『ハツ場ダム』が3月31日、計画から68年を経て完成

国が群馬県長野原町に建設していた「ハツ場ダム」が3月31日、計画から68年を経て完成しました。洪水調節や利水、発電などに対応する多目的な役割が期待されます。ハツ場ダム建設は1947年9月にカスリーン台風が関東地方などに甚大な被害をもたらしたのを契機とし、利根川上流で洪水調整を行い、東京都など下流部の被害軽減を図るために52年に計画されました。当初は地元住民による激しい反対運動もありましたが、生活再建などの補償交渉が2001年6月に合意し、ダム周辺の道路整備などが着々と進んでいました。その後、09年9月に旧民主党政権が誕生し、「コンクリートから人へ」の象徴として当時の国交相がハツ場ダムの建設中止を表明。苦渋の決断で建設を受け入れた地元は大混乱となりました。公明党は建設中止が表明された直後、山口那津男代表らが首都圏の地方議員と共に現地を訪れ、地元関係者の声を聞くとともに、国会審議では「地元を無視した極めて乱暴な決定だと厳しく指摘し、政府に再考を促すなど地元に寄り添ってきました。その後、12年12月に自公政権が再出発し、建設が前進しました。昨年10月に首都圏などを直撃した台風19では、ハツ場ダムが河川の氾濫防止に威力を発揮しています。ハツ場ダムは昨年10月1日からは水をためてダムの安全性を確認する【試験湛水】を開始しています。その矢先の台風19号この台風19号では13都県で大雨特別警報が発令されりまし利根川上流でもカスリーン台風と同等の豪雨となりました。ハツ場ダムを含む七つのダムが貯水した雨水は約1億4500万トン。このうち八ツ場ダムは約半分の7,500万トンを受け止めています。国交省はハツ場ダムがないと仮定した場合、利根川上流と中流の境目にある観測地点では水位が1㍍上がっていたとの検証をまとめている。下流域の洪水防止に貢献し首都圏を守ることができた。旧民主党政権の杜撰な政治姿勢が問われるものと認識します。集中豪雨で河川の流下能力が限界となる前に、ハード対策や時系列の避難行動を記したマイタイムラインの普及など、ソフト面での対策推進をしなければなりません。【4月5日公明新聞抜粋】

■八ッ場ダム (4)

            ■八ッ場ダム(群馬県)が運用開始

 

 

 

 

 

 

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