いよいよ、大町市の「地方創生」の羅針盤となる「総合戦略」が策定されます。
大町市の地方創生の柱の一つに、文化芸術の振興があります。
これまで、日本が目指してきたのは「経済成長」が主であり、文化的な豊かさについては、その価値があまりにも低くみられてきたのではないでしょうか。その結果、私達は「心の充実感」、すなわち「生きがい」を感じる生活から、しだいに遠ざかってきたと言えるのではないでしょうか。
文化とは、人間が人間らしく生きるための糧(かて)であり、その充実度によって生活に潤いが与えられ、またそこに生活する人間にも「魅力」と「輝き」が生まれるのです。
リチャード・フロリダがその著『クリエイティブ資本論』の中で論じた「クリエイティブ・クラス」とは、文化的で創造的な人材であり、彼らが集積するところでは、その創造性が産業や経済にも大きな影響を与え、さらにクリエイティブな人材が集積するという好循環を生むのです。
まさに、定住促進、雇用の場の確保のための根本策とは、すなわち「魅力あるまちづくり」であり、文化芸術振興なのです。
ただし、本物の文化を育むためには、それ相応の「時間とお金」がかかることは、覚悟しておかなければなりません。
(大町市議会『市議会だより』No.159 「編集後記」より一部変更し掲載)
今日から読書週間が始まりました。
(10月27日から11月9日まで)
地元小学校、中学校で読み聞かせボランティアをやっていますが、今日も朝から地元小学校で絵本を読ませていただきました。
読んだ本は『まのいいりょうし』です。
http://www.ehonnavi.net/sp/sp_ehon00.asp?no=12898&spf=1
今日の担当は1年生のクラスでした。
最高!!(T_T)
子供たちの絵本に対する「ツッコミ」が最高なんですよ(>o<)爆笑
あの創造力と想像力は、もう完璧にピカソもレオナルド・ダ・ビンチも草間彌生も超えてます(*_*)
ということで、子どもたちの無限の可能性を育む「絵本」のパワーは、何にも代えがたいものであると、いつも実感しております。
まあ単に子供たちが可愛いだけなのですが・・・(u_u)
ちなみに写真は、子供たちにオススメの本でございます(絵本ではありませんが)。
どちらも「名作」です!
『きまぐれロボット』と『小さな王子さま』。『小さな王子さま』は『星の王子さま』の新訳です。内容は同じ。
※おさるさんは、本文とは関係ございません。
本日、大町市庁舎にて、長野県危機管理防災課の古越武彦氏を講師にお迎えし、ディグ(DIG:災害図上訓練)を実施しました。
養護学校に通うお子さんを持つお母さん方のご要望により実現しました。
災害弱者と言われる方々は、災害時には非常に不利な立場となるだけでなく、普段の防災訓練にはなかなか参加することが難しいという現実があります。
今日、市職員の皆さんや保健師の方々、また地元福祉施設の所長さんたちにもご参加いただいたことで、多くの方々に、障害をお持ちの皆さんやご家族の皆さんの災害に対する不安やお気持ちをご理解いただけたのではないかと思います。
これを第一歩として、今後もぜひこのような機会をどんどん設けていただけたらと思っております。
行政視察2日目
昨日10月22日、高松市内の「瀬戸内国際芸術祭」の作品の一部を見学。
香川県の担当課職員により説明を受ける。
来年は、三年に一度開催される瀬戸内国際芸術祭の開催年となる。
この芸術祭の総合ディレクターである北川フラム氏には、2年後に大町市で開催される芸術祭のディレクターも務めていただけることになった。
今後の地方の活性化、まちづくりにとって、今最も注目されているのが、「文化芸術」だ。
この最も手間とお金がかかる、文化そして芸術。
しかしまた、地域の活性化を根本から支えていくものも、この文化・芸術なのだ!
経済発展・成長のみを追い求める時代は終わった。いや、失敗に終わった。
これからは、幸福、心の充実、生きがいを求める人間の本性を、本質的に満足させることができるのは文化であり芸術であると、多くの方が指摘する。
大町市の取り組みは、いよいよ始まったばかりだ。
今月26日、大町市役所にて、ディレクター、映画コメンテーターで、自ら発達障がいを持たれ、発達障がいについての講演会を全国各地で行われている、大橋広宣さんにご講演いただいた。
昨年も素晴らしい自らの体験を語っていただいたのに続き、本年もお約束を果たしてくださった。
その壮絶な体験談を聞けば、誰もが涙せずにはいられない。
いや、それ以上に、彼の姿、人柄、生き生きとした声に接する時、誰もが「希望」を抱かずにはいられない。
人間が秘めている計り知れない「生命力」の凄さを思い知るだろう。
大橋さんには、なんと来年も大町に来ていただけるとのことだ。
障がいとは「個性」であり「可能性」であるという大橋さんは、現在、映画の世界でご活躍されている。
彼が携わった映画「百円の恋」は、国内外で高い評価を受け、第88回アカデミー賞の外国語映画賞の日本代表に選ばれた。
http://eiga.com/news/20150804/13/
http://eiga.com/news/20150904/9/
また、彼がプロデュースした映画「恋」も「百円の恋」と同じ、足立紳氏が脚本を手がけている。
9月25日に、大町市議会9月定例会が閉会しました。
最終日のこの日「平和安全法制法案」の廃案を求める請願を巡って討論が行われました。
私は、日本の平和を守るためのこの法案(すでに可決)に賛成の立場から討論を行いました。
以下、その全文を掲載いたします。
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請願第36号「安全保障関連法案の廃案を求める意見書提出について」、委員長報告通り、不採択とすることに賛成の立場から討論いたします。
私はこの数ヶ月間、多くの方から、「君は、戦争ってものがどんなものか知っているか?」また「戦争は経験したものにしかわからない」「戦争だけは二度とごめんだ」「戦争は一度始まったら、もう止められないんだよ」
そう言われてきました。
私はあらためて、いかに戦争が、何の罪もない多くの国民に、どれほどの苦痛を与えてきたか、深く深く考えさせられました。
これまで、どれほど多くの国民が、戦争を憎み、恐れ、決して消えることのない記憶に苛まれてきたことか。
この度の平和安全法制を、多くの国民が、「戦争法案」であるとして恐れ、怒り、断じて許せぬと声を上げております。
国会では、衆議院、参議院合わせて200時間以上にわたり議論されました。
しかし、未だ多くの国民の理解を得られたとは言えません。
このギャップはいったいなんだったのか。
戦争ほど残酷なものはありません。
平和は、私達の皆が望んでいる世界共通の願いです。
しかし、思いは同じでも、同じものを見ても、見る角度が違えば、議論は噛み合わず、平行線をたどるだけです。
感情は、時に理論に先行し、ロジカルな議論を妨げます。
「どうして私の言っていることが分からないのか」、そう鬱憤が溜まるだけで、お互いの理解が深まるどころか、不信感が募るだけです。
今回の議論のキーワードは、やはり「集団的自衛権」という言葉にあったと私は思っております。
集団的自衛権という言葉、これは、憲法のどこにも出てこない言葉であります。
そもそも、憲法には「自衛権」という言葉すら出てきません。
従って、憲法には、集団的自衛権を禁止する条文もないのです。
では、果たして、集団的自衛権というものが、憲法に違背するものなのかどうか。また、集団的自衛権自体が全て違憲なのか。また一部は合憲なのか。これを吟味しなければいけないのですが、吟味する前に、すでに「集団的自衛権イコール怖いもの」「憲法に完全に違背するもの」という観念が、マスコミ等を通じて広まってしまった感があるのです。集団的自衛権という言葉が、まさに一人歩きしてしまったのです。これは国民の皆さんの責任ではないのです。
そこで、この難しい言葉は、とりあえずわきに置いておいて、では、憲法第9条の範囲内で、どこまでのことが許されるのかという「本質的な議論」をしたいと思います。
9月議会でもお話ししましたが、もう一度お話しいたします。
いま日本を取り巻く状況はどうか。日本のすぐ近隣では核兵器や弾道ミサイルの開発が行われ、またミサイルに搭載する核弾頭の開発さえも行われているのです。 そのような中、日本が直接攻撃を受けてから、いよいよ防衛出動をするといったことで、本当に国民の生命、財産を守ることができるのか。
憲法が作られた当時と、状況はまったく変わってしまったのです。
そこで今回、政府が認めたのが、日本が直接、他国から攻撃を受けていなくても、例えば日本の防衛のために日本近海の公海上で、警戒監視活動を行っているアメリカの艦船等への武力攻撃があり、それを放っておけば、いよいよ日本の国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆されるような明白な危険が明らかな場合には、自衛隊はこれを排除することができる、としたわけであります。
あくまで、これは自国防衛のためであります。他国を守ることが目的では決してありません。
ただし、これは、アメリカの艦船を守るという意味においては、集団的自衛権を「ほんの一部」認めることになるのですが、これとて、あくまで自国を守るためなのであります。
これさえも、集団的自衛権だからといって認めなかったならば、現実に日本を守ることができるのでしょうか。
政府には、憲法の前文、そして13条にあるように「国民の生命・自由・幸福追求の権利」を守る責任があるのです!!
それができなければ政府として失格なんです!!
私は今年の初夏に、ある学者さんとお話しをする機会がありました。先ほどのアメリカの艦船が攻撃をされた場合の事例についてお話しをし、いよいよ日本の国民の生命の危機が訪れた場合、どうしたらよいかについてその学者さんに伺ったところ、その答えはあまりにも予想をかけ離れたものでした。
それは、「まずは一発は、日本が直接ミサイルをぶち込まれないといけないんですよ。それで初めて自衛隊は動き出せるんですよ」と。
衝撃のあまり、正直、返す言葉もありませんでした。
そうか、これが机上の学問をやっている人の言葉なんだと。
国民の命を守りきるためには、9条の範囲内で、自衛隊は、ギリギリ、どこまでのことができるのか、それを政府は真剣に考えているこの時に。
憲法ができた当時とは比較にならないほどに破壊力と精度が格段に高くなったミサイルを、たった一発でも日本が受けたらどうなるか。
その一発の攻撃で命を失うのは、あなたの身内かもしれないのに。
どこまで他人事なのか!!
観念論も甚だしい!!
憲法の前文、そして13条で、国民の命を守ることを第一に命じているではないですか!!
しかも、日本を守っているアメリカの艦船が攻撃を受けて、日本の危機が身近に迫ってようやく、やっと自衛隊は「自衛のために」、あくまで「自衛のために」アメリカの艦船を守ることができる、これを今回は認めようとしているんです!!
これさえも集団的自衛権だからダメというのは、本末転倒ではないですか!
繰り返しになりますが、今回の法案は、どこまでも「自国防衛」に徹しているのです。断じて「他国防衛」を認めたものでは決してありません。他国防衛を認めてしまえば、それこそ9条を犯してしまいます。それは当然です。
これが分かれば、決して感情的に「戦争法案」などとは言えないはずです。
徴兵制などということも言われておりますが、まったく日本国憲法に反するものであり、できるはずがありません。現実とまったくかけ離れております。
地球の裏側まで自衛隊が行くなどということも、イメージで言われておりますが、そもそも、いまの自衛隊の能力では、地球の裏側まで行って他国と戦うことは不可能です。他国に本格的な攻撃を与える能力などないのです。
このように、批判の多くが、イメージによる不安から生まれるものであったり、感情論によるものがあまりにも多く見受けられました。
国会では、衆参両院合わせて216時間もの審議を行ってきました。
決して拙速ではありませんし、まして強行採決では断じてありません。
国民の命を守りきるための平和安全法制であり「戦争防止法」であります。
その上で、再三政府が言っているように、平和を築くために何よりも重要なのは、平和的手段である、外交であり、国と国の対話であります。
今回の法整備により、抑止力が生まれ、安定した外交を行うための土壌が整いました。
いよいよ日中韓首脳会談の開催に向け動き始めました。
アジア、そして世界の平和を築くのは、人間対人間の対話であります。
「平和外交」と「抑止力」、この二つがこれで整うことになります。このどちらが欠けても現実の上で平和を維持することはできません。
今回の平和安全法制の整備は、その重要な一歩となりました。その重要性を皆様に心より訴え申し上げ、(請願は不採択との)総務産業委員長のご報告に対する賛成討論といたします。












