東日本大震災から・1年・
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**「支え合う心」の復興を**
*昨年の、3月11日私は、4月の市議選に備え後援会活動中で、あるマンションに伺う途中めまいがしたと思いました。車に戻る途中多くの人達が「地震だ~!」といって道路に集まってきました。しばらくしておさまったので、次のマンションに向うと地震の影響で停電・エレベーターが使えず、お孫さんを乳母車にのせ帰宅途中のご婦人の乳母車を3Fまで運ぶお手伝いをしました。
*4月の選挙活動は、税金の無駄を排した分<私の愛車・タントに名前のステッカーを貼り付け・運動員も雇わず・車にスピカーを付けない~連呼なし~街頭演説のみの戦いを。嬉しい事に多くの若者たちがボランティアで支えてくれました。> 被災地の復旧・復興に回してほしい、<もちろん私の選択で節約した税金が直接の支援に回るわけではないでしょうが>被災者と共に闘いたいとの思いが強かったのす。
*選挙中も三島に避難された方達のサポートや、被災地に居て困っている友人・親戚などの様子を聴いた三島の知人からの相談を受 け公明党議員のネットワークを活かし現地の議員に依頼し支援を行いました。
*6月 石巻市・名取市・・東松島市・仙台市へ 8月遠野市・宮古市・大槌町・山田町へ 10月秋田県・青森県へ。
*被災地では、死者・行方不明者1万9000人余。大切な家族・家・職場・地域を突然失った無念さは当事者でなければ分からない事 かもしれないけれど、離れた地にいても、被災地の痛みを、わが痛みとして感じて行きたい。
*悲惨な体験をした人達が今も、がれきの山を見ながら暮らしている姿に思いを馳せる時。 <<<豊岡市長の被災がれき試験焼却の決断を高く評価します。>>>これからも痛みを分かち合い・「支え合う心」で行動をしたい。



