「特大卵焼き」の物語から中学校給食へ—愛情を焼き上げる日々(大野城市議会議員として)
2026年9月12日(土)
午後からの始動。
来週の一般質問に向けたスライド編集に取り組んでいたとき、ふとスマホの「思い出機能」から通知が届きました。
「一年前の今日」—画面に映し出されたのは、長年大野城市を支えられた井本前市長が退庁される動画でした。
そしてバトンは、大野城市初の女性市長である堤かなめ市長へ。市議会議員として、ずっと井本前市長の背中を見つめてきた私にとって、非常に感慨深い節目の日です。
「この日を境に、ブログを毎日発信しよう」
そう心に決めて走り続け、気がつけば今日でちょうど1周年を迎えることができました。
日頃から温かい応援をくださる読者の皆様に、心より感謝申し上げます。
「いつもブログを読んでいますよ」 「プロフィールの特技にある『特大卵焼き』ってどんなものかしら?って、〇〇係長と話していたんです」
そんな嬉しいお声をいただくこともあり、ブログ1周年という記念日の今日、久しぶりにあの「特大卵焼き」を焼いてみることにしました!
(※画像:お皿いっぱいにドーンと鎮座)
-息子の『一言』から始まった特大卵焼き-
この特大卵焼きのルーツは、今から28年前にさかのぼります。
ある日、中学校から帰ってきた長男がこう言ったのです。
「俺の弁当を見て、友達が『その卵焼きを食べたい!』って言うからあげたんだ。多めに入れてくれてよかったよ」
事情を聞くと、そのご家庭はお母様がいらっしゃらず、普段はコンビニ弁当とのこと。
それ以来、お友達がこっそり息子の弁当を覗きに来るようになり、息子も自然と卵焼きを分けてあげるようになったそうです。
そして、初めての体育祭の前日。長男が少し遠慮がちに言いました。
「みんなが『お母さんの卵焼きが美味しい』って言うから、明日、卵焼きだけたくさん作ってくれないかな?」
聞けば、複雑な家庭環境から普段はパンやコンビニ弁当で済ませている同級生たちと一緒に、お昼ご飯を食べたいとのことでした。
当時の中学校は「保護者とお昼を食べる」のが推奨されており、剣道部に所属していた長男は保護者席で食べるのが決まりでした。
しかし、この日は担任の先生の許可をいただき、友達と「弁当の時間」を過ごすことになったのです。(3年生の卒業まで)
「卵焼きだけじゃ足りないでしょう!」と、私は唐揚げやおにぎりもいっぱいに持たせていました。
―30個の卵に込めた想いと「職人技」へ!―
息子の友達の顔や名前は、いつも名前だったこともありしっかりと覚えていません。
それでも彼らは、成長して遠くから私を見かけると、わざわざ頭を下げて丁寧に挨拶をしてくれました。家庭環境の複雑さから少しやんちゃな面もありましたが、根はとても礼儀正しく、感謝の心を持った優しい子どもたちでした。だからこそ私は、息子の交友関係に口出しすることなく、温かく見守り続けていました。
最初はみんなに分けるため、卵6個分の卵焼きを5本(計30個)焼いていました。
しかしそのうち、フツウの卵焼きでは私が飽きてしまい、「みんなをもっと驚かせて喜ばせたい!」という一心で、ホットプレートを使った特大サイズを焼き上げるようになったのです。
(※今回の写真はサイズ 25cm×14cm×9cm! 42年愛用したホットプレートを昨年処分したため、今回はフライパンで挑戦しました)
―特大卵焼きづくりのこだわりー
・卵30個を混ぜる時は、冷めてもふわっと柔らかくなるよう「泡を立てない」。
・砂糖が沈殿しやすいので、流し込む直前まで箸で丁寧にかき混ぜる。
・火加減と油を差すタイミング、そしてずっしり重い卵をひっくり返すフライ返しには、ちょっとした「技」と体力が必要です(笑)。
今日久しぶりに向き合った特大卵焼き。ブログを読んでくださっている皆様にも、ぜひ焼きたてを試食していただきたかったですね!
あとがき
「お前のお母さん、交差点で立っていたよ」
約11年前、私が市議会議員に初立候補した際、朝の辻立ちを見かけた当時の「卵焼き仲間」の友人から、長男に電話が入ったそうです。
市外に暮らす長男に「お母さんを応援しているよ」と声をかけてくれた子どもたち。人と人との温かな縁は、巡り巡って自分の元へと返ってくるのだと深く実感しました。
現在、私は中学校給食特別委員会の一員として、大野城市における中学校給食のあり方を協議しています。
議員を志した当初から、「義務教育期間は、全員に美味しくて栄養ある給食を届けたい」という強い想いがありました。当時はなかなか声を大にして言えない時期もありましたが……。
振り返れば、あの「特大卵焼き」には、様々な事情を抱えた子どもたちの「みんなと同じ美味しいお弁当が食べたい」という切実な夢や希望が詰まっていました。
「子どもたちに、美味しいものを食べて笑顔になってほしい」
28年前から変わらないこの情熱を胸に、これからも子どもたちの未来を照らす慈愛ある政策実現に向けて、活動を続けてまいります!
