2010年4月 沖縄に視察にいきました。
普天間飛行場も雨の中、見てまいりました。
当時は民主党政権で沖縄の基地の県外移設が民主党の主張でした。
私は生まれが長崎市内で被爆地であり
沖縄同様平和への心は人一倍敏感であると思います。
すでに両親は他界しておりますが父は南方に出征に55名の隊員で
生きて帰ったのは父を入れてもたった4名で父の左脇の下には銃痕がありました。
母は従軍看護婦として当時の満州に行っており、ソ連の戦車に追われ
コーリャン畑の中を命からがら逃げ日本に帰ってきたと言っていました。
現場に行かない限りあの空気感を感じる事はできません。
沖縄の方々のお気持ちを考えるならば「県外移設」というこの4文字が
いかに重いかわかっていたのでしょうか
翌月5月に鳩山首相から菅首相に代わられましたが
民主党の掲げた4文字「政権交代」がいかに多くの人々に
失望を与えたのか今では明白になりました。
今、大阪では「大阪維新」や「大阪都構想」のフレーズがおどっていますが
しっかりと中身を吟味しなければなりません。