フロントには朝5時にモーニングコールを頼んだ。5時前に枕元の電話が鳴りインドネシア最後の朝に荷造りの最終チェック。道路事情が日本と違うのでスラバヤ飛行場までは余裕を持ってホテルを出発したかった。案の定、大量の朝の出勤バイクを縫うように?縫われるように?バイクに追い越される。車中ではバドリ君のスマホに20年ほど前、我家で研修していたスプリャント君からWhatsApp (無料電話)がはいった。彼はスラベシ島の研修生だった。
「私の家にも来て欲しい・・」彼は42歳になり3人の子どもに恵まれ、養鶏業をしている。経営は順調なようで安心した。彼はインドネシアに帰国後も日本に農業青年を送り出す機関(農業訓練庁)で日本語の先生もしていた。日本語を教えた私のおかげと言っていたが、今も流暢な日本語であった。空港まで4時間が経過する中、漁港や市場、塩田などの説明をガイドの様にバドリ君が説明してくれた。彼も私と数日間、日本語を話していて言葉が甦ってきていた。
インドネシアの国は成長し続けている様に感じた。人口減少、高齢化の問題はない。生産年齢人口の比率が高く、国内消費がスマホ等の通信機器からバイク、車がインドネシア経済を押し上げている。生活水準の改善で国内消費がどんどん伸びている。
バドリ君いわく、世界第4位の人口、しかし就労の場が追いついていない。大学を卒業しても働く場のない人が多い。農村と都市部の格差はなくなりつつあるものの高学歴思考で学費の心配が出ている。
新婚バドリ君に子どもは何人つくりたいですか?と聞くと。直ぐに2人がちょうど良いと応えた。
今まで26人の研修生を受け入れてきて、彼らの文化、生活様式、この国の農業で何が必要なのか。現場を見て教えなければならない基本的な生産技術(土壌診断、施肥、灌水・・)やマネージメント(6次産業化や販路)について。彼らの悩みを聞くと反省する点がある。
現在、我家は新型コロナ発生後は受け入れは中止している。これからは若手の受け入れ農家に助言をしてゆきたい。
バドリ君の親族、新婦の親族、近隣住民の多くの方々に私が滞在中大歓迎をしていただいた。Terimakasih,sakarankon.
・・・自由に書いているブログが行政視察の復命書みたいになってきた・・・









