副首都とは何か ― 二つの論考から

2026年7月24日、いわゆる「副首都法」が成立しました。正式名称は「国家社会機能継続性確保施策及び副首都の整備に係る施策の推進に関する法律」(令和8年法律第78号)です。報道では「大阪が副首都になるのか」という切り口が目立ちましたが、そもそも副首都とは何を指すのかは、必ずしも共有されていないように思います。
副首都構想を論じた二つの論考を読む機会がありましたので、法律そのものの内容とあわせて、要点を整理しておきます。取り上げるのは、地理学者・戸所隆氏(高崎経済大学名誉教授)の「国土形成計画と整合しない理念なき副首都構想」(世界経済評論IMPACT、2026年9月14日)と、人口減少問題を専門とする河合雅司氏(東京財団シニア政策オフィサー)の「【論考】誰のための副首都構想なのか、見極めが必要だ」(東京財団、2026年1月6日)です。いずれも執筆者個人の見解であり、掲載機関の公式見解ではありません。
■ 1. 法律は何を定めたか(参議院・議案情報より)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 正式名称 | 国家社会機能継続性確保施策及び副首都の整備に係る施策の推進に関する法律 |
| 法律番号 | 令和8年法律第78号(衆法・議員発議) |
| 議決 | 衆議院 令和8年7月15日 修正議決/参議院 令和8年7月24日 可決 |
| 公布・施行 | 令和8年7月31日公布、公布の日から起算して3か月以内で政令で定める日に施行 |
(出典:参議院「議案情報 第221回国会(特別会)」令和8年7月31日現在)
議案要旨によれば、この法律は大規模災害に備え、副首都の整備をはじめ国家社会機能の継続性が確保された国土の形成を図る施策を推進し、公共の福祉の確保、国民生活の向上、多極分散型経済圏の形成を通じた経済成長に資することを目的としています。制度は二階建てで、首都中枢機能の「一部」を代替する首都中枢機能代替地域と、「全部又は大部分」を代替し多極分散型経済圏の中核を担う**副首都(道府県)**が置かれます。いずれも東京圏との同時被災の可能性が低いことが要件です。
指定は、内閣総理大臣が人口・経済の集積状況などの要件を定め、該当する地域を含む道府県を副首都に指定する仕組みで、内閣に推進本部が置かれ、政府は実施状況を毎年国会に報告します。あわせて、特別区を設ける副首都の名称を「都」に変更する手続のため、大都市地域における特別区の設置に関する法律が改正されました。
要するに、指定要件もどこが副首都になるかも、今後策定される基本方針に委ねられているというのが現在の状態です。
■ 2. 戸所隆氏 ― 国土計画との整合性を問う(成立後の論考)
戸所氏の指摘の中心は、この構想が現行の国土計画体系に位置づけられていない点にあります。
国づくりの総合的・長期的方向性を定める最も重要な計画は、2023年7月に閣議決定された第三次国土形成計画です。同計画は「新時代に地域力をつなぐ国土」を国土像とし、その実現手段として「シームレスな拠点連結型国土」の形成を掲げています。戸所氏は、国土形成計画が目指すのはコンパクト&ネットワークを基盤とする水平ネットワーク型の国土構造であるのに対し、副首都構想は大都市中心の階層ネットワーク型につながるもので、両者は本質的に異なり、過疎過密や地域間格差を深刻化させる懸念があるとします。
もう一点は、決め方の問題です。20世紀末の首都機能移転論議が10年にわたり議論されたのに対し、副首都法は短期間で成立し、基本理念や基本方針は今後、政令で定められます。国会での議論や広範な国民的議論が期待されていないように見える、というのが戸所氏の見方です。有事における三権の相互関係や皇居のあり方が示されていないこと、建設に膨大な国費を要することにも言及しています。
なお戸所氏は指定要件を「人口200万人以上の都市」と説明していますが、成立した法律の要旨では指定の単位は道府県とされ、具体的な要件は今後定められることとなっています。
■ 3. 河合雅司氏 ― 人口減少社会からの疑問(成立前の論考)
河合氏の論考は法案協議が始まった段階のもので、連立合意書が掲げた副首都の必要性、すなわち(1)首都の危機管理機能のバックアップ体制の構築、(2)首都機能分散および多極分散型経済圏の形成――の2点を検証しています。
(1)バックアップについて。 必要性自体は否定しないものの、その手段が副首都であるべきかは意見が分かれるとします。最も重要なのは住民の命であり、副首都を設けても東京に住む人々の命が救われるわけではなく、莫大な費用を投じる余裕があるなら東京の減災強化を優先すべきだという指摘です。またバックアップは日常的に業務を行う人がいてこそ機能するのであって、建物だけでは非常時に動かない。東京と離れた場所で日常業務をこなす体制を組むなら国家公務員を増やさざるを得ないとも述べています。すでに立川市には政府関係機関を集約した広域防災基地があることにも触れています。さらに、南海トラフ地震では東京圏から大阪圏までが同時被災すると想定されるため、副首都を一つに固定すると「首都も副首都も機能しない」事態が起こり得るとして、複数の政令指定都市を候補都市としてあらかじめ順位づけする方式を提案しています。
(2)多極分散について。 政府機関の一部移転で一極集中は解消せず、副首都が経済成長を牽引すれば人口集中が進み、生まれるのは「ミニ東京」であって、結果は二極化であり多極分散ではないとします。しかもその集中は東京からの移住ではなく地方圏からの流入で起こり、地方の人口減少をかえって加速させるという見立てです。その関連で、農林水産省の「地域計画」(2025年4月末現在)で10年後の耕作者が決まっていない農地が全体の31.7%(133.9万ヘクタール)に及ぶこと、東京都の推計で都の人口が2030年にピークを迎えることを挙げ、目指すべきは各地に「人口減少対応型都市」を置く多軸型国家だと結論づけています。
■ 4. 二つの論考の比較
| 論点 | 戸所隆氏 | 河合雅司氏 |
|---|---|---|
| 執筆時期 | 2026年9月(成立後) | 2026年1月(成立前) |
| 視点 | 国土計画・都市地理学 | 人口減少・地域政策 |
| 一極集中是正への評価 | 階層ネットワーク型国土構造を強化し格差を深刻化 | 「ミニ東京」の建設であり多極分散ではなく二極化 |
| 目指すべき国土像 | 水平ネットワーク型(拠点連結型国土) | 多軸型国家(人口減少対応型都市) |
| 手続への評価 | 国会・国民的議論が不足 | 期限を切らず腰を据えた議論が必要 |
視点は異なりますが、両氏とも東京一極集中の是正という目的自体は否定していません。問われているのは、副首都という手段がその目的に適合しているのか、という点です。
■ まとめ
- 法律は成立・公布されたが、指定要件も対象地域も、今後の基本方針に委ねられている
- 副首都の指定単位は「道府県」であり、東京圏との同時被災の可能性が低いことが共通の要件
- 政府は施策の実施状況を毎年国会に報告することとされている
- 二つの論考はいずれも、防災上の実効性と分散効果の両面から検証の必要を提起している
- 制度の中身はこれから具体化されます。賛否を論じる前段として、法律が何を定め、何を定めていないのかを確認しておきたいと考え、資料を整理しました。
【参考資料・出典】
- 参議院「議案情報 第221回国会(特別会)『国家社会機能継続性確保施策及び副首都の整備に係る施策の推進に関する法律案』」(令和8年7月31日現在) https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/221/meisai/m221090221027.htm
- 戸所隆「国土形成計画と整合しない理念なき副首都構想」世界経済評論IMPACT No.4554(2026年9月14日) http://www.world-economic-review.jp/impact/article4554.html ※ 同サイト掲載の論文・コラム等の内容は執筆者の個人的見解であり、国際貿易投資研究所(ITI)および文眞堂の公式見解を示すものではありません。
- 河合雅司「【論考】誰のための副首都構想なのか、見極めが必要だ」東京財団(2026年1月6日) https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4848 ※ 同サイト掲載の発表内容や意見は筆者個人の見解であり、東京財団としての見解を必ずしも示すものではありません。
論考中で引用されている二次資料
- 第三次国土形成計画(全国計画)(2023年7月閣議決定)※戸所論考が参照
- 農林水産省「地域計画」策定状況(2025年4月末現在)※河合論考が引用
- 東京都の人口推計(人口ピークは2030年)※河合論考が引用
- 大都市地域における特別区の設置に関する法律 ※河合論考が参照、副首都法により改正
本記事は上記の公表資料に基づき、内容を整理したものです。数値・事実は各出典の記載に従い、記事作成者による推計・加工は行っていません。