大津市議会議員 佐藤弘

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「過労死=働きすぎ」はもう古い―脳の病気という新常識

医療 / 2026年5月21日

「過労死」という言葉を聞いて、多くの方が思い浮かべるのは、がむしゃらに働き続けた末に倒れる姿ではないでしょうか。「休めば防げた」「もっとゆっくり働けばよかった」―私もそうですが、そんな印象を持つ方が多いと思います。
ところが、最新の疲労医学の研究は、この常識を大きく塗り替えつつあるようです。

  財務省広報誌『ファイナンス』2026年5月号の巻頭言に、東京慈恵会医科大学・疲労医学講座特任教授の近藤一博氏が「過労死の原因は働き過ぎから脳の病気へと変化している」という論考を寄稿しています。
私も初めて知ったことなので、その内容を中心に、関連する公的資料・研究をあわせて紹介しながら、「過労死の新常識」を分かりやすくして学びたいと思います。

■ 20年前と今では、過労死の「原因」が変わった

近藤氏は、過労死の様相が過去20年で大きく変化したと指摘しています。

時代 主な死因 疲労の性質 予防の方法
20年以上前 心筋梗塞・脳溢血 生理的疲労(働きすぎによる) 休息で回復・予防可能
最近20年 過労うつ病による自殺 病的疲労(脳の炎症が原因) 休息だけでは回復困難。脳の炎症の治療・予防が必要

出典:近藤一博「最近の疲労の問題について」(財務省広報誌『ファイナンス』2026年5月号巻頭言、財務省、2026年5月)

かつての過労死は「生理的疲労」――つまり体を酷使した結果であり、十分な休息さえ取れば防ぐことができました。しかし近藤氏は、最近の過労死の最大原因は過労によるうつ病の自殺へと移行したと述べています。そして、この「過労うつ病」には、休息では回復しにくい「病的疲労」が関与しているといいます。


 


■ 「病的疲労」とは何か――脳の炎症が引き金

では「病的疲労」とはどういうものでしょうか。

近藤氏の説明によれば、過労状態になると、脳の中に幼少期から潜伏しているヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)が再活性化します。このウイルスは、突発性発疹の原因として知られており、ほぼすべての人が幼児期に感染し、その後は脳内に潜伏し続けます。

このウイルスが再活性化すると、脳内の神経伝達物質(アセチルコリン)を減少させ、脳の炎症を引き起こす。この状態が「病的疲労」であり、「休んでも取れない疲れ」という自覚症状が、実は脳の炎症の危険信号なのです。


■ コロナ後遺症が解明のヒントになった

この病的疲労のメカニズム解明に意外な貢献をしたのが、新型コロナウイルスの研究でした。

新型コロナウイルスも、感染後に脳の炎症や病的疲労(いわゆる「ブレイン・フォグ」)を引き起こすことが知られています。近藤氏らの研究グループはこの新型コロナ後遺症の状態が、過労による病的疲労と同じメカニズムで生じていることを発見し、その仕組みを解明しました。

これは、「過労によるうつ」が単なる「精神的な弱さ」や「意志の問題」ではなく、脳という臓器で起きている医学的な病態であることを示す重要な知見です。


■ 厚生労働省の認定基準も「脳・心臓の病態」を重視

この視点は、行政の認定基準にも反映されています。

厚生労働省は2021年に「脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」を公表し、過労死認定の基準を改正しました。同報告書では、過労死認定事案における脳血管疾患(高血圧性脳出血、ラクナ梗塞など)・虚血性心疾患の病態が詳細に整理され、「血管病変等を著しく増悪させる業務」が脳・心臓疾患を誘発するというメカニズムが医学的根拠とともに示されています。

つまり行政の公式見解においても、過労死は「働きすぎ+もともとあった脳・心臓の病変の急激な悪化」として捉えられているのです。

出典:厚生労働省「脳・心臓疾患の労災認定基準を改正しました」(2021年) https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_21017.html


■ 脳の炎症は、うつ病だけでなく認知症・がんのリスクにも

近藤氏の論考はさらに重要な警告を含んでいます。脳の炎症は、うつ病の原因となるだけでなく、アルツハイマー病やがんの発症リスクにもなりうるとされています。

出典:近藤一博「最近の疲労の問題について」(財務省広報誌『ファイナンス』2026年5月号巻頭言)

また、近藤氏が代表を務める科学研究費助成事業(KAKENHI 課題番号:19H03891「うつ病リスクの低減を目的とした脳疲労の発生・回復メカニズムの解明」、研究期間2019〜2022年)では、脳疲労がうつ病・アルツハイマー型認知症・心血管リスクと関連する可能性が示唆されており、査読付き国際論文(Journal of Alzheimer’s Disease, iScience, Journal of Medical Virology 等)でも発表されています。

出典:国立情報学研究所 科学研究費助成事業データベース(KAKEN) https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-19H03891/


■ 「休んでも取れない疲れ」は医学的サインかもしれない

この新しい知識から、私たちが日常生活で意識すべきポイントが見えてきます。

  • 十分に眠っても疲れが取れない
  • 休日に休んでもなぜか元気が出ない
  • やる気が続かず、気分が沈みがちになった

このような症状が続く場合、それは「根性が足りない」のではなく、脳の炎症という医学的な病態のサインである可能性があります。
近藤氏の論考は、「こうした病的疲労を放置せず、医学的なアプローチで対処することの重要性」を強調しています。


■ まとめ

項目 従来のイメージ 最新の医学的理解
過労死の主な死因 心筋梗塞・脳溢血 過労うつ病による自殺(最近20年)
疲労の性質 働きすぎによる生理的疲労 脳の炎症が関与する病的疲労
予防・対処法 休息を取ること 脳の炎症の早期発見・治療が必要
「休んでも取れない疲れ」 根性や意志の問題 脳の炎症の危険信号(医学的サイン)
関連リスク 過労による急性疾患 うつ病・アルツハイマー病・がん等にも関連

出典:近藤一博「最近の疲労の問題について」(財務省広報誌『ファイナンス』2026年5月号巻頭言)をもとに作成


過労死の問題は「働き方の自己責任」ではなく、脳という臓器で起きている病気の問題へと認識が深まっています。職場環境の改善はもちろん大切ですが、それだけでなく、脳の炎症・病的疲労という医学的アプローチで対策を考えることが、これからの社会に求められています。

引き続き、こうした最新の知見を市民の皆さんと共有してまいります。


【参考資料・出典】

  1. 近藤一博「最近の疲労の問題について――過労死の原因は働き過ぎから脳の病気へと変化している」(財務省広報誌『ファイナンス』2026年5月号巻頭言、財務省、2026年5月) https://www.mof.go.jp/public_relations/finance/202605/202605b.pdf
  2. 厚生労働省「脳・心臓疾患の労災認定基準を改正しました」(脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会報告書、2021年) https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_21017.html
  3. 厚生労働省「令和5年度 過労死等の労災補償状況」(2024年公表) https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_40975.html
  4. 国立情報学研究所 科学研究費助成事業データベース(KAKEN) 近藤一博代表「うつ病リスクの低減を目的とした脳疲労の発生・回復メカニズムの解明」(課題番号:19H03891、2019〜2022年) https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-19H03891/
  5. Japan Prize財団 セミナー要旨「ウイルス研究から判る疲労の正体」(近藤一博、2008年) https://www.japanprize.jp/seminar_resume_191_kondo.html