大津市議会議員 佐藤弘

一人のひとを どこまでも大切に 心豊かな まちづくりを目指します

映画「尊厳への道-人権教育の力」

教育 / 2012年12月19日

人権教育の映画「尊厳への道―人権教育の力」の上映会が「世界人権デー」を記念して12日、アメリカ・ニューヨークの国連本部で開催された。
人権を学ぶことで「自分は悪くない」「自分が強くなれた」とのメッセージを送っている。
以下は人権教育の映画完成発表会から、SGI会長のメッセージ。(http://d.hatena.ne.jp/yoshie-blog/touch/20140909から)
【メッセージ 苦難を乗り越えた体験が悩める人々の希望の光に】
一、ここジュネーブにおける国連人権理事会の会期中に、映画「尊厳への道―人権教育の力」の初公開の機会を得ましたことに、世界192ヵ国・地域のSGI(創価学会インタナショナル)メンバーを代表し、心より御礼申し上げます。
昨年の12月、国連総会で「人権教育および研修に関する国連宣言」が採択されました。その冒頭で明確に位置付けられたように、人権教育と研修は、「すべての人のあらゆる人権および基本的自由の普遍的尊重と遵守を促進するための基礎」(阿久澤麻理子訳)であります。と同時に、人権文化の建設と発展に向けて誰もが貢献できるように、人々をエンパワーしていく(内発的な力を引き出す)ための原動力となるものに他なりません。
一、「人権文化の建設」という課題を展望する時、私の胸に改めて浮かんでくるのは、明年で採択65周年を迎える「世界人権宣言」の成立に尽力したエレノア・ルーズベルトの、次の有名な言葉であります。
「普遍的な人権とは、どこからはじまるのでしょう。じつは、家の周囲など、小さな場所からなのです。あまりにも身近すぎて、世界地図などにはのっていません。ご近所の人、かよっている学校、働いている工場や農場、会社などの個人個人の世界こそ、はじまりの場なのです」(デイビッド・ウィナー著、箕浦万里子訳『エリノア・ルーズベルト』偕成社)
今回の映画で紹介されている三つの事例は、いずれも、こうした「小さな場所」で起こった変革のドラマを追ったものです。そこでの出来事は、世界の人々の耳目を騒がすようなニュースに比べれば、あまりにも目立たず、ささやかな変化に見えるかもしれない。しかし、その当事者である「一人一人の人間」にとっては、自らの尊厳を取り戻し、かけがえのない人生を切り開く上で“根源的な変革”としての重みを持つものであります。
それは、やがて、家庭へ、地域へ、さらに社会へ「変革の波動」を広げる源泉ともなっていくのではないでしょうか。
その意味において、今回の映画に込めたメッセージの核心は、「変化は一人から始まる。一人から変革を起こすことができる」との一点にあります。
一、映画では、水面に広がる波紋の映像をバックに、長い間、虐げられてきた一人の女性が、“自分の体験をもとに、同じ問題に苦しむ女性たちの力になりたい”“そうした存在に自分がなれてこそ、私は幸せを感じることができる”と、未来への決意を静かに語る場面が出てきます。
たとえ小さくても一石を投じることができれば、波紋は幾重にも広がっていく――。
どんな人にも、自分の境遇を乗り越え、周りの環境を動かし、社会をより良い方向へ向けていく力が備わっていると、私は確信してやみません。
こうした一人の人間の内なる変革を促す「エンパワーメント(内発的な力の開花)」から、身の回りに変革の波動を広げていく「リーダーシップ」の発揮へと、昇華を果たす道を開くことに、人権教育の真価はあるといってよいでありましょう。自らの置かれた境遇に苦しんでいた人々が、やがて他の苦しんでいる人々に対し、「希望の光」を与える存在となっていってこそ、人権教育の目的は“完結”するといえるのではないでしょうか。
一、「世界人権宣言」の制定以来、これまで国際社会では、人権を法制度的に保障するための枠組みや、侵害された場合の救済手段についての整備が進められてきました。その更なる充実とあわせて、人権教育を通じて日頃から侵害を起こさない社会的な土壌を育み、一人でも多くの人々が「人権文化の建設」の担い手となっていく流れをつくり、定着させる必要があります。
本日、初上映する映画がその一助となり、国連人権理事会を擁するこのジュネーブの地から時代変革への力強い潮流が広がっていくことを念願するとともに、人権教育アソシエイツ(HREA)や国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)をはじめ、志を同じくする関係諸団体の皆様と今後も力を合わす、「人権文化の建設」に向けての活動を前進させていくことを固くお誓いし、私のメッセージとさせていただきます。  (要旨)
(聖教新聞 2012-09-26)

いじめを告げる勇気

教育 未分類 / 2012年12月1日

「いじめをストップさせる方法は『逃げる勇気』と『告げる勇気』をもつこと」(全国中学生人権作文コンテスト、稲田さんの作品)

「いじめに」には勇気をもって立ち向かうことであると子どもたちも考えている。

中2年生の彼女は「告げる勇気」をもつことがいじめをなくすことにつながる、と訴える。

「いじめ」を見て「見ぬふり」「無関心」「何もしない」のは、いじめに荷担してることと同じである。

何もしないことは、悪いことをしていることと同じである。

行動こそが解決への道であり、正しい行動である。

121130_人権作文コンテスト_勇気を持って

子どもと地域のふれあい

子育て 市民協働 教育 / 2012年11月25日

瀬田学区民会議のファミリー事業として、朝から学区のふれあい農園で子どもたちが保護者と一緒に大根引きが行われた。

その後、小学校の体育館ではグループ「夢うさぎ」による、ミュージカルが行われ、私も参加させて頂いた。

地域の皆さんと農園での体験やミュージカルの鑑賞は、子どもたちに大切な思い出として残るとともに、こうした経験は豊かな心を育むことに繋がることだろう。

「いじめ防止条例素案」のパブコメ

教育 / 2012年11月8日

「いじめ防止条例素案」のパブリックコメントが5日で締め切られたが、後半には意見が急増したようだ。
意見で多かったのは、子どもの役割を規定していることに対し、「義務を課すもので、かえって追いつめるのではないか」などというものらしい。
いじめられたり、いじめを見つけた子どもが相談することを役割とすることがなぜ追いつめることになるのか。
条例に書き込むことは、いじめについて相談することに戸惑い、悩んでいる子どもたちへの後押しになるではないか。
迷っている子どもに、いじめという「悪」に立ち向かう正義感と勇気とを与えることになるではないか。
学校や教師、社会もいじめをなくそうとしているのだ。
教師はクラスの子どもに「いじめをなくそう」と訴えているのではないか。
いじめをなくそうと訴えることは、子どもたちに「いじめをなくす努力を課す」ことであるが、それは追いつめることなのだろうか。
子どもたちも、いじめを解決する方法として、みんなで取り組むしかないと考えている。
事実、先日(5日)投稿したように、子どもたちの議論でも「クラスでチームをつくり、いじめられている人を助ける」と意見がでたとおりである。
いじめは子どもたちのなかから生まれるのだ。子どもたちにはいじめの責任がまったくないとは言い切れないだろう。
本日(7日)の報道には、「一部の委員から『(生徒の自殺前から)周りの大半の生徒がいじめを知っていたと思われる』との認識を示した」とあった。
「大半の生徒がいじめを知っていた」のである、それをいじめを見逃した「教諭」「学校」が悪いのはもちろんであるが、すべて「教諭」「学校」が悪者とすることが正しい認識なのだろうかと考えてしまう。
子どもも学校・教師も一緒に取り組まなければ、本質的にいじめをなくすことはできないだろう。

身近にある施設を視察

子育て 教育 福祉 / 2012年11月6日

公明党議員団は大津市関連施設などの視察をおこないました。
伝統芸能会館、長等創作展示館・三橋節子美術館、埋蔵文化財調査センター
どれも、市役所のすぐ近くにある施設であるが、私としては初めてでどこもすばらしいところであった。
また、市役所近くにある家庭的保育室スマイルや小鳩乳児院・児童養護施設小鳩の家も伺った。
来週も同様の施設を視察する。

いじめを許さない方法を議論

教育 / 2012年11月5日

「いじめを許さない学校づくり」のテーマで児童生徒らの議論が行われた。(京都新聞)

いじめをなくす方法については「クラスでチームをつくり、いじめられている人を助ける」との意見があったとある。

子どもたちに、いじめをなくすことを強要することはないが、クラスで子どもたちがいじめをなくそうとする取り組みは大切だ。

いじめにクラス全体でなくそうとする、その皆の気持ちが大切である。

クラスにいじめをなくそうとする雰囲気があれば、いじめをしようとする子どもの心を抑える力になるだろう。

学校は、こうした子どもたち自らが解決しようとする取り組みをしっかりと支援して欲しい。

京都新聞より

四日市市議会報告会を視察

教育 議会 / 2012年10月19日

18日、18時30分から四日市市の議会報告会が開催され、大津市議3名が傍聴参加した。

議会報告は、各常任委員会ごとに別れて所管部局に関する内容について報告・質疑が行われた。

第1部として、常任委員会委員長から定例議会内容の報告(24年度補正予算・23年度決算)の後、この報告に関しての質疑。第2部はシティーミーティング(意見交換会)として「いじめ問題」を中心としたテーマで「いじめの調査結果」の報告のあと、質疑が行われた。

雨の中で、どれだけ集まるのかと余計な心配をしたが、43名ほどの参加があった。今回は、特に地元の小学校の統廃合の問題もあり、活発な質問が行われた。

配布資料は「定例会報告項目」「常任委員会・決算分科会審査結果」「議会報告アンケート」「議会報告会資料」「シティ・ミーティング資料(いじめ調査について)」「いじめに関する指導の手引き(市教育委員会)」「いっしょに考えよう~いじめ問題~保護者編(市教育委員会)」121018_四日市市議会報告会資料

こどもたち自らいじめに立ち向かう

教育 / 2012年9月20日

大津市こどものいじめの防止に関する条例の「子どもの役割」について、にわかに意見が出始めている。(これまでこの件については政策検討会議では反対の意見はなかったとおもっていたが)

ある方は、「子どもは、いじめを止められなかったことに悩み、自責の念を持つのに、子どもの立場が全く分かっていない」とおっしゃっているらしい。

では、いじめを止められなかったことで悩んでいる子どもをだれが救ってあげられるのか。条例に書かなければ救えるのだろうか?

なにも、いじめを見つけた子どもは、いじめを止めなければならない義務はない。だから、止められないことで悩む必要はない。

それよりも問題は、だまって見過ごすことであり、そのことはあってはならないだろう。だから家族、学校、友達などに相談することはあたりまえのことである。

そうしたことが条例に明記されたのだと理解している。このことで、子どもたちは素直に「いじめは個人で悩むことではなく、皆で考えて対応していくことが大切だ」と考えるようになるのではないだろうか。

今の大人の社会をみても見て見ぬふりの人は多い。大人になるまでに、子どもたち自らが小さな力でもって、みんなでいじめに立ち向かおうとする心を育むことは大事な社会教育であり、いまの大人の社会を変えることにつながるとおもう。

ただし、こうした子どもの取り組みには大人の支援、教師の支援が大事だ。大人が、真剣に子どもと一緒にならなければならない。

最近の報道を聞いていると、教師も学校も、子どもたちのいじめ問題から逃げてしまっているようだ。

なお、大津市こどものいじめの防止に関する条例の中間報告案での「子どもの役割」の条文は以下のとおり。

(子どもの役割)
第7条子どもは、互いに思いやり共に支え合い、いじめのない明るい学校生活に努めるものと
する。
2 子どもは、いじめを受けた場合には、一人で悩まず必ず家族、学校、友達及び関係機関等に
相談するものとする。
3 子どもは、いじめを発見した場合(し、じめの疑いを含む。)及び友達からいじめの相談を受け
た場合には、家族、学校及び関係機関等に相談するものとする。

参考に→http://egalite65.com/99_blank077.html

子どものいじめの防止条例(案)の議論はじまる

教育 / 2012年8月8日

8日、(仮称)「大津市子どものいじめの防止に関する条例」について、政策検討会議が開かれた。

今回は、座長・副座長の条例案をたたき台にして各委員で議論が進められた。

条例案の前文は以下のとおり

全ての子どもは、かけがえのない存在であり、一人一人の心や体は大切にされなければなりません。子どもの心や体に深刻な被害をもたらすいじめは、子どもの尊厳を脅かし、基本的人権を侵害するものです。このようないじめを防止し、次代を担う子どもが健やかに成長し、安心して学ぶことができる環境を整えることは、私たち大人の役目であり責務です。いじめを許さない文化と風土を社会全体で創り、いじめの根絶に取り組まなければなりません。ここに、いじめの防止についての基本理念を明らかにして、いじめの防止のための施策を推進し、その対策を具現化するためにこの条例を制定します。

前文については、「条例策定に至る経緯を書き込んではどうか」との意見があり、検討することになった。

子どもたち自らがいじめをなくす勇気ある行動がとられることが大切であるとおもう。

いじめを一番知っているのは、子どもたちである。

いじめをなくすための教育については、道徳や人権教育というより、互いの個性(違い)を認める教育が大切だ。

人間それぞれみんな違って当たり前なのだ。そんな、思いを前文に入れ込んでほしい。

私の大切にしている新聞の切り抜きから、大好きな一文を紹介する。

「遺伝子の解読によって、人間と植物にも共通の遺伝子は多いことがわかってきた。

いわんや人間同士の遺伝子は九九・九パーセント同じという。

なのに何のために、違いを見つけては争うのか。

ひとりの少年がいた。気が弱くて、いじめられても言い返せなかった。

まわりは言った。「そんなんやから、いじめられるんや。もっと強うならんと」

少年も変わりたいと願った。しかし、そう思えば思うほど、変われなかった。

「変われ、変われ」と言う声は「お前はダメだ、ダメだ」と聞こえた。「もっと頑張れ、もっと」という声が「頑張らないやつなんかいらない」と聞こえた。少年は、うなだれた。

見かねたお母さんが言った。

「ええのええの。変わらんでええの。あんたはそのまんまでええの。あんたは何も悪うない。いじめるほうが百パーセント悪いんやから。あんたが何したって、お母ちゃんだけは、あんたの味方や。それだけ覚えとけばええの。生きてさえおればええの。そのままで、変わらんとって。気が弱うても優しいあんたが好きなんやから。な、変わらんといて」

不思議なことに、変わらないでと言われたその時から、少年は変わり始めた。自信をもち、顔を上げて生きるようになった。

母の声は太陽の声だった.太陽は、ありのまを慈愛する。桜は桜、すみれはすみれ。みんな自分らしく花開け。生きとし生けるものよ、みんな私の光を存分に浴びて、伸びていけ。幸せになれ。仲良くあれ。地球よ、平和の園になれ。」

平和の園

「いじめ」をなくすために

教育 / 2012年7月14日

13日、議会運営委員会が開かれ、「いじめ防止条例」の制定に向けた政策検討会議の設置が決まった。

大津市のいじめ問題について「議会は何をしているのだ」といった意見も多く寄せられていた。

市議会としては本条例の制定に向け、いじめ問題がなくなるようなシステムになるように、しっかりとした議論をしていきたい。

教育委員会では犯罪行為であっても教育的配慮から、対応が甘くなってしまうし、限度もあるだろう。

こうした判断を外部委員会の判断に委ねるのもひとつの方法だと思う。

あとは、いじめに苦しんでいる子どもたちの声が、間違いなく届くようなシステムを如何にしてつくるかだ。

教育厚生常任委員会の答弁で教育長は、「子どもが何を考え、求めているのか。表と裏を見極める力が必要」と述べた。

裏を見極めるのは当然重要である。

しかし、今度のことは「泣いて先生に相談」など明らかに表に出ていることに対処できなかったのだ。

表に出た問題をどのように確実に解決していくのか、このことを考えていかねばならない。

◆13日の教育厚生常任委員会で「アンケート調査結果(背景調査一覧)」が初めて公表されました。

120713_いじめアンケート結果

120713_中学生死亡事故経過