まず、全国トップレベルと言われる小林市の認知症の取り組みは、「本市は“九州一安心安全なまち”を目指している。認知症の方に優しいまちづくりはその一環でもある」といった市長の言葉に象徴される通りのもので、結果、自治体の住みよさランキングの『安心』部門で全国37位の高評価にも繋がる確かなものでありました。
例えば、市として25,000名もの認知症サポーターの養成を目指す中で「認知症サポーターリーダー」の養成にも取り組んでおり、凄いのは、その方たちが元々1カ所だけだったオレンジカフェを、“自分たちの地域にも作りたい”と開設・運営に主体的に関わっているところで、来月には市内5カ所目のオレンジカフェが開設するとの事でした。
元々は「防災」に主眼を置いて始まった「安心安全なまちづくり」のようですが、このように認知症をはじめとする「高齢者福祉」にも力が注がれるようになったのは、「人に優しい」小林市の地域性に依るところもあると思われますが、どの地域にあっても「防災」と「福祉」が喫緊の課題である事が背景にあると思われます。
我が佐野市も「人に優しいまち」「防災のまち」「福祉のまち」を目指し、なお一層“協働”の取り組みを推進してまいります!
小林市様、ありがとうございました。

7度のオリンピック出場や参議院議員4期といった活躍の裏には、幼少期からの鍛錬や度重なる病による試練があったのですね。
農場を営む厳しい父から「ものを言わない牛や農作物に認められて初めてこの世界で生きていく資格を与えられる」と言われ、充てがわれた牛の搾乳を日課とし、オリンピック選手になる事を憧れていた幼少期。
小学3年で腎臓病を発症し2年間運動を止められ、中学3年で全日本選手権を制覇するも再発。入院先でB型肝炎にかかり、呼吸筋不全で生死を彷徨う。肺活量は2400mlとアスリートに必要な3分の1しか無く、今だに腹式呼吸で補っている。
そんな壮絶な試練も、母から「試練は乗り越えられる人にしか与えられない」と育てられた事もあり、『ピンチをチャンスに!』と前向きに頑張ってこられたそうで、共感と感銘は半端ありません!
また「人の為になる事ならば何でもやってあげたくなる」といった思いで、スポーツの分野でも政治の分野でも頑張ってこられたのかと思うと、政治家としても尊敬できる方であると感じました。
さらには、『人間力』の大切さ、『生かしてもらえている事への感謝』など、人として学ばせて頂く事も沢山ありました。
スポーツと医療、食文化などを通した健康な街づくり!
これもこれから大切なテーマとの事ですね=(^.^)=

開会式に参列後すぐにトレーナーに着替え、メイン会場ステージでの「手話ソング」に「手話サークルわたらせ」のメンバーとして参加させて頂きました。
昨年大雨の為中止となり、そのリベンジ曲である、「いつでも夢を」「みんながみんな英雄」の2曲を披露。残念ながら写真や動画は撮ってありませんが、終わってから聴覚障害の方から「上手だったよ〜」と褒めていただきホッとしました。実はちょっとしたミスもありましたがそこはご愛嬌、笑ってごまかしちゃいました(笑)。とにかく楽しく出来た事が何より良かったと思います。
終了後は、聴覚障害者協会のブースで「ふれあい喫茶」のお手伝いをさせていただき、スタッフの皆さんとの手話を交えた“ふれあい”や、ドリンクを買って下さる沢山のお客様との“ふれあい”といった、まさに「ふれあいフェスティバル」らしい1日を楽しませていただきました。ご協力いただいた61もの団体様と主催された社協の皆様には大変にお疲れ様でした!
イベントの最後、風船が秋晴れの大空に放たれ、“happy end”といった感じでしたね(でもhappyはずっと続いて欲しい…)。
「支え合いのまちづくり」を目指し、これからも頑張りますよ〜(*^^*)

今回の訪問は、2年前の日本女性会議2016秋田のシンポジウムで「若者の引きこもり」について講演された同協議会会長 菊池まゆみさんにお逢いしお話を伺うためです。マスコミで何度か取り上げられたり本を出版されたりと著名な活動家でありながら、その時の印象がとても謙虚で、素朴な人柄と強い信念に溢れており、また是非お逢いしたいと思っていました。そんな憧れの菊池さんは、世界遺産“白神山地”を抱える山深い藤里町で私たちを温かく迎えてくれ、期待以上に素朴で熱い語らいの場を提供してくれました。
詳しい内容は後日報告書にまとめますが、一言で言うと、引きこもり問題は、『どこまでも相手に寄り添う“本気の一人”がいれば解決できる!』と言うことになります。そして、その原動力は『弱者も担い手になれる』との確信であるとも感じました。
別れ際、持参した著書「藤里方式」が止まらない に一筆入れて頂きました!菊池さん、ありがとうございました。







