長浜市では、総称「黒壁スクエア」というまちづくりを視察しました。明治33年、第百三十銀行長浜支店が建造され、洋風土蔵造りに黒漆喰の壁和洋折衷の様相から「黒壁銀行」の愛称で庶民に親しまれていたが、昭和末期、建物の解体の話が上がり、市民の間から、歴史と文化遺産を未来へ守り生かそうという気運が高まり、昭和63年、長浜市の支援を受け出資総額1億3000万円で、第3セクター㈱黒壁が発足し、江戸時代の面影を残す古い街並みを生かしたまちづくりが始まったものでした。
平成元年「黒壁銀行」は、原型復旧が行われ、世界中のガラス作品を集めたガラスの殿堂「黒壁ガラス館」としてよみがえり、その周囲にガラス工房、ステンドグラスや世界のガラス芸術を展示するギャラリーなどガラスの魅力にこだわった施設をはじめ、郷土料理、土産物店、作陶ができる店など多種多彩な約30の店が集まり、ノスタルジックな趣が漂うガラスの町「黒壁スクエア」を形成していました。平成15年度の年商は7億1300万円、推定来街者は、217万 7000人になり、中心市街地活性化の成功モデルとして視察者が後を絶たないとのことです。
平成15年11月には、NPO法人「まちづくり役場」が立ち上がり、まちづくりを考える拠点として活動しておりました。歴史と伝統をなんとしても残そうという気概が感じられる街でした。
視察項目にはありませんでしたが、私は夕食前に秀吉出世城長浜城「市立長浜城歴史博物館」も視察いたしました。*『長浜城:古くは今浜城といい、南北朝時代、足利尊氏の重臣で「バサラ大名」として有名な京極道誉の家臣今浜六郎左衛門が創築し、その後、上坂氏が守将として在城したといわれる。天正の初め、一国一城の主となった羽柴秀吉がこの地に城を築き、地名を長浜と改め、城下町を経営して約7年居城した。天正11年(1583)4月の賤ヶ岳(しずがだけ)の戦いには、ここを根拠地として大勝し、偉名を天下にとどろかせた。現在は昭和58年に再興され、市立長浜城歴史博物館として開館。本館の外観は、天正期の城郭を想定し建築。


