動物福祉の視点重要に

■適正飼育について気軽に相談できる環境の整備を――コロナ禍の影響で、新たに犬や猫を飼い始める人が増加傾向にある。田中亜紀講師 動物を家族として迎え入れる人が、もっと増えてほしいと思っている。生活の中で、動物が身近にいるということを実感できなければ、動物福祉の考え方が根付かないのではないかと懸念しているためだ。
私は、親の仕事の都合で、中学生まで英国で育った。2001年に渡米してから、19年まで米国で暮らしていた。近隣の人たちは皆、ペットを飼っていて、動物がそばにいる生活が当たり前だった。私も動物が好きで、犬と猫を飼っているし、最近では乗馬もやっている。
一方、他国と比べるとペットを飼っている人が少ない日本では、動物と一緒に暮らすのはとてもハードルが高く、難しいことではないかと思われがちだ。
仕事で忙しかったり、住環境の問題があったりなど、さまざまな事情があって、動物を飼うことを、ちゅうちょする人が多いかもしれない。また、健康管理や避妊去勢手術なども必要で、大変ではないかと心配する人もいるかもしれない。
とはいえ、動物を飼えるのは、一部のお金のある人だけとなってはいけない。多くの人が、動物虐待などの問題を、ペットを飼っていない自分には関係ないと感じてしまえば、動物福祉はないがしろになる。
重要なのは、動物を適正に飼育できる人が増えることである。例えば、一人暮らしで、仕事が忙しいという人でも飼える犬種や猫種があり、自身の生活スタイルに合ったペット選びをすれば、動物を家族として迎え入れられる道が開ける。また、健康管理などについて、もっと気軽に相談できるような環境の整備を、私のような獣医師が進めていく必要がある。
■愛護管理法の改正を評価/虐待に対応する体制急げ
――動物福祉に関する日本の法制度をどう評価しているか。
田中 昨年6月に、改正動物愛護管理法が施行されたことは、非常に重要だ。犬や猫の繁殖業者やペットショップといった第一種動物取扱業者の飼育数や管理方法などについて、厳しい数値基準が明示された。これにより、基準からかけ離れた劣悪な環境で動物を扱う業者に対して、業務停止を命じる“レッドカード”も突き付けやすくなった。
取り締まりに関する権限を持っているのは、自治体の保健所などの行政機関と獣医師だ。
自治体は、業者を監督する。問題があれば業務の改善を勧告し、場合によっては、業務停止命令を出せる。獣医師も、業者を抜き打ちで視察できる権限を持つ。また、動物虐待があったかどうか判断し、虐待があったと見なせる場合、警察に通報する義務もある。
改正動物愛護管理法は、自治体の行政機関と獣医師が与えられた権限を行使し、動物虐待を察知したら、それに対応していくことで運用される。しかし、そのための体制がまだ十分に確立していない。
劣悪な環境で動物を管理している業者やペットの虐待などに対応するには、まず、自治体との連携は不可欠であり、動物愛護センターなどが動物の収容の受け皿として機能すべきであるとも考えている。
しかし、自治体の行政機関と連携して取り組みを進める際、“殺処分ゼロ”という目標が重圧になっており、虐待されるなどした動物を積極的に引き取ることに、ためらいが生じているのではないかと感じることも少なくない。
虐待が疑われる現場から、動物を保護するためにセンターで引き取っても、譲渡先が見つからなければ、殺処分ということになるかもしれない。また、治療しても回復が見込めず、激しい痛みで苦しみ続けている動物もおり、やむなく安楽死させることもある。
獣医師にとっては、動物を苦痛から解放する医療行為であり、殺処分に含めない自治体もあるが、こうした安楽死も避けようとして、虐待が疑われるなどした動物を引き取りたがらないのではないかと危惧している。
■保護施設の運用に不可欠な「シェルター・メディスン」
――「シェルター・メディスン」という考え方の普及に尽力している理由は。
田中 シェルター・メディスンは、米国で確立した獣医学の新しい専門分野だ。動物の保護施設であるシェルターに収容された動物に関して、獣医学的な知見が必要だということで始まった分野である。
シェルターでは、動物の群管理、多頭飼育という状態になる。そうなると、感染症などさまざまなリスクがあり、シェルターに収容された動物が健康を損なってしまい、安楽死を余儀なくされるという事態になることもあった。そのため、シェルターの動物の健康管理に関する専門的な研究を進める集団獣医学が求められた。
また、虐待された動物をシェルターで保護することも多い。従って、動物虐待事件に関する警察の捜査や、裁判において犯罪行為を立証するのに必要な情報を、獣医学的見地から提供する法獣医学も含まれる。
さらに、自然災害で飼い主と一緒にいられなくなった動物を、シェルターが受け入れるということもある。その際のシェルターの受け入れのあり方や、平時から被災動物を減らすための対策などを考える災害獣医学の視点も大切である。
シェルターは、地域の動物問題に対応する重要な施設だ。その運用には、集団獣医学、法獣医学、災害獣医学の三つを柱とするシェルター・メディスンの考え方を取り入れる必要があると考えており、日本でも浸透してほしい。
たなか・あき 1998年、日本獣医生命科学大学卒業。動物病院勤務を経て、2001年に渡米。米カリフォルニア大学デービス校にて、環境毒性学部で修士課程修了後、シェルター・メディスンの研究で獣医予防修士課程修了。同校でシェルター・メディスンと災害獣医学の研究をテーマに博士課程修了。博士(疫学)。20年4月より現職。獣医師。