令和4年度「園・学校経営報告会」
昨日の開催でしたが、教育のための町づくりを掲げる、須恵町独自のユニークな取組みです。
役所・園・学校の教育関係、議員、地域関係の諸団体を幅広く参加対象として、園長・校長が報告する経営目標の達成状況を受けるものです。
真面目な報告ですが、これがけっこう面白いです。須恵町教育界の現場の指揮官が、真剣に発表するのですから。
講評をされた福岡教育大学大学院の川島耕司先生も「ベーシックで、シンプル。あたりまえのことを着実にやっている」と評価。実はこれが難しいそうで。
今回は報告会でした。そう、年度始めには「説明会」が開催され、経営重点目標と取組みを発表します。5〜6月くらいでしょうか。先生方お疲れ様です。

「子どもたちがね、間違えて渡るんですよ。危なくて」。
早朝、現地でお話を伺ったのは初当選直後2日目、まだ任期も始まっていない、議員未満の私でした。
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地元の交通指導員さんが心配して語るのは、子どもの事故。
歩行者用信号機は、通常、横断歩道の両側にあるとして、交差点に計8機が必要です。しかし当時ここは半分程度。足りない。
この交差点は須恵町の文教地区に位置し、小学校・高校・幼稚園が近接している。のに、何とも中途半端な数。余計に惑う。確かに子どもたちは間違って渡ろうとする。毎日通っても間違ってしまう!
どうやら、車道の信号を見たり、勢いで渡ろうとしたり、適当に判断してるよう。交通指導員は気が気じゃない。
任期開始を待って担当課に行くと、
職員「取り付ける支柱がないので、しょうがないです」
私「逆でしょ。信号が必要なところに支柱を立てるのでは?」
職員「歩行者用ですから(そこまでしない)」
私「……」
職員「危険はないと判断しています」
私「……」
記念すべき初仕事でした。無知というか、未熟というか。
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月日がたったある日、たまたま当時の町長と現地にて。
私「ここ歩行者用信号、足りないの、分かりますか?」
町長「どうゆうこと?」
私 かくかくしかじか。「ということで危険です」
町長「ふーん、そう」
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出来ました。
ある日町長、ニコッと笑って
「あそこ、つけたけん」
できる時はこんな感じか。と、嬉しい拍子抜け。議員になって3年半が経過していました。
写真は、今や完備された歩行者用信号機。中央の赤く点灯している信号は、支柱が増設されています。
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この写真の撮影はちょうど下校時間。写してませんが、信号機があれば、ちゃんとルールを守る子どもたち。安全安心へ一歩前進できました。

それはまだ私が新人議員の頃。
須恵町と志免町の境界を縫うように走る道。
「ちょっと見ちゃってん」
この地域の役の方と現地へ。
「子どもが車よけて落ちよると。自転車も落ちる。ゴミ捨てるもんもおる。どげんかせんといかん」
そこは深さ2mはある側溝。そして長い、100m以上はあるか。
私「落ちたら大変でしょう?」
役の方「ケガするくさ。やけん相談しようと」
などと、詳しく伺いました。
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役場担当、「そこ須恵の町域ですが道路の管理は志免です」「起点終点が他町なので須恵町では難しいです」「申入れはします」
当時の町長、「あんたが頑張って、志免の先輩と話ばしちゃらんね」
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志免町公明党の大先輩議員・大西勇さんに相談。現地での会話。
大西さん「これは須恵の問題やないとね?」
私「志免の中学生も落ちよるとです」
大西さん「そうね、いかんね。これ暗渠にすると?相当かかるよ。うーん…。よし、わかった!」
私「ありがとうございます!」
大西さん「ちゃんと須恵からの手続きとか、しとってよ。進めるけん」
いやぁ先輩、カッコよかった。
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1〜2年かけて、完成しました。一足飛びにいかず難航し、ご苦労をかけて申し訳なかったのですが、立派な出来に感謝感謝の思いです。また、いい経験を積ませていただきました。
公明党のネットワークがあってこその仕事だったと思っています。
そして、一番汗を流した大西議員が、今も現職でバリバリ働いていらっしゃることに、胸が熱くなります。
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写真は、竣工後の歩道。ガードレールに区切られ安全に。かつて深めの側溝でしたが、今はゴミ・雑草もなくなり、環境が改善されました。








