市民意見の聴取精度を高めるためにいま求められること
―― 長野市の調査研究事例(令和8年3月)を手がかりに
はじめに ―― なぜ「市民意見の聴取」を改めて問い直す必要があるのか
人口減少、ライフスタイルの多様化、急速なデジタル化のなかで、自治体が市民の声をどう拾い上げ、政策に反映するかは、住民自治の根幹に関わる重大な課題となっている。市民アンケート、パブリック・コメント、ワークショップ、住民懇談会など、これまで多くの自治体で多様な手法が運用されてきたが、近年は回答率の低下、若年層の声の届きにくさといった構造的な課題が顕在化している。
この課題に正面から向き合い、新たな手法の検証と既存手法の精度向上を体系的に取り組んだのが、長野県長野市と一般財団法人地方自治研究機構が共同で実施した調査研究「市民意見の聴取に関する調査研究」(令和8年3月)である。本報告書は、公益財団法人日本財団の助成を受け、長野市の次期総合計画(令和9年度〜令和18年度)策定を見据えて取りまとめられたものであり、全国の自治体にとって示唆に富む内容となっている。
本稿では、同報告書の知見を踏まえ、議会人として市民意見聴取の精度・効果を高めるために何が必要かを、3つの視点から提案として整理したい。
第1部 ―― 長野市が直面した課題から見える「全国共通の構造的問題」
回答率の低下は確実に進行している
長野市の事例で最も衝撃的なのは、市民アンケートの回答率がこの数年で急速に低下している事実である。報告書によれば、長野市の「まちづくりアンケート」の全体回収率は、令和3年度の67.1%から、令和6年度には49.5%へと17.6ポイント低下している。同様に、第五次総合計画推進のための市民アンケートの回答率も、平成29年度の58.8%から令和6年度には42.8%へと低下した。
この水準まで回答率が下がると、報告書が指摘するように「データの信頼性低下やセグメント分析の困難化」が課題として顕在化する。施策の根拠資料としての性格上、これは看過できない問題である。
若年層の声が届かない構造
さらに深刻なのは、回答者の年齢構成の偏りである。令和6年度の総合計画推進のための市民アンケートでは、回答者全体に占める18歳〜39歳の若年層の割合は16.0%にとどまる一方、長野市の総人口に占める同年齢層の割合は24.2%。母集団と標本のかい離が約8ポイントに達している。
長野市は次期総合計画策定方針において「特に未来を担う若者世代の意見等を活かした計画とする」と明記しているが、現状の手法のままでは、この理念を達成することは困難である。
(出典) 一般財団法人地方自治研究機構・長野市『市民意見の聴取に関する調査研究』令和8年3月、第1章第2節「市民意見聴取の課題」(pp.20-21)、序章「調査研究の背景と目的」(p.3)
第2部 ―― 長野市が試みた解決策と全国60自治体の実態
新旧手法の併用という発想
長野市の調査研究で特筆すべきは、「デジタルプラットフォーム(以下、DP)による新手法」と「従来の郵送アンケートを中心とする旧手法」を二者択一ではなく、それぞれの特性を踏まえて連携・補完させるという視点である。
長野市は実証実験として、株式会社Groove Designsの「my groove」を活用し、「Nagano Canvas(ながの・キャンバス)」と銘打った市民意見プラットフォームを令和7年8月19日〜令和8年3月31日の期間で運用した。
全国アンケート調査が示した活用実態
報告書では、長野市以外の中核市・指定都市・特別区など84市区を対象とするアンケート調査が実施され、60件の有効回答が得られている。その結果、約45%(行っている41.7%+試行的3.3%)の自治体が既にDPを活用した意識調査を実施しており、デジタル手法の活用は確実に広がっていることが確認された。
導入の経緯として最も多かったのは「若年層が回答しやすいと考えたから」(70.4%)であり、これは多くの自治体が抱える共通の問題意識である。
一方で、運用上の課題として挙げられたのは以下の点である。
- 回答数が安定的に確保できない(44.4%)
- 不正回答や同一人物の複数回答への懸念が残る(29.6%)
- 利用したプラットフォームの機能・操作性に課題(25.9%)
- 高齢者層の参加がやはり十分ではない(22.2%)
つまり、デジタル化は若年層対策の万能薬ではなく、別の課題を生むという冷静な現実認識が必要である。
(出典) 同報告書、第2章第2節「他の自治体へのアンケート調査の実施」(pp.37-52)、第3章「デジタルプラットフォームによる市民意見聴取の実証実験」(pp.57-)
第3部 ―― 議会・行政が取り組むべき5つの提案
長野市の事例と全国調査の結果から、市民意見聴取の精度・効果を高めるために必要な視点を、以下の5点に整理して提案したい。
提案1 「問い」の質を最重要視する ―― テーマ設計に最も時間をかける
報告書の事業者ヒアリングで最も強調されていたのは、意見聴取の成否は「問い」の設計で決まるという点である。報告書は次のように記述している。
「投稿を考える者が、具体的な内容を考えることができる『問い』とすることで、短期間であっても多くの市民から意見を寄せられる結果となった事例がある一方、全てをカバーするような抽象度の高い『問い』とすると、期待するほどの回答が集まらない事例があった」
長野市のNagano Canvasでは、
- 問1 「10年後など将来も暮らすときにどんなまちだと暮らしやすいですか?」
- 問2 「10年後など将来も長野市に残したいものはなんですか?」
という、身近で具体的に答えやすい問いが設定された。その結果、問1には51名、問2には72名が選択式設問に回答し、自由記述にも30名(問1)・41名(問2)が投稿している。
議会・行政への提案として、アンケートやパブリック・コメントの設問を作成する際には、(1)市民の生活実感に即していること、(2)選択肢が精選されていること、(3)自由記述欄を併設して具体的な思いを汲み取ること――を要件として明文化することが望ましい。
提案2 「プロセスの可視化」と「フィードバック」を制度化する
報告書の事業者ヒアリングでは、意見が施策にどう反映されたかを示さなければ、次の投稿につながらないという指摘が複数社から挙げられている。
「後の取組にどのように意見が反映されたかが示されないと、意見を投稿した市民にとって、意見が役に立ったのかどうかが分からず、次の投稿に繋がらなくなる傾向にある」
議会・行政への提案として、(1)意見聴取がどの政策プロセスのどの段階に位置するかを冒頭で明示する、(2)聴取終了後、寄せられた意見への市の見解(採用・部分採用・不採用とその理由)を一覧で公表する、(3)個別意見への回答が困難な場合でも、意見の傾向と反映方針を文書化して公開する――この3点を制度として確立すべきである。
これは、現行のパブリック・コメント制度を含めた意見聴取制度全般に適用すべき原則である。
提案3 広報は「ターゲットを絞る」ことに徹する
報告書では、広報手法として最も効果的だったのは「公式SNS・公式LINE」(81.5%の自治体が活用)であった。事業者ヒアリングでも、以下のような重要な指摘がある。
「広報活動は、マスメディアを活用した広報ではなく、ターゲットを明確にした広報活動を行うことが効果的であるとの指摘がなされた。例えば、こどもに関連した計画の意見聴取に当たっては、母親向けのメディアに広告を出稿した事例などが挙げられた」
長野市のNagano Canvasでも、「市公式LINE(登録者約3万人)」「市公式アプリ(約7,000人)」「市公式X(フォロワー約19,000人)」を活用しつつ、市内商工会議所加入企業、金融機関、市立保育園・小中学校保護者へとターゲットを絞ったメール配信を段階的に実施している。
議会・行政への提案として、広報を「全体周知」と「ターゲット周知」の2層構造に分け、各テーマに応じた到達経路を事前に設計するべきである。特に、子育て世代には保育園・幼稚園・学校経由、若年層には大学・高等教育機関経由、高齢者には自治会・地域包括支援センター経由――というように、意見を聞きたい相手に確実に届く経路を意識的に選択する必要がある。
提案4 デジタルと対面(ワークショップ)を補完的に組み合わせる
長野市の実証実験では、Nagano Canvasに寄せられた意見をその後の総合計画審議会の作業部会(ひと部会・まち部会・産業部会、各15名程度)のワークショップに持ち込み、議論の起点として活用するという接続設計が行われた。
報告書では、Nagano Canvasの結果を踏まえた作業部会において「産業部会の『商工業』のテーマの中でも、ひと部会で扱う『こども・若者』やまち部会で扱う『コミュニティ』『都市整備』など、領域を横断する意見交換が積極的に行われた」と記録されている。
これは、デジタル意見聴取が単独で完結するのではなく、対面の熟議の質を高める入力情報として機能した事例として注目に値する。
議会・行政への提案として、市民意見聴取の設計段階から「デジタル→集約→対面熟議→計画反映→フィードバック」という一連の流れを描き、各段階の責任主体と期間を明記した工程表を作成すべきである。
提案5 母集団代表性の限界を認識し、複数手法を併用する
報告書は、Nagano Canvasの結果について重要な留意事項を明記している。すなわち、デジタル意見聴取は「回答者の属性が偏っている可能性があることなどから、母集団(市民)の代表性がない点に留意が必要」との指摘である。
実際に、Nagano Canvasの問1の回答者では、年齢を回答した人は76.5%にとどまり、約4分の1が年齢未登録であった(まちづくりアンケートでは99.9%が回答)。報告書はこの点について「積極的な意見表明と個人情報の提供がトレードオフの関係になっている可能性がある」と分析している。
議会・行政への提案として、デジタル手法は「広く・深く・多様な意見を拾う質的調査」、無作為抽出郵送調査は「統計的代表性を確保する量的調査」と位置づけを明確に区別し、両者を併用したうえで、それぞれの結果を分けて公表することが必要である。一方の結果のみを根拠にして政策判断をすることは避けるべきである。

おわりに ―― 「聴く」から「ともにつくる」へ
長野市の調査研究は、市民意見聴取の手法を巡る議論を、単なる「アンケート回答率の改善」から、「市民とともにまちをつくるプロセスをどう設計するか」という、より本質的な問いへと押し上げた点に意義がある。
報告書のサブタイトル「Nagano Canvas 〜つながる、広がる、みんなの声〜」が示すとおり、市民の声は集計されるべきデータであると同時に、市民同士・市民と行政が出会い、対話する**場(キャンバス)**でもある。回答率という単一指標に一喜一憂するのではなく、市民の参加機会の総量と質を中長期で向上させていく――その視点こそが、人口減少時代の地方自治に求められている。
議会人としても、執行機関に対して市民意見聴取の「設計段階での議論」と「結果の検証段階での説明」を求めていく責務がある。長野市の事例は、その問いを立てるための具体的な参照点を提供してくれている。
参考資料
- 一般財団法人地方自治研究機構・長野県長野市『市民意見の聴取に関する調査研究』令和8年(2026年)3月
- URL: https://www.rilg.or.jp/htdocs/uploads/protect/R5_chousa/R07_06.pdf
- 公益財団法人日本財団助成事業









