バックナンバー 2012年 4月

 本日は滋賀県内友人訪問行脚のため、近江八幡にある義父の持家に一泊。義父の持家は竹藪に囲まれた調整地区内にあり、周りに一軒の家もない。たまたま義父夫婦もイチゴの世話にきていたので夕刻よりお手伝い。そのあと竹藪の竹切りをすることになって、私も竹切りに挑戦。何本か切ったらすでに握力がなくなり、腕もパンパン。義母はイチゴのお世話に夢中。家内は切った竹切りと枝の整理に全力投球。義父は黙々と芝生の草取り。私だけがグロッキーでポカリ片手に家の中でへたりこみ。義父夫婦にとって「あかんたれの婿殿」だ。力なしのあかんたれ。言われ続けて40年。
 義父達は夜石山に帰ったが、私たちが結婚したての頃は義父もはつらつとして元気一杯。義母もまだまだ若く颯爽としていたが、まだまだ元気そうに見えても、よわい80を超すとチャッチャカチャと進まない。私たちもその年齢になると今の義父・義母みたいになるのだろう。しかし彼らはとってもなかよしで、行動する時はいつも一緒だ。その点もまねをしようと思っている。
 今日は真夏日か?車で長浜から彦根、八日市、日野と廻ってきたのだが、とっても暑かった。訪問時には汗だく。会った友人達の元気な姿が一服の清涼剤とはなったが、この暑さ。私たち高齢者には毒だ。明日は休み休み行動し、昼めしは近江八幡の国民休暇村でいただくことに決めている。

ご署名ありがとうございました

初夏を思わせる中、パルコ前で街頭署名活動を実施。短い時間であったが、道行く多くの市民の皆様に署名をしていただいた。署名の趣旨は「滋賀県を原子力行政における”地元”とすることを求める」署名。東日本大震災を教訓としてUPZのエリアを概ね30㎞するなど、原子力災害対策の抜本的な見直しが行われているが、現在定期点検中である福井県の原発施設から13㎞という至近距離にある滋賀県が「地元」に入っていない。UPZ区域内にあり、近畿1450万人の水がめである琵琶湖を有する滋賀県を原発立地県である福井県と同様になんとしても地元と認識していただかなければならない。もしやの事故の場合は福井県同様滋賀県もそして近畿全体が多大な被害を受けるのだ。そのためにも早急に滋賀県を原子力行政における「地元」とするよう求めているのである。
 市民の関心も高く、お買い物の途中、足を止めていただき署名して下さった。市民の声を政府は聞くべきだ。

 晩飯「くら寿司」で外食。「くら寿司」のふたを開けてとるシステムは面倒くさい。この方法は清潔さを守るため、お客様のためにあると吹聴しているようだが、実はクルクル回っているあいだにお寿司が乾燥するのを防ぐためにあって、ロス削減という店側のためにあるのではないかと思ってしまう。サッと取ってスッと食べたいもんだ。それにしても私が15皿、家内が14皿。それに赤だし付き。家内は加えてうどんまで。まあこんなもんか。
 今日の地区委員会は低調。8人だった。欠席した人のほとんどはGWでどっかにお出かけの人。うらやましい。私は明日は署名活動で街頭へ。夏日になる予想だし、ひ弱な私だ。日焼けが心配。
 市民相談では様々なお話をお聞きする。人に傷ついたり、人に救われたり。人にやさしくなったり、人をうらんだり。人生模様いろいろ。議員になるまで平々凡々と歩んできたが、議員になってからは人の表を見たり、裏を見たり。生きざまのモザイク模様に悲しんだり、笑ったり。私は小細工なしの真っ向勝負で行く。そのために、議員としてストレートに磨きをかけたい。

 今年のGWは、日本中を家内と走り回ろうと計画している。泊りがけもありだ。今日はその準備が昼までに終わり、時間がちょっとだけあいた。溜まった資料整理と今晩の党地区委員会の資料に目を通していたら、家内の呼ぶ声がする。ツルバラがアッチャコッチャに行っているので、今日はその整理をするとか。イエスマンの私は了解と返事するしかない。100均で蔓を整理するのに必要な園芸用のベルトを買ってこいと指示。またもやラジャー!平和堂の100均で買ってきたら、寸法が短いとの叱責。又買いに行って、今度はOK.一遍に何サイズか買ってきたらよかったのにと思ったが、反問権は私にはない。逆らう言葉は禁句。それでツルバラもめでたしめでたし。初夏を思わせる天候に汗だくだく。やり遂げた後は地区委員会終了後の外食の御褒美。今夜は”スシロー”あたりが彼女の狙い目か。
 どちらにしても4月30日・5月1日は県内、近江八幡で1泊。5月3・4日は三重県で1泊、5日は大阪とハードスケジュール。体力と時間と我が家のベンツ”アルト号”を駆使して友人に総当たりだ。5月7日の月曜日はヘろへろだろうな。寝込むかも。

 

矢場とんのトンカツも喰いたかった。

昨日、今日と名古屋での研修・視察から帰ってきました。昨日は日本経営協会主催の「地方議員のための議員活動の基本」と題し、全国市議会議長会法制参事の廣瀬和彦氏の講師で研修を受けた。思い返せば今からちょうど13年前に地域の方々からのご支援を受け、公明党公認候補として市議会議員として立候補させていただき、感動の当選させていただいた。全く右も左もわからない状態の中から議員として活動をスタートをさせ、見よう見まね、聞きかじり、出たとこ勝負、猪突猛進、やったろやんか精神、図太い神経、厚顔無恥などを駆使して13年間過してきた。昨日の研修で、改めて語句の一字一字について詳細な説明を受け、何も思わず行動してきた事が、議会の権限と義務、加えて(目片さんはこの言い回しが多かった)議員としての権利と義務の範囲の中での活動であることが確認できた。もっと早くこういった研修を受けていれば、私も素晴らしい議員になれたのではないかと感じた次第である。もっとも、当選したての新人の時はなんでもかんでも詰め込まれたら消化しきれず、下痢になってしまってかえってなにも身に付かなかったかもしれないが。
 今日は名古屋市住宅都市局住宅管理課を訪れ、名古屋市市営住宅のルームシェアについて伺った。市営住宅希望者の入居倍率の高さと孤立死の多さ(年間60件!!)を解消するため、平成24年2月からモデル事業として開始され、現在一部屋(69㎡)に3人の方が入居され、楽しく暮らされているとの事。郵便受けにもチャンと3人さんの名前が書いてあった。5月からもう一部屋に3人の皆さんが入居される予定だ。大津市においても市営住宅に入居するには高い倍率の中で抽選に当たらなければいけない。少しでも多くの市民に入居していただくためには、ルームシェアも一つの方策ではある。検討する価値があると考える(検討、検討と言う言葉はどっかの市長みたいでイヤであるが)。最大の問題はシェアする方々の相性の問題だ。生理的にあわない人と部屋は別々でも、お台所とか茶の間は共同なので、耐えられるかという問題がある。名古屋市はそのノウハウを蓄積しているNPOが間に入っておられるが、大津市ではどうか。私なら他人とルームシェアできるか?隣の人の壁越しから聞こえるイビキや屁の音などにガマンできるか?好きな音楽をイアホンで聞かねばならない生活にストレスは起こらないか?大嫌いなサバや鶏の煮物をパクついている人のそばで飯が食えるか?難しい問題もあるが見守りも兼ねて、今後進めて行かねばならない新しい施策ではある

 明日から名古屋研修だ。そうだぎゃー。しかっりと勉強してきたい。また研修の次の日(27日)は名古屋市役所さんにお邪魔して、市営住宅のルームシェアー施策について勉強する予定となっている。おりしも明日は大津市の市営住宅の募集住宅の一覧が発表される日だ。私の元にも募集案内を届けて欲しいという連絡が6件も来ている。今回で3回目という方もいらっしゃる。元気で働いていた時分は部屋代が払えていても、一人身となり、また年金生活となった高齢者には今まで払えていた部屋代も厳しくなる。いきおい、家賃の低廉な市営住宅など公共住宅にニーズは集まるわけだ。かといって、むやみに、おいそれと建ててはいられない。これが現実だ。そういう意味でルームシェアーは一つの方策である。名古屋市とは規模も違うが、しかっリと勉強したいと思っている。
 お土産はやはり「ういろう」が一番無難かな。それとも奮発して「ひつまぶし」か。たわけー!おみゃーは何考えとるんだぎゃー。とにかく明日は研修です。

 都市にとっての選択肢の一つに「賢く縮小する」がある。ムダ遣いを排し、環境重視で豊かさを実現するチャンスでもあるからだ。
 だが政治の世界はそうはいかない。「数こそ力」であるからだ。新聞などで発表する世論調査でも支持率「ゼロ」政党のオンパレードだ。これらの政党は誰が見ても議席維持が危うい。それゆえ、新党の結成に期待し、それに参加することで浮上の機会をうかがっているのだろう。石原都知事は「20人足らずの政党を作ってなにになるのか」と述べていたように、理念や政策を共有する多数派を結成することは厳しい。石原新党の名前を”新党白紙”と名づける。これまでも幾多の政党が生まれ消えていった。そもそも国民が「育てたい」と思う政党が生まれるのだろうか。それに引き換え、日常的に支持者から支援を受け、地域に密着した活動や市民との接点を広げかつ深める事が出来るのが公明党である。政治不信が高まる中で、応援しがいのある確かな政党は公明党しかないと断言できる。
 市民・国民の声を実現するためには「数」が必要だ。なんとしても次の闘いにはサギ政党=民主党を粉砕して勝たねばならない。
 あっかい政党は今や見るも無残。正義の味方をきどり、拍手喝さいを受け、国民をだまし通せた過去の幻とマルクス・レーニンの亡霊に取りつかれた悪夢の中でうたた寝でもしていればいい。国民は別に不自由は感じないし、あっかい政党に最早期待もしていない。永遠におやすみ。

 今日の市民相談でも厳しい現実を見せ付けられた。ご主人が食道動脈瘤破裂で緊急入院。それまでも病気がちのご主人を奥様がダブルワークで支えてこられていたが、ご主人の緊急入院で高額医療を使うとしても医療費だけで8万円以上。保険以外分を足すと10万円がいる。彼女の収入だけでは支えきれない。〇福保険の申請は年齢、収入、家族構成などすべてアウト。頼みは医療扶助制度だ。私の計算ではなんとかクリアできるのかなと思うのだが、完全オッケーとか言えないとのこと。あとはご担当の計算で結果がきまる。生きるか死ぬかの瀬戸際だ。ご担当に話を聞くと、こういう現実は多々あるとのこと。厳しい現実、生活を強いられる市民が大勢いると言う事だ。私たちはこの現実に何ができるか。担当部署を紹介することだけなのか。自問自答。悩み多き日々だ。
 昼過ぎから「語る会」。粉川県会議員さんと市民5人と膝づめ対話。子ども達への施策も大切だが、高齢者の現実にも目を向けなければいけない。公明党の使命はまだまだ続く。がんばります。
 夜は瀬田のドコモショップへ。家内の携帯に線が入って消えないのだ。ウィルス説が有力だが原因不明。携帯電話に家内の花粉症が映ったのか。買ってから3年以内なら無料交換できるのだが、家内のは3年4カ月でタッチアウト。金15,600円也。店員のきれいなオネーサンから「スマホになさったら」と言われていたが、家内は「いりません。このらくらくホンがいいのです」とキッパリ。携帯電話は家内にとって電話とメールが出来ればあとはいらないはずだ。私も家内の方針に賛成。しかも少々の線ぐらい通話に不便なし。そのまま買い替えせず継続となった。帰りは一里山のフォレオへ。例によって韓国レストランで680円のまんぷく定食。お土産に少し甘めのレストラン自家製のキムチ。私たちは携帯も飯もアナログ風でOK.

 昨年の市議会選挙中、私は市民の皆様に色々と約束をした。もちろん約束の実現のため、どれ一つとっても忘れたことがない。行財政改革しかり。高齢者対策しかり。環境対策、将来の人材づくり、男女共同参画しかりである。しかしながら2年半経つのに、民主党のマニフェストはどうした。力もなく、予算編成権のない1市会議員でもなんとかして実現しようともがいているのに、民主党政権はどうした。無駄削減による16.8兆円はどこへいった。かえって税収より多い国債を発行する始末ではないか。子ども手当も満額支給されないまま廃止となり、結局自公政権が進めた児童手当が復活、高速道路の無料化など予算計上もされていない。鳴り物入りの目玉施策はどこへいった。その上、増税先行に走り、社会保障制度との一体化など夢物語。最低保証年金7万円なども来年度以降に先送りにしてしまって何時になったら出来るのだ。安全保障や外交もトンチンカン。普天間で日米関係にヒビ割れを起こし、行ってはいけない時期にイランに行くなど外交音痴の鳩。尖閣問題やロシア大統領の北方領土訪問などに稚拙な対応ぶりを露呈させ、なによりも大震災で国民を見捨てた菅。素人どころか盲目の防衛相の田中や公選法違反の前田を任命した野田。どうなっている。国民生活を置き去りにし、国益を損ねる民主党政権。一体どこまで国民を愚弄すればいいのだ。2009年のツケはその時に民主党を支持した国民だけが責任をとってくればいいのだが、そうもいかない。だからあの時、素人集団の民主党に政権を任せば大変な事になるよ。耳触りのいい言葉に騙されてはいけないよ、と口すっぱく言ったのに聞かないからこうなった。そのため日本国民全員が今、総罰を受けている。もはや、ガマンにも限界がある。国民総決起だ。国を、国民を守るためには総決起しかない。
 あかん。演説調になってきた。カッカするとお肌に悪い。明日は市民相談でいただいたご要望のために、走り回らねばいけない。もう1本だけビールをいただいて寝よう。おっと、つまみもいるぞ。今夜はコレステロールの多さを気にしないでサラミにする。

 市民相談でたくさんの宿題を仰せつかり、月曜日からその始末でたぶん大わらわ。とにかく、ゴチャゴチャ言わず、市民の思い実現のため、淡々と、かつ懸命にがんばります。
 夕刻より高校の同級生と数年ぶりに合い、親しく居酒屋で語り合った。彼は同大に進み銀行マンを勤め、天下り先の中小企業もこの3月で退職し、まさに悠々自適の身。奥様もミス○○銀行といわれた美人。二人の息子さん達も二人とも京大卒で某大手銀行員と某大手電子部品の会社員。彼は絵に書いたようなエリート家庭を営んでいる。我が家と比較することすら私にとっては恥ずかしい限りだ。
 高校生だったあの頃、私たちは夢を食べて生きてきた。そして必ず実現するんだと語り合ったものだ。夢は見続けた人に微笑む。彼の家が複雑だった事もあるが、彼は「俺は絶対ベッピンの嫁さんをもらって、めちゃくちゃ家庭を大事にして、小市民と言われたって家族中心にして生きるぞ」とあの頃から宣言していた。そしてその通りになった。継母まで引き取って。夢を見失い、夢を笑う大人になっても彼は夢を追い、成し遂げたというところか。
 私はと言えば、なにも考えず、ただただ私の体を押す風に乗って人生を彷徨っているだけ。夢もさっさと実現の努力を放棄したし、私のような性格では叶えられもしなかっただろう。でもいいんだ。少し小太りだが体もまあまあ健康だ。それに髪も彼よりあるし、サラリーマン時代も彼より苦労していない。上司も同僚も部下もいまでも親しくさせていただき友人付き合いだ。それに何と言ったって私は今幸せだ。
 たわいもない話で盛り上がり、私も彼もしたたかに酔って元気にご帰還。メシはいらん。もう寝る。

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