6人のインドネシア農業研修生は新潟市、新発田市、長岡市、津南町、南魚沼市、上越市の各農家へ配属された。
8ヶ月間ホームステイしながら、農業技術や日本の生活習慣を学ぶ。
覚えたての日本語で自己紹介をした後、緊張がほぐれ記念撮影パチリ。
怪我なく病気なく、成果を持って12月には帰国する。
ガンバッテ下さい!!
これまでに新潟県では、202名のアセアンからの農業研修生を受け入れてきた。
我が家は、その内24名のインドネシア青年を受け入れてきた。
受け入れ当初、スマトラ島やボルネオ島からの研修生は
電気が数年前にやっと村に来た、裸電球の明るさにビックリした・・・と。
日本に来て電子レンジにも驚く・・・
現像を急がせ恋人との待ち遠しい写真入り手紙のやり取りも、
1週間以上、郵便配達のバイクを首を長くして待つ日々。
そんな素朴な農業研修生も過去には何人も居た。
しかしここ最近の研修生はスマートフォンを持参し、
本国との連絡も「ライン」などで行う青年が多い。
時代が変わったとともに研修生も変わってきた。
それは日本人も同じ事か・・・
そんなに驚くことはないか!?
すっかりおじさん感覚になってしまった自分
中学生の娘に「お父さんヤバイかも」か!?
今年も渡辺家には、もう一人息子が増えた。
4本刃の鍬と平鍬の2本を使いこなしての畦塗作業を、
早朝の朝メシ前仕事で汗を流していた、20代の就農当時。
夜になると腕はパンパンに、若いのに腰も病めた思い出がある。
もっと昔はもっと大変であったと語る過去の人
昔の苦労話は誰も好まない。自分は聞くのが嫌だった。
諸先輩の経験があり今がある、尊敬すべきだったのに。若さ故・・・
良い事を沢山語れば良い!
現在はエアコンの利いたトラクターのキャビンの中。
今日は国会中継のラジオを聞きながら、快適な畦塗作業である。
重労働から次々解放される農業。
しかし後継者不足の日本農業。
これ以上何が不足か?儲からないから?
農業は単なる労働者(オペレーター)ではない
経営者としての意識がどれほどあるか。
自然(動植物)を愛するマネージメントが出来るか
ハンドル握り、スタミナドリンク飲みながら、思いめぐらす農作業。









































