早朝クアラルンプールに到着し飛行機を乗かえてインドネシアのスラバヤ空港へ。
到着して直ぐに50万ルピアを支払いVOA(到着ビザ)の取得の手続き。
入国カウンターへ進み両方の人差し指の認証登録されながら質問を受ける。
面倒だったのが税関申告、2次元コードの税関申告を個人個人がインストールしてスマホで操作。氏名から始まってeメールアドレス、パスポート番号・・・滞在先のホテル名、出国の日時・飛行機の便番号と入力してOKのQRコードに辿り着く。スマホのQR画面を提示し次へ。インドネシア語と英語のカタコトを駆使し税関とやり取り。
再度、全ての手荷物をX線に通され確認された。危ないモノは何も持って来ていない。以前にインドネシアに入国した時とかなり違っていた。
無事にエアコンの効いた空港の待合場所から出ると「ムッ」とした南国の香り(熱帯植物の匂い)と一緒に熱い風がカラダを包んだ。
我家でホームステイしていたバドリ君と5年ぶりの再会ができた。彼の家族・親戚達が一緒に出迎えに来ていた。
ギュウギュウ詰めで一台の車に乗り込み、彼らの家のパメカサンに向かった。
空港から家まで3時間程かかると言っていたが、同行の家族全員が礼拝するからと途中モスクに寄ったり。・・結局5時間以上かかった。
道中どの車やバイクも、スキがあれば、どこでも追い越す。3人乗り4人乗りバイクが普通らしい。
日本人の感覚でHati-Hati(危険)な道路走行。バドリ君の姉の家に無事故で着いたのが不思議なくらいに思えた。
夕食は家族や隣の住人も自然のように集まって来て、一緒にお姉さんの手料理を外のテラス?で・・・裸電球の下にぎやかにいただく。
バドリ君は通訳の様に日本語を使いこなし、かなり株を上げたのでは・・・。明後日の彼の結婚式ではもっと上がる最高の日となると感じた。
出国のため成田空港へ。第2ターミナルからの搭乗は初めて。カタール行きのカウンターの向かいでは、マレーシア航空のクアラルンプール行きの手続き。中東地域やアセアン地域のホリの深い顔立ちの人々の中で順番待ち。
安全保安検査を無事通過するとパスポートの顔認証で出国手続き終了。搭乗口は第2ターミナルの一番奥の97番ゲート。
これから向かうマレーシアや最終到着地のインドネシアはイスラム教の信者が多い国。豚肉を食べるのは厳禁地域。しばらく食べれないトンカツを成田空港レストランで注文した。
クレジットカードが使える店がどれほどあるかわからないので、両替は2,400,000ルピア分だけに・・・お金持ちになった気分で札束を封筒へ小分けして入れた。
農業の先輩で40年来の付き合いがある倉島りんご園さん。中山間地の菅谷地域で約4ヘクタールの畑でりんご栽培、そして直売所経営。畑周辺を電気牧柵で囲い、雑草地、森林などを整備して緩衝地帯作ることで猿やイノシシ等の対策を行っている。
今年の獣害被害や猛暑でりんごに影響は?これからの経営の課題について伺った。
新潟県農業大学校に通っていた長男が直売所の手伝いをしていた。ヨーロッパやアメリカなどへ1年〜2年間農業研修に行かないか?20代前半であり、お父さんが元気で何も心配ない内に・・・若い時の苦労や挑戦は人生の宝になる。と国際農業交流協会のことなど誘ってみた。海外からお嫁さんを連れて来るチャンスも等々、冗談をまじえた。たわわに色づいたりんごの木の下で、笑いながら赤らむ後継者にお茶を出していただいた。
午前9時より新発田市消防団総合消防訓練が五十公野公園大駐車にて開催。時折、本部テント席に雨が吹き込む天候に市内各分団の消防車両68台と広域消防のハシゴ車が集結し放水訓練を行った。
「ハシゴ車は30メートルの高さまで伸び消火活動ができる。先端のバケットには80キロの人が3人乗っても安全な仕様になっている。高層階の救助も可能」とちょうど本部席の私の前席に座る消防長から詳しく話を聞くことができた。県立新発田病院を含め市内の万が一のビル火災に対応できる。
消防訓練を閉式まで居ることができず、正午前には地元、道賀集落の秋祭り・収穫感謝祭に来賓として出席し祝辞。
午後2時からは中井さくら園(障害者支援施設・福祉型障害児入所施設)の秋祭りへ。市内のよさこい愛好会の団体と入所の方々が踊り、拍手、なるこで各演目が盛り上がった。帰りの玄関には即売コーナー。手づくりの作品やさつまいもを買わせていただいた。
今日の各会場へは消防服のまま急ぎ足でハシゴ出席。
1964年に中井小学校と島塚小学校が統合した新発田市立二葉小学校が創立60周年を迎えた。
記念イベント「イルミネーションフェスタと吹き出し花火の打ち上げ」を同校グラウンドで開催された。
私の学舎でもあった旧校舎は1970年に完成し落成式典が10月17日であったことからこの日が創立記念日。
2008年に新発田市教育委員会から児童数減少と校舎の老朽化で近隣の外ヶ輪小学校への統合案があり度々説明会が開かれた。しかし学区の保護者、地域住民が反発。二葉小学校の存続に強い要望を多くの市民、教職員OBからも頂いた。
地元の市会議員でもあり、それに応えるように議会で教育長(当時は教育長職務代理者)に理論的に適正規模校の二葉小学校統合案の撤回、市長には二葉小学校の新校舎の建て替えを訴え続けた。そして統合案反対の議員の輪を広げた。
そんな渦中、2011年3月11日に東日本大震災が発生。その後、国が学校校舎等の耐震化への有利な交付金を創設した。児童の1日も早い安全な教育環境の整備に教育委員会が二葉小学校の統合案を撤回、市長部局で新校舎の建て替えの予算案を示した。15億1千500万円の建設費だが二分の一が国の補助、新発田市の財政負担は約8億円ほどで2014年9月1日新校舎が完成した。
我家の末娘が新校舎で学び卒業して、彼女は今年二十歳を迎えた。
時の流れは早い、しかし地域の二葉小学校への愛着は深い。
PTAの他におやじの会や地域の二葉ネット活動が更に活発。
今年度も1年生から6年生まで全て2学級の適正規模校。農村地域など郊外の小学校として豊かな自然環境に心豊かな児童が育つ。校門の横には60年前の創立記念石碑に「育心」の揮ごうが刻まれている。統合し市街地のマンモス校の様にならず良かった。
今後も二葉小学校の発展を祈念しながら花火を見つめた。
今季の収穫が終わり、大掃除のため乾燥機、もみすり機、軽量機のカバーやフタを開く。
残っているいモミや塵をコンプレッサーのエアーで吹き飛ばす度に粉塵が舞う。完全防備の作業服、メガネ、マスクを着けて分解、組み立て。最後は庭ばき(感謝して作業場の掃き掃除)でシャッターを降ろす。
それぞれの機械には購入年を忘れないようにカバーの裏側にマジックで書いてあった。
県振興局の農業改良普及センターの園芸担当職員がアスパラガスの生育調査に来ていた。
定植して10年以上が経ち収穫量、収穫物が細くなっていた。新たな技術の導入(高設栽培の様なボックス型の高い畝)で来年から植え替えを順次行う予定と立ち話し。
普及センターの専門の知識と情報、指導をお願いしたい・・・。
毎日の収穫を腰を曲げずに楽に作業ができる発想、構想は良い、新しい事に挑戦は、この歳になってもワクワクする。・・・問題は時間の確保か


















































