「パワーリハビリ」の推進は公明党が先の参議院選マニフェストにも掲げたものです。「パワーリハビリ」はマシーンを使ったトレーニング(流水温浴含む)により、全身の筋肉を強化し、姿勢の改善・血行促進・細胞の活性化、なにより体を動かす力と気持ちを呼び覚まし、行動自体を変えていくことを目指すリハビリテーションです。
一日のメニューは、①バイタル測定(体調チェック)②準備体操③マシントレーニング④整理体操⑤バイタル測定で構成され、3ヶ月を目安としておこなっているとのことです。
参加している方は大変喜んでいらっしゃいました。このような施設がもっと普及するよう推進していきたいと感じました。
過去のデータや昨今の地震災害を踏まえ、現況での防災意識はどうなのかを探り、さらなる防災意識の向上や地震災害の減災を目指すためにおこないました。去る10月23日に発生した新潟中越地震では、死者、重軽傷、家屋損壊等甚大な被害が発生し、今なお大勢の方が厳しい被災生活を余儀なくされており、重軽傷者のうち40%以上が家具等の転倒が原因と報告されています。
日常の予防対策の意識形成に課題と教訓を与えているといえ、大変寒い日でありましたが、真剣に訴えさせていただきました。市内3箇所でおこない、500人余の方からご協力をいただきました。
ここは、「北の屋台」と呼ばれ、北の起業広場協
同組合が運営しています。組合事務所で事業の概要、成果、今後の課題について説明を受けました。その後お店に行き実際に店主からお話を伺いました。写真はそのお店で、名前は「プチ・プレジュール」といい、おいしいチーズとワイン!気軽に愉快に乾杯!をモットーにしているとのことです。「ラクレット」という大きなチーズを専用の電熱器で溶かし、ジャガイモやパンにのせて食べる料理は格別で、屋台で食べれることに感動いたしました。運営側、店主の方々の信頼と、屋台全体を良くし、さらに帯広という街を発展させようという気概が感じられました。
長浜市では、総称「黒壁スクエア」というまちづくりを視察しました。明治33年、第百三十銀行長浜支店が建造され、洋風土蔵造りに黒漆喰の壁和洋折衷の様相から「黒壁銀行」の愛称で庶民に親しまれていたが、昭和末期、建物の解体の話が上がり、市民の間から、歴史と文化遺産を未来へ守り生かそうという気運が高まり、昭和63年、長浜市の支援を受け出資総額1億3000万円で、第3セクター㈱黒壁が発足し、江戸時代の面影を残す古い街並みを生かしたまちづくりが始まったものでした。
平成元年「黒壁銀行」は、原型復旧が行われ、世界中のガラス作品を集めたガラスの殿堂「黒壁ガラス館」としてよみがえり、その周囲にガラス工房、ステンドグラスや世界のガラス芸術を展示するギャラリーなどガラスの魅力にこだわった施設をはじめ、郷土料理、土産物店、作陶ができる店など多種多彩な約30の店が集まり、ノスタルジックな趣が漂うガラスの町「黒壁スクエア」を形成していました。平成15年度の年商は7億1300万円、推定来街者は、217万 7000人になり、中心市街地活性化の成功モデルとして視察者が後を絶たないとのことです。
平成15年11月には、NPO法人「まちづくり役場」が立ち上がり、まちづくりを考える拠点として活動しておりました。歴史と伝統をなんとしても残そうという気概が感じられる街でした。
視察項目にはありませんでしたが、私は夕食前に秀吉出世城長浜城「市立長浜城歴史博物館」も視察いたしました。*『長浜城:古くは今浜城といい、南北朝時代、足利尊氏の重臣で「バサラ大名」として有名な京極道誉の家臣今浜六郎左衛門が創築し、その後、上坂氏が守将として在城したといわれる。天正の初め、一国一城の主となった羽柴秀吉がこの地に城を築き、地名を長浜と改め、城下町を経営して約7年居城した。天正11年(1583)4月の賤ヶ岳(しずがだけ)の戦いには、ここを根拠地として大勝し、偉名を天下にとどろかせた。現在は昭和58年に再興され、市立長浜城歴史博物館として開館。本館の外観は、天正期の城郭を想定し建築。
馬術場の総面積は30,217㎡、敷地内には馬術競技場の他に会議室を併設した管理事務所、16人が宿泊可能な宿泊棟、競技大会開催時のための審判棟、 40頭が入厩できる厩舎等があります。管理等は指定管理者制度の導入で民間の株式会社乗馬クラブ・クレインが運営しています。国内的にも有数の施設で、体験的にも乗ることができるそうです。すぐそばが海岸で将来的には海辺を乗れるようにする考えもあるとのことでした。
私は、乗馬はしたことがありませんが、乗ってみたいなあという気持ちにさせられると同時に、仙台の誇れる施設のひとつではないかと感じました。



















