同センターは、中心市街地にあった小学校跡地を活用し、PPP(公民連携)の手法により一体的に整備した「総曲輪レガートスクエア」の公共施設部分にあたり、他に民間施設部分として専門学校やレストラン、フィットネスクラブなどが併設する。
ここを交流拠点とし、子育て支援、在宅医療、地域コミュニティの醸成のための事業を展開し、乳幼児から高齢者、障がい者など、全ての地域住民が安心して健やかに生活できるまちづくりを目指しています。
年間4億円程の維持管理費を投入できているのは、人口41万人強の予算規模の大きさだけではなく、医療・福祉・健康をベースにした“質の高い暮らし”を市民に提供しようとする行政の強い意思の表れと、それに呼応した民間との協働の成果であると感じます。駅から施設への移動や宿への移動の際に利用したLRTの利便性も含め、市民生活に密着したサービスの質の高さをとても羨ましく思いました。
これは、栃木県子ども若者・引きこもり総合相談センターの念願だった境泉洋(さかいもとひろ)宮崎大教育学部准教授を講師としてお迎えした待望の講演会で、前評判以上に素晴らしい内容でした。
いくつか良かった言葉を紹介します。
・本人が元気で、家族が元気で、社会が元気であればひきこもりは起こらない
・“ひきこもりは悪い”と思っていることから”ひきこもる“
・家族の安心と安定が大切
・自分で自分を褒められる状態、認められる状態に持っていく
・居場所における勘所のひとつとして『共生感』があるが、それは「ひきこもり状態」と「継続就労状態」との『上下感』を当事者が一番感じているからである
これらの言葉を踏まえ、境准教授からの要望である、
・地域に理解者をつくる
・市町村に居場所をつくってもらいたい
にお応えできるよう頑張って参ります。
4歳の時にイラクとの紛争で家族を全て失い孤児院で暮らしていたサヘルさんに“生きる力”を与えてくれた最初の“出会い”は7歳の時。施設を訪問した若い女性は、初めて会うサヘルに「お母さん」と呼ばれ、それがきっかけで養母となられたそうです。しかも、当時イランでは施設から養子に迎えるには条件が必要で、それをクリアする為に自らに手術を施し“子どもが出来ない”ことを証明した養母の生き方に涙しました。
そして8歳の時に母娘で日本に移住したものの、公園でのホームレス生活を余儀なくされた母と娘に”生きる力“を与えてくれたのは、サヘルが通っていた小学校の給食のおばさんでした。様子のおかしいサヘルに下校時に声をかけ、大変な状況を知った給食のおばさんは、自身も母子家庭で大変なのにも関わらずサヘルさん母娘を家に住まわせてくれ、生活の面倒をみてくれたそうです。
戦争孤児が、血の繋がらない家族の愛情や多くの人の支えにより幸せに生きていく姿は、朝ドラの『なつ』ともかぶる部分があると感じましたが、『愛を持って育つと人は変われることを伝えたい』とのサヘルさんの言葉を胸に 『心と心が繋がる社会』を目指していきたいです!

道すがら「約110ミリの記録的短時間大雨」に遭遇しましたが、“ひだまり”で子どもたちの近況を聞いたり遊んだりしているうちに雨もあがり、スタッフが小学生を近くの川に連れて行ってくれたので、僕も一緒にひざまで浸かり鬼怒川での水遊びを楽しませて頂きました。
今日の“ひだまり”には、高中小の学生5名が参加しましたが、みんな来るとすぐに打ち解けてくれ、自分から高校受験の目標や「将来介護や子どもをみる仕事に就きたいんだ」と語ってくれたり、特にその中3の男の子とは押入れの上段に座り込んで語り合うなど、我が子とも出来なかったような親子っぽい時間を過ごさせて頂き、晩ごはんを一緒に食べ帰ってきました。
また来年も皆んなに会いたいなぁと思いますし、佐野市にもこのような家族的な居場所があるといいなぁと思います。
それにしてもさすが日光。雨のせいもあるでしょうが涼しかったですね!(佐野とは大違いです(^_^*)


























