生涯学習センターにて「羽越水害復興50年記念」のシンポジウムがあった。
新発田市民他、胎内市、関川村、阿賀町などから多くの出席者があり、講堂の椅子は埋まった。
50年前、この大災害を子ども目線で実体験をしているだけに、
大人になった今、被害の詳しい実態を聞いておくべきと思い出席した。
加治川の堤防の他に農地の復旧・復興の状況を知る。
現在の年齢から50年を引く、一番身近な両親は当時31歳であり、今は亡き祖父は56歳であった。
今の私と同年代・・・。
2年続けて稲刈直前の水害であり、米の収入は皆無、家屋も被害に遭っていた。
子どもの頃は何も気に留めていなかった。
羽越水害の復興50年と、我が家の復興も苦労の連続で同時進行していた。
夜は新発田祭りの民謡流しに心地よい汗!
新発田市のメインストリートを1300人の踊り子で埋め尽くした。






