市民参加のない二元代表制なんて○○○○を入れないコーヒーみたいなものです。
今、坂出市議会では議会運営委員会で議会基本条例制定に向けて議論が続いています。私はこの議論に是非、市民の方も加わっていただきたかったのですが、諸般の事情でかなわぬこととなりました。 それはそれとして、この議論の中で「二元代表制の一翼を担う議会…」という発言がよくあります。
二元代表制とはどのようなものでしょうか。一元代表制の国会・内閣と対比して考えてみたいと思います。左の図は平成23年現在(来年度教科書改訂)中学校で使われている東京書籍発行の「新編新しい社会 公民」81ページからの抜粋です。
国民は選挙によって国会議員を選びます。そしてその国会議員の中から国会議員によって内閣総理大臣が指名されます。したがって内閣は制度上、(国民ではなく)国会に対して責任を負います(議院内閣制)。
私たちは直接、総理大臣を選ぶことも、もちろん辞めさせることも、直接、衆議院を解散させることも、さらには国会議員でさえ任期途中でやめさせることはできません。国民が法案を国会に直接出すことなどあり得ません。国会議員に私たちの主権を託すという制度になっています。ですからこれを「一元代表制」といいます。
(※これはあくまで制度上の仕組みです。内閣は本質的には国民に対して責任を負います。また、世論の力で国会を動かし、議員辞職や内閣総辞職を促すことができることは言うまでもありません。)
一方「二元代表制」は、市民(=県・町・村民)が直接、市長(=県知事・町長・村長)と議員(=議会)を選びます。したがって、市長は議会に責任を負うのではなく、直接、市民に責任を負います。と同時に市民に選ばれた議会も直接、市民に責任を負います。そしてこの2つの機関が緊張関係を保ちながら、市民の意思を反映させた自治体運営を行う、これが「二元代表制」の一応の仕組みです。
しかし、それに加えて最も大切なことは、地方自治は市民(住民)参加なくしてはあり得ないということです。制度的にも地方自治には市民の参加を促し、その意思を反映させる方途がいくつも示されています。
ハードルは高くなっていますが、左の図のように市民は「条例の制定・改廃の請求」「監査請求」「議会の解散請求」「議員・首長の解職請求」等、直接、市政にかかわることができます。これは国における一元代表制と異なり、主権(=民意)を市長や議会に全面委任していないということです。市民は市長と議会を選び、市政に直接参加すると同時に監視もするということです。
言い換えれば、「二元代表制」とは市長と議会、そして市民の3つの力で自治体運営を行うということなのではないでしょうか。
このように考えると議会はもっと市民の皆さんの意思をくみ取る努力をしなければならないことに気づきます。「議会は」に下線を引いたのは「議員個人としてではなく、議会全体として」という意味です。
今まで私も個人として市民の皆さんの意見を聞き、一般質問、委員会審議に生かしてきました。これは重要な議員の役割であり、これからも徹して続けていくつもりです。しかし「二元代表制」という視点から見れば、議会全体として民意をくみ取り、市長が示した重要な施策については市民と議会が直接、議論し、より良い方向に進めていく仕組みを作る必要があります。
この仕組みを制度として作り上げるために「議会基本条例」が必要なのです。
ですから、基本条例はその審議段階から市民の皆さんの参加が必要不可欠であると私は考えます。
