土曜特集
感染症、デマに惑わされないために
東京女子大学 広瀬弘忠名誉教授に聞く
2020/03/21 4面
 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、SNS(会員制交流サイト)上で誤った情報やデマが広がり、全国でトイレットペーパーやティッシュペーパーの買い占めが起きた。なぜ、こうした騒動が発生するのか。災害・リスク心理学が専門の東京女子大学・広瀬弘忠名誉教授に、その原因や虚偽情報に惑わされないための対策を聞いた。

■繰り返されるパニック

――今回のデマ騒動をどう見るか。

広瀬弘忠・東京女子大名誉教授 人類の歴史を振り返れば、感染症の拡大に伴う騒動は、しばしば起きている。

例えば、1980年代にエイズの感染が拡大した時だ。初めてのエイズ患者は81年に米国で症例が報告された。その後、エイズは2000年過ぎまで猛威を振るい、多くの若者が感染して亡くなった。

日本国内では1985年に、厚生省(現在の厚生労働省)が、初めて日本人のHIV感染者を発表した。当時、病気の実態が分からず、自分も感染するのではないかと、日本中が大騒ぎになった。若者から高齢者まで感染を恐れ、「エイズパニック」と呼ばれるほどの現象になった。

ほかにも、中世ヨーロッパで大流行したペスト、最近では結核やポリオなど、感染症の流行時には決まってパニックがつきものだった。今回も例外ではない。

――デマが生まれる原因は。

広瀬 今回の事例でいえば、ウイルスの全容が分からないことにある。国民にとっては、症状の出ない感染者がいたり、特効薬もない。恐怖のるつぼの中にいる状況だ。誰もが自身の健康には関心が強く、病気には不安が伴う。これが、情報のあいまいさと結び付くと、デマやフェイクニュース(虚偽情報)が流れやすくなる。

■先行き見えない不安が原因

――なぜ、デマが広がったのか。

広瀬 皆が漠然とした不安を抱えているからだ。ウイルスからの防衛手段はマスクか手洗いしかないが、実際に店頭ではマスクの売り切れが続いている。すると、マスクの次に何か品薄になるのではないかと誰もが不安になる。

今回のように誰かがデマを信じ込み、「トイレットペーパーが品薄」とSNS上で流せば、多くの人は「確かにそうだ」と受け止める。人の不安に火が付けられた形だ。

SNSが悪いのではなく、先行きの見えない不安やフラストレーションが誤情報で刺激されて、一気にデマが広がっていった。

■(情報チェック)複数のチャンネル(窓口)で確認必要/不確かなら疑問提起を

――デマを拡散させないためにできることは。

広瀬 複数のチャンネル(窓口)から情報を得るようにすることだ。SNS情報やテレビで新型コロナ番組を見たら、行政の情報も確認するなどしてほしい。災害時と同様、普段と異なる状況だからこそ、正しい情報かどうかをチェックする意欲を持って、真実を突き止める努力が必要だ。

特にSNSでは「おかしいな」と思う投稿があれば、コメント機能などで反応ができる。それを見た人の行動にもブレーキがかかる。不確かな情報には、疑問を呈することも欠かせない。情報が明らかに事実と乖離していることを指摘できれば、フェイクは実効性を失う。

――政府の情報提供のあり方は。

広瀬 十分な量の正しい情報を提供していくことが望ましい。提供した情報が信用されるような工夫も必要だ。ある商品が品薄になった時、「在庫は十分にあります」と言うだけでは、国民を惑わせてしまう。なぜ店頭に商品がないのかを丁寧に説明した上で、商品の生産や流通状況、倉庫の備蓄、出荷日程などを示せば、政府の情報は、より信頼されていくはずだ。

台湾では、当局がマスクの在庫状況や販売する薬局名のデータをホームページ上に公開した。これを受け、民間の機関がマスクマップや、薬局ごとのマスクの在庫状況が分かるサイトを開設し、市民がスマートフォンのアプリを利用をすることで、買いだめパニックを防いだ。参考にしたい支援だ。

――国民が安心できる情報提供が必要になる。

広瀬 その通りだ。国民の情報リテラシー(情報を読み解く力)は高まっているが、感染症の流行期には不安やストレスがたまる。ちょっとしたデマでも振り回されてしまう。

人は、地震や台風など五感で感知できる自然災害に対しては、比較的冷静に判断し備えることができる。一方で、感染症のように目に見えない危機には、必要以上に過敏に反応しがちだ。

また、未知で新しいリスクには恐怖が先立って、正しく対応できなくなる。こうした点を踏まえ、情報を発信する側は、リスクの性質を見極め、危険にさらされている人々の心理状態を把握した上で対策に当たることが求められる。

――感染は拡大し続けている。今後、注意すべきことは。

広瀬 感染症が流行すると、人は感染者にスティグマ(否定的な烙印)を押し、差別的に扱う傾向がある。最終的には感染者の家族、パートナー、友人までターゲットになる。医療従事者やダイヤモンド・プリンセス号の乗客が、差別扱いされているとの報道もある。本来、感染者はウイルスの被害者だが、加害者のように扱われている。

人は過度に恐怖が高まると、はけ口を求める。つまり、自分の恐怖を誰かのせいにしてしまい、結果として、差別や偏見につながっていく。自身を守るために、普通では考えられない行動を取り、他人のプライバシーや人権を侵害する危険がある。感染者の人権を守っていくことは不可欠だ。

■国内に在庫が十分あっても買い占め連鎖で品薄に

トイレットペーパーの買い占め騒動は2月下旬、ツイッター上の「マスクと原材料が同じ」「中国に生産を依存」などの投稿が発端だった。テレビや店舗で実際に品薄状態を目の当たりにし、デマだと分かっていても商品を求める行動が、買い占めに拍車を掛けた。

経済産業省や日本家庭紙工業会は、100%近くが国内生産、十分な在庫があると消費者に冷静な行動を呼び掛けているものの、地域によっては品薄状態が今も続いている。「マスメディアが、視聴者が『この情報を見た他の視聴者は買いだめをやめそうだ』と感じるような情報を流すこと」(17日付「朝日」、安田洋祐・大阪大准教授)との指摘も参考にしたい。

世界保健機関(WHO)は、誤った情報や治療法などが拡散することを指す造語「インフォデミック」を用いて危機感を訴え、人々に適切な対策を行うよう広く呼び掛けている。

ひろせ・ひろただ 1942年生まれ。東京大学文学部心理学科卒。東京女子大学文理学部教授を経て同大学名誉教授。文学博士(東京大学)。専門は、災害・リスク心理学。株式会社安全・安心センター代表取締役、日本リスク研究学会名誉会員。

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