公明新聞から

――経済安全保障とは。
村山裕三・同志社大学名誉教授 経済分野と安全保障分野が重なる領域を安全保障の視点で捉えるのが経済安保だ。1980年代、日米貿易摩擦の時期から考え方としてはあった。国際環境や時代によっても内容は変わり、明確な定義付けは難しい。
例えば、半導体が経済安保の対象となる。産業や安全保障に不可欠な重要物資であり、民生用ではパソコンやスマホなどに使われるが、軍事用にも幅広く使われている。従って、半導体を安定供給し、その先端技術の流出を防ぐことが国にとって重要になる。
――なぜ今、注目されているのか。
村山 近年、注目を集めている理由の発端は、米中の技術覇権争いだ。その後、世界で経済安保に関わるさまざまな事態が発生したことも大きい。
まずはコロナ禍だ。新型コロナが各国で流行し、マスクや医療品などが不足した。特に日本は、ワクチンの問題が発生した。緊急時にワクチン開発もできないのかという批判が集まった。
次に起きたのは半導体不足だ。米中覇権争い、コロナ禍とも関係するが、オンラインによる仕事などの普及で、パソコンの需要が急増し、世界的に半導体が不足した。
そして今年に入ってウクライナ危機が起きた。軍事的にはロシアとウクライナだけの話だが、欧米は直接軍事的な関与こそしていないものの、その代わりにウクライナに対し武器の供与と、ロシアへの経済制裁を行った。それが今、食糧危機やエネルギー危機につながっている。
結果として、安全保障における経済の役割が大きいということで、経済安保が注目されている。
■(法制化の意義)民主党政権では予算を削減/中長期的に取組む体制整う
――日本でも5月に経済安保推進法が成立した。意義は。
村山 法制化の意義は三つある。一つ目は、制度化されたことだ。これまでも、経済安保の分野で政策が進んだケースはあった。例えば、2001年9月11日の米同時多発テロ後に、日本でもテロ対策機器の開発が推進された。これは、文部科学省の科学技術振興調整費などで実施されたものだが、09年に誕生した民主党政権によってバッサリ切られてしまった。毎年度の予算措置では、時の政権によって対応が変わってしまう。
今回、制度化されたことで、関係省庁が連携して、中長期的に取り組める体制が整った。
二つの目の意義は、「経済安全保障の箱」が設置されたということだ。法律の構成要素の四つの柱は、それぞれの目的を達成するための個別要素であり、今後さらなる経済安保の施策が必要になれば、ここに含めることができるようになった。
三つ目は、今回の法律に併せて国家安全保障会議設置法が改正され、従来の外交政策、防衛政策に加えて、経済政策が入れられた。これは今年中に改定が予定されている国家安全保障戦略に経済政策を入れる、すなわち日本の安全保障に経済を組み込む道筋をつけた。
――法律の課題は。
村山 正直、構成要素の四つの柱だけでは議論の範囲が狭かった。今後、新たな要素を付け加えていく中で、日本の経済安保政策の全体像をはっきりさせてもらいたい。
また、経済安保推進法では、国が重要な技術の調査・研究を委託するシンクタンクを設けることも盛り込まれた。今後、日本の経済安保にとって、真に必要な技術とは何かを絞り込む議論が進むことを期待している。
■(企業はどうする)経営戦略に安保リスク必要/代替できない技術の確保を
――経済安保の新時代にあって、日本はどう対応すべきか。
村山 米中の技術覇権争いの中で生き抜くためには、日本の方針をしっかり決めないといけない。
例えば、サプライチェーンの強靱化については、日本だけの問題ではない。同盟国や技術を持っている国と共同作業しないといけない。政府は、そうした国々と確固たる方針を持って交渉しなければならない。
半導体だと、技術を持っている国、例えば台湾、韓国、オランダ、米国などと話し合わないといけない。日本の経済安保にとって良い形に持っていくということが重要だ。
もう一つ、政府の役割は、官民共同での戦略技術の共同開発だ。量子や人工知能(AI)、宇宙などが今後の重要技術だと言われている。だが、これまでのように、予算を付けるだけではだめだ。経済と安保の両方を強化できる制度設計をして進めなくてはならない。
――民間企業はどうか。
村山 民間については、安全保障のリスクを経営戦略に取り入れなければならない時代になる。
そして、その企業や技術に「戦略的不可欠性」があるかが問われる。これは、日本という国でも同じだが、決定的に重要な領域において代替できない技術を持ち、その地位を確保していかなくてはならない。
つまり、企業の存在が、国際社会から見て戦略的に不可欠ならば、成長できる道が開ける。日本の企業にとってビジネスチャンスも出てくる。米国のサプライチェーンから中国が締め出された際、空いたマーケットを取りに行けるか。安保環境の変化に機敏に対応できる企業が、生き残れるだろう。
むらやま・ゆうぞう 1953年生まれ。同志社大学経済学部卒。米ワシントン大学よりPh.D(経済学)の学位を取得。その後、野村総合研究所、同志社大学教授、副学長などを経て現職。専門は経済安全保障、技術政策論。著書に『経済安全保障を考える』(NHKブックス)など。
■5月に推進法が成立/今秋、基本方針策定
5月に成立した経済安全保障推進法は、①重要物資の供給網確保②基幹インフラサービスの安定的提供③先端重要技術の開発支援④特許出願の非公開措置――の四つの要素で構成されている【表参照】。
それぞれ、国に新たな権限を与えることなどが規定されており、例えば、半導体や医薬品など国民生活に欠かせない重要な製品「特定重要物資」が安定的に供給されるよう、企業の調達先を調査する権限を国に与えることが盛り込まれた。また、サイバー攻撃を防ぐため、電力などのインフラ企業が、重要な機器を導入する際、国が事前審査を行えるようにもなった。
さらに、軍事に関わる技術の中から国民の安全を損なう恐れのあるものは、特許の出願を非公開にできる制度なども盛り込まれており、実効性を保つため罰則も設けられている。
今秋には政府が制度の要点などを盛り込んだ「基本方針」が策定され、それぞれの制度ごとに段階的に施行される。