
その後、オイルショックを契機に、世界に変動が起きます。
日本も、政治と経済だけで推進してきたのを見直そうとする。
その見直しが終わり、変革期に入るのが、1990年。
しかし、これが同時に混迷期の始まりになります。
政治・経済・社会システムの混迷です。
これは、2005年からの低迷期の一つの終着点が昨年の東日本大震災だと思っています。
日本人の意識に与えた衝撃は、終戦と同じくらい大きなものです。
これによって、若者たちの意識は、大きく変わりました。
大きな視点に立って日本を見直しています。
日本文化の再評価も行われています。
ボランティアへの意識も高まりました。
その意味で、今は大きな変動期です。
若者が多くの可能性をもてる時が到来したのです。
・・・・・・・若い時代は、大きなテーマを議論すべきです。
年金とか医療は、大人が考えるべき問題です。
どんな日本を築きたいのか。
社会はどうあるべきなのか。
人間はどう生きるべきなのか。
若者が、そうした議論を活発に行うことによって、大人も刺激を受けます。
そうやって、互いに触発しあうなかで、希望が増えていくんです。
3月16日 年度末
田原市3月議会も常任委員会(文教厚生、経済、総務)での審議、13日から16日までは新年度予算の審議「予算決算委員会」も終了、議案どおり可決しました。
市民の皆様のために使われる大切な予算です。
4日間、議員の盛沢山の質問に行政側の答弁と活発なやりとりが行われ、重みのある分、疲れましたが昨年よりは(初当選後の右も左もわからない状態で、この場に取り組み頭が混戦状態でした。)予算の使われ方を理解できました。
23日が本会議最終日です。
後日、3月議会の報告を少しずつおこなっていきますので少々お待ち下さい。
まだまだ気温が低く、いつまでも寒く感じる日が続いています。
年度末とあって地域の各種団体の役員交代など「○○総会」が開催され、卒業式、卒園式とわたくしも地域の議員として参加させて頂きます。
○○総会は田原市議会と同じで、男性がほとんど、卒業式は、母の気持ちで感動・・・どの場に参加させて頂いてもいまだに緊張しておりますが、地域の方とお会いし話ができる場に招待して頂き感謝しています。
力不足のわたくしですが「誠実に皆様のご期待に応えられるような振る舞いができますよう心がけているつもりです。」
地域の方からも市民相談をとお声をかけていただいています。
寒いなかにも庭のチュウ―リップの芽が一雨ごとに大きくなっています。
花盛りになるのが楽しみです。
忙しく充実した日々を本年も過ごしています。
被災地の皆様が少しでも復興に向け心安らぐ日々が送れますよう、公明党の一員として、わたくしにできることに取り組んでまいります。
田原市の防災対策にもますます取り組んでいく決意です。
















