一人のひとの無限の可能性を信じ、尊敬し、引き出していく
その思いが生命の根底にあれば
今回のような事件は起こらない
スポーツの世界もこの十年間で大きく変わった
スポ根のスパルタ式からコーチと選手は対等であるという
欧米流の個人主義的価値観へ
選手は誰かのためでなく自分の目標のためにがんばる
自分のためなんだと決めるからモチベーションが続くし強くなる
ということがわかってきたから
卓球の日本女子がオリンピックで銀メダルをとった
10年前なら中国・ヨーロッパ・アジアに歯が立たなかったのに
何が変わったか
私は四天王寺中学高校、ミキハウスで彼女たちを指導した先生の姿勢の変化を感じていた
彼女たちはジュニア選手のときから 世界に標準を合わせていた
自分のためにスポーツをやるんだと教えられてきた
だからコーチは手助けしてくれる人で、基本は自分で決める
今までの体育会系では考えられない発想だが
コーチや先輩に遠慮することなく自身の意見を言い、自分でコーチを選び
世界で戦うために必要だと思ったことを実践してきた
だから今までモチベーションを持ち続け、ついに結果を出した
指導するときに指導者が自分がすべてと思うと選手は自分以上にはなれない。
選手は預かり物であって自分のものではない
自分以上の人材に育てるという視点が大切ではないか
そのうえで・・・
朝晩マスコミが騒ぎすぎどんどん本質からはなれた議論になっていく
今回の一番の問題は一昨年の公益通報に対する危機管理の甘さであって、そこを無視して、ただ正義の味方づらした論調には違和感を感じる。
いちばん恐れていたが、全クラブ活動自粛や入試取りやめなど、生徒第一という観点からおかしいのではないか
連帯責任という名の下に何の罪もない子供が不利益をこうむるのはどう考えても合点がいかない 結局一人の生徒のことなど無視されるのかと思う。力で生徒を自分の支配下に置く指導者とどう違うのか!
「生徒も教師もしっかり見張って管理せなあかん」とかになりかねん。そうなったらそれこそ力による支配の推進
これからまた処分合戦が始まるだろうが、性急な改革ではなく本質的な議論が十分になされることを望む。
もう一度言う
一人のひとの無限の可能性を信じ、尊敬し、引き出していく
その思いが生命の根底にあれば
今回のような事件は起こらない