本日一緒に作業をして下さったメンバーには、なんと大泉町(群馬県)の町長さんがおられました。軽トラでマイスコップを持参して参加して下さり、サブリーダーとしてエネルギッシュにメンバーの士気を高めて下さいました。
また、「大泉町として災害ごみ処理に協力しますよ」とも言っていただきました。17日から市の焼却炉が2炉運転に増えたので、自力で処理できる旨をお伝えし、首長の心遣いに感謝を申し上げました。さらに、同じく群馬県の明和町役場の皆さんも先週に続きご一緒し、日替わりで参加して下さっていることにも感謝です!ほんとうにありがとうございます
ところで今さらですが、市外から参加してくださるボランティアの方から、毎回のように「佐野市のボラセンは対応が素晴らしい!」と言われております。必要なものは殆ど全て用意してあり、後始末にもさまざまな配慮があり、飲み物まで提供していただいたり…。本日はガムテープ貼りのネームラベルがりっぱなラベルに変わっていました。これでまたやる気が高まりますね!
『日光市手話言語条例のこれから』をテーマとした講演は、講師自ら通訳の役割もこなしながら行われ、楽しく、親しみやすく、分かり易い内容でした。
何と言っても県内初の条例制定のきっかけは、突然の新聞報道にあったようです。つまり、当時日光市議会の委員会の勉強会か何かで、「再来年ぐらいを目標に手話言語条例をつくりたい」と委員が言われただけのことを新聞記者が一面に大きく掲載してしまったことが始まりのようです(苦笑)。
なぜ必要なのか?どういう方法で作る?どういう内容で?など、全て後から期限までに押し込んでいく…といった異例のパターンにより作られた日光市の手話言語条例。「これでは佐野市さんには参考になりませんね…」(笑)と。
しかし、条例制定により行政や市民の“手話”に対する関心と理解度は着実に高まったようで、それを地道に地域に広げていくためにも、手話言語条例は必要不可欠であります。
今後、当事者の意見要望を踏まえ、行政、議会との連携調整を図りながら、誰もが納得のいく『共生社会の実現』に向け、ひとつひとつ丁寧に取り組んでいきたいと思います!
地元の多くの企業より提供いただいた、桜あんぱん、まんじゅう、せんべい、大福、どら焼き、もなか、サイダーなどの販売を公明議員4名で受け持ちましたが、ご来場いただいた市内外の多くの善意により、午後1時頃には全て売り切ることができました!
名物の佐野ラーメン、いもフライは、午後から突風の吹く中でも長蛇の列で、熱々のスープや香り高いソースがお腹にしみわたったのではないでしょうか(笑)
また、野上で自宅が被災し、1ヶ月間敷地内の数10トンの土砂の片付けに追われていたという壮年の方が、「今日、久し振りに笑った気がする…」と笑顔で話してくれたのがとても印象でした。帰りには自らいろいろ買ってくださりありがとうございました。1日も早く元の状態に戻り、本当の笑顔が戻ってくることを願い応援しています。
先月末、身寄りのない73歳の男性が近ごろ様子がおかしいと相談を受け、すぐに認知症カフェにお連れし、地域包括支援センターに繋いでいただきましたが、5日からセンター職員による訪問が始まるその日にアパートから居なくなりました。深夜に古河警察に保護され、翌朝連絡を受けて驚き、さらに20キロほどを歩いていたことに驚きました。
翌日医療機関を受診したところ、レベル5(長谷川式)の認知症と診断され、すぐに地域包括支援センターに介護申請(代理)をしてもらい、市に見守りシールを依頼し、施設入所も考えていた矢先、8日に今度は藤岡町で、さらに翌日佐野市内で保護され、やむなく地域包括支援センターといきいき高齢課の協力をいただきながら施設へ緊急入所をしてもらいました。
ところが翌日、まさかの脱走事件まで起こし(^^;; 、1日も経たずにセキュリティの高い施設へ移り2日間無事に過ぎました。
本日この「見守りシール」をいただき、さらにこれで少しは安心できるなぁ…と思っています。
何しろ足腰が丈夫な方なので、この時は4万5千歩ほど歩いていたので驚きです。
「見守りシール」は、シールを身に付けた本人が万が一どこかで保護された際、シールのQRコードを読み取り連絡をすると、警備会社を介して警察等に本人の情報が伝えられ、関係者に報告がなされるもので、認知症カフェ「楽風カフェ」が先進的にやっていたものを参考にしてもらい、昨年度途中から始まったシステムです。身近でお困りの方がおりましたら、是非ご活用ください!
今回、佐野警察、地域包括支援センター、いきいき高齢課、認知症カフェ等と連携した支援を通し、佐野市は認知症の方への対応が速やかで協力的であると感じました。
災害においては安全神話が崩れたと言われる佐野市ですが、認知症をはじめとする高齢者の安全な暮らしについては、これからもしっかりと守っていきたいと思います。
元々"土のう"として使用するには、袋の強度や耐久性は重要ですが、このように土砂の回収に利用された"土のう袋"を破って分別するには、その強さが恨めしく感じられますね(^^;)
でもこの積み上げられた"土のう"の山は、被災者ご自身や(僕も含め)多くのボランティアの皆さん方が大変な思いをして一つ一つ運び出してくれた"苦労の山"で、労いたい思いも湧いてきます(*^^*)
この土のうの山が無くなり、一日も早く被災された皆さま方の周りが綺麗になることを願い、多くの消防団員の皆さんと共に作業をさせていただきました。(市の担当者から挨拶の中で『チーム消防団』などと呼んで頂きました。)
終了後、すぐ近くを流れる秋山川に入り、カッパや鎌の泥を落しました。
普段はこんなに穏やかで澄んだ川なのになぁ。。
NPO法人エコロジーオンラインさんとのご縁で、大橋アンダー近くで被災されたスリランカ人寺久チャンドラさんの経営する商社"樹李亜インターナショナル"の倉庫の片づけのお手伝いをさせて頂いてます。
具体的には、テニスコート1.5面ほどの広さの倉庫の泥出し、ゴミ出しなどをスリランカの方や数名のボランティアの方と行っており、遅くまで続く作業に疲れも溜まり気味で、5日目の本日は、新天皇の即位礼正殿の儀の行われる日でもあり休ませてもらいました。
しかし、大変な中ですが、出会いや学びもあり、とても充実しています。例えば初日、側溝の泥詰まりで困っていたところに、体格の良い爽やかな若者が見た事のないSUVで現れ、居なくなったと思ったら、デカいバールと水中ポンプを買ってきて、私にアドバイスしながら一緒に側溝の蓋を3枚ひき起こし、40mホースを2本繋ぎ、泥水を80m先まで送り出すセッティングを終えたと思ったら、間もなく消えてしまいました。
後で知ったのですが、その方はMAN WITH A MISSION のTokyo tanakaさんだったようで、その男気溢れる速やかな行動に感激しました!
また、スリランカ大使が激励に訪れ一緒に写真を撮って下さったり、赤い袈裟をまとったスリランカのとても偉い僧侶が数名引き連れ千葉から来てくださり、その場で現地の方と一緒に丸くなってお経を唱えてくれたりと、大変な中にも多くの方々の励ましを感じる機会を得させて頂いております。
まだまだ作業は続くと思いますが、関わった以上ある程度までやり通したいと思いますし、他の多くの被災された皆さま方の気持ちにも想いを寄せながら、復旧に向け頑張りたいと思います!



























