色んな思い出が・・・
明日から10月ですね。
あちらこちらで柿の実が大きくなっています。渋柿も美味しそうに見えます。
9月は、定例会があり阪南市議選がありと、あっという間に過ぎ去って行きました。
何かと忙しかったのですが、近づく衆議院議員の総選挙が終わるまでは忙しいものと思われます。
今日は過去の9月定例会の思い出を。
今から、約16年前のこと。
私は、議員として2期目の初の役選で副議長に選出頂きました。
約1年を経過し、最後の定例会である9月議会を乗り切り、11月の役選でお役御免という時に、定例会前に突然、当時の議長が議長職を辞職すると電話がありました。
年数が経っているものの、個人の名称は流石に遠慮致します。
私は、当然慰留をしたのですが、議長の決意は固く、定例会初日に辞表を提出されました。
困ったのは、副議長である私。事前に議運で議事日程を決定し、初日から市長の挨拶に続いて、各議員の一般質問が行われる予定だったのですが、各派代表者会議を開催して議長辞任について報告し、この先どうするのかを決めなければならなくなりました。
人事は優先です。が、11月に役選議会を前にこの時期に議長を引き受ける議員などいるはずもなく、更に、この時の各会派の代表者はベテランの大先輩の方々ばかりなので、話を纏めるのに一苦労、いや二苦労、三苦労です。
結局、誰も新たに議長を引き受ける方もおらず、副議長で乗り切ろうと言う事となり、遅れに遅れた定例会を昼からスタートしました。
いざ、一番の議員を指名し一般質問を始めたのですが、この大先輩の議員が本来なら、朝一番でスタートする筈が、午後からの質問となると支援者が傍聴できない。よって、二日目からあらためて一般質問をしてほしいと求めてきました。
勿論、各派代表者会議を開催し、合意を得ての上で進めていることを説明したのですが、こうなるとご自身の主張を曲げないのがベテラン議員の特徴。暫時休憩を宣言し、この日は結局何もできずに終わりました。
さて、その後、二日目からはあらためてスタートし一般質問までは何とか終え、これからも何事もなく進めることができるのかと、思いきや流石の泉南市議会です。
議案審議の途中で、議事進行と同時に「議長の選出をが先議」と主張される議員がおられ、またまた議事がストップとなりました。
実は、ここから、政局も絡んでの難しい局面となって苦労に苦労を重ねることとなるのですが、私はまだまだ議員経験も浅く、何が起こっているのか正確に把握できない中、最終的にはこの定例会を流会としました。
ある会派からは、定例会が進まないことに抗議を受けたり、匿名のハガキが家に届き思いもよらないことを書かれたりと、本当に苦労しましたし、私自身も未熟であったと思います。
もう古い話ですので、時効ということもあり、今となっては懐かしい思い出の報告をさせて頂きました。
思えば、議長辞任と言う普通ありえないことから始まり、経験が浅く若い副議長が責任の一切を背負ってでしたので、精神的には本当に厳しいものがありました。しかし、この時の経験というのは、その後、十分生かされることとなります。
今後も、泉南劇場のお話しできるところは、少しずつご紹介していきたいと思います。
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皆さんコンニチハ。
皆さんコンニチハ!
皆さんコンニチハ。
皆さんコンニチハ。
皆さん今晩は。
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