2026年6月30日㈫
ブラジル戦、本当に惜しい結果でしたが、今はまだ興奮が冷めやらない状態です。
私は、「時間が経つほど悔しさが増してくる性格」なので、あえてこの熱量のまま、今この瞬間の想いをブログに書き留めておこうと思います。
実は今回の試合、本気で勝ちたいと思えば思うほど冷静に観られなくなってしまい、正直ドキドキが止まりませんでした。
スマホを手にしながらも画面をじっと見つめ続けることができず、閉じては心の中で「がんばれ、がんばれ」と祈り、また恐る恐る画面を開いて状況を確認する……そんな、祈るような時間を過ごしていました。
結果は本当に惜しいものでしたが、王国ブラジルを相手に一歩も引かず、先制点を奪い、体を張って守り抜いたあの戦いぶりには、言葉にできないほどの感動を覚えました。
日本中にこれほどまでの「夢と希望、そして躍動感」が沸き起こったのは、本当に久しぶりのことではないでしょうか。
最後のホイッスルが鳴った瞬間、ピッチに崩れ落ちた選手たちの姿が目に焼き付いています。あの大舞台で死力を尽くした彼らの「悔しさ」の深さは計り知れませんが、彼らがピッチで見せてくれた勇敢な姿勢は、日常を生きる私たちに「前を向く力」を届けてくれました。
勝負の世界の厳しさを突きつけられた幕切れでしたが、それ以上に、私の心を震わせ、熱く沸かせてくれた選手たちには、感謝の気持ちでいっぱいです。
最高のパフォーマンスを、本当にありがとうございました。
「胸を張って日本へ帰ってきてほしい」。 心からの拍手を、日本代表のすべての選手・スタッフの皆さんに送りたいと思います。
あとがき
人生は、いつも自分の描いたシナリオ通りに進むわけではありません。 最近の私は、特にそのことを痛感する日々を過ごしていました。
けれど、今回のブラジル戦。
スマホを握りしめ、ただ祈るように画面を見守ったあの時間は、日常の停滞を忘れさせてくれるほどの熱狂でした。
王国を相手に死力を尽くす選手たちの姿は、私の中に眠っていた「ドキドキとわくわく感」を鮮やかに呼び起こしてくれました。
彼らがピッチで見せてくれたあの勇敢な姿勢こそが、今の私にとって最も必要な「前を向く力」だったのだと感じています。
勝負の世界の厳しさを目にしながらも、これほどまでに心が震え、熱くなれる。 スポーツ観戦が届けてくれるものの大きさを、改めて噛み締めています✌
最高のパフォーマンスで、私の世界に光を灯してくれた日本代表に、心からの感謝を。 また今、この瞬間から、私も自分なりの一歩を踏み出せそうです。

2026年6月29日㈪
今日は、私の妹の誕生日です。
そんな記念すべき日に、私の元へ心温まる写真が届きました。
今年、小学一年生になったばかりの妹の孫が一生懸命に作った、手作りのバースデーカードです。
そこには、愛らしいワンちゃんのイラストと共に、「ばあこ だいすき」という言葉。
そして、妹の優しい目元にそっくりの似顔絵が描かれていました。
左右のページには、「おせわありがとう」「おいしいごはんをありがとう」という、覚えたてのひらがなで綴られたメッセージがぎっしりと詰まっています。
濁点が抜けていたり、耳で聞こえた音のままに一生懸命書かれた文字。それは、完璧に書けるようになってからでは決して手にすることのできない、「いましか書けない宝物」です。妹は「もっとしっかりした文字を……」と照れていますが、私には新一年生・孫の真っ直ぐな「大好き」という気持ちが、120%伝わってきました。
このカードを眺めていると、私自身の古い記憶が呼び起こされます。
私たちは7人兄弟姉妹で、妹とは7歳の差があります。
彼女が生まれた時、私は小学校一年生でした。家に突然赤ちゃんがやってきた、あの日の驚きと喜びは今でも鮮明に覚えています。働いていた母に代わり、夏休みには妹の世話をすることが私のお手伝いでした。
幼かった妹が成長し、今では互いに孫がいて「おばあちゃん」と呼ばれ、こうしてお孫さんから感謝されている。その月日の流れに、深い感慨を覚えずにはいられません。
年齢を重ねるにつれ、「姉妹がいて本当によかった」とつくづく感じます。
私が相談に乗れば「お姉ちゃんは頼りになる」と喜んでくれますが、実は私の方こそ、妹の存在にどれほど救われてきたか分かりません。
実は今、妹は病気との闘いの中にあります。
自分自身のことで精一杯なはずなのに、彼女はいつだって私の体調を気遣い、私のために祈ってくれています。その優しさに触れるたび、私の方が勇気と元気をもらっています。
こうして文章を書いている今も、彼女の強さと温かさを想うと、熱いものが込み上げてきます。
最近では、妹の孫たちとの交流が、私と夫の生活にも新しい彩りを与えてくれています。
次世代の成長を見守る喜びは、何物にも代えがたいものです。
議員としての公務に邁進する日々ですが、その原動力となっているのは、こうした「家族の絆」や「日常の小さな幸せ」です。
妹へ。 誕生日おめでとう。 あなたの姉であることを、心から誇りに思います。
これからも、共に歩んでいきましょう。 いつも、本当にありがとう。

2026年6月28日㈰
神奈川県厚木市議会議員であり、大切な友人・同志である山﨑よしえ議員のタウンミーティングに出席いたしました。山﨑議員とは、同じ3期目、そして同い年というだけでなく、私の実父の名前が「よしえ」であるという、不思議な縁を感じる間柄です。
公明党の最大の強みは、地域一人ひとりの声を国や県へと届けるネットワークにあります。しかし、それは単なる「上下」の連携に留まりません。今回のように、人口規模や予算、政策課題が異なる自治体議員同士が、「市民サービスの向上」という共通の目的で情報を共有し、切磋琢磨する「横のネットワーク」こそが、地方自治の質を高める鍵となります。
今回のタウンミーティングでは、地域包括支援センターの職員による高齢者向けの脳トレや合唱など、参加者が心から楽しみ、対話できる工夫が随所に凝らされていました。多忙な時期にもかかわらず、ちょうど100名もの市民が集われた事実は、山﨑議員が地域で築いてきた信頼の厚さを何よりも物語っています。
実は昨年、山﨑議員は福岡県大野城市で開催した私の市政報告会にはるばる駆けつけ、登壇してくださいました。今回、私が辻堂駅から本厚木駅へと向かう道中で実感したのは、彼女が福岡まで足を運んでくれた際の、その「移動距離」の重みと深い真心です。
政治家である前に、一人の人間として、受けた恩義に「行動」で応える。この誠実な双方向の交流こそが、強固な信頼関係を支え、ひいては市民のための力強い活動へと繋がると再確認いたしました。
会合後、山﨑議員に案内していただいた宮ヶ瀬ダムの視察は、私にとって極めて意義深いものでした。現在、我が大野城市は水不足の懸念に直面しており、地球温暖化対策は喫緊の課題です。今回の視察で得た「水資源の現実」という生きた知見は、私が9月定例会の一般質問で予定している環境問題の議論において、重要な視座を与えてくれました。
また、早朝の駅への送迎をご長男が担ってくださるなど、ご家族の協力体制にも深く感銘を受けました。家庭の理解と支えがあってこそ、私たちは公僕としての使命を全うできるのです。
山﨑よしえ議員の最大の魅力は、何といっても「現場の声を聞き切り、即座に動く圧倒的な行動力」にあります。市民のために奔走し、一つひとつの課題に真摯に向き合う彼女の姿を目の当たりにし、友人・同志としてこれほど誇らしいことはありません。
今回のブログを通じて改めて浮き彫りになったのは、彼女の「物理的な距離や自治体の壁を厭わない、誠実で迅速な行動力」です。100名の動員は、彼女のこれまでの「歩いた距離」と「聞いた声の数」の結晶です。
山﨑議員から受けた刺激と感謝を力に変え、私も彼女に負けぬよう、大野城市の課題解決、そして市民の皆様の幸福のために、さらなる情熱を持って「現場第一」で走り抜いてまいります。
よしえ議員、素晴らしい一日を本当にありがとうございました。私も同様に、全力で頑張ります!

2026年6月27日㈯
私にとって、そして我が家にとって一生忘れられない、希望に満ちた一日となりました。
私の夫は一人っ子、対して私は7人兄弟姉妹という、非常に対照的な環境で育った私たち夫婦。かつて孤独を知る一人っ子だった夫も、今や二人の子の父親となり、そして目の前には3人の愛おしい孫たちがいます。
古くから「子どもは宝」と言われますが、今日ほどその真意を肌で感じたことはありません。これこそが、長い年月をかけて我が家が辿り着いた、幸福のあり方なのだと感謝の気持ちでいっぱいです。
今朝は台風の接近で、遠方の孫が藤沢まで来られるか本当に心配しておりました。
幸い電車は無事に動き、雨の中を東京から長男の孫とお嫁さんが、5月に生まれたばかりの二人目の赤ちゃんに会いに、辻堂まで駆けつけてくれたのです。
待ちきれずにマンションのホールまで迎えに行ったのは、娘の長女「みっちゃん」でした。 久しぶりに再会した従兄妹同士。最初は少し照れくさそうにしていましたが、すぐに打ち解け、「かくれんぼ」や「はじめの一歩」、そしてハーモニカの音色に合わせた笑い声が部屋中に響き渡りました。
何より私の胸を熱くさせたのは、幼い孫たちが、生まれたばかりの赤ちゃんを「大丈夫かな?」「かわいいね」と優しく気遣う姿でした。
誰に教わるでもなく芽生える「思いやりの心」。その健やかな成長を目の当たりにし、祖母として感極まる瞬間でもありました。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、駅での見送りの時のことです。長男の孫が、ぎゅっと私に抱きついてきて、小さな声でこう言ってくれました。
「みどりおばあちゃん、ありがとう」
何かあるたびに真っ直ぐに抱きついてきてくれる孫たちの温もり。その小さな体温と真っ直ぐな言葉が、私にとってどれほどの「希望」になることか。
駅からの帰り道、娘の住むマンションへと続く雨の道も、私の心はどこまでも晴ればれとしていました。
「本当に、希望をありがとう。これでまた、地域の皆さまのために仕事をがんばれるよ」 そう心の中で強く誓いました。
一歩立ち止まって社会を見渡せば、現代の子育ては決して平坦なものではありません。
核家族化が進み、かつての私のように「7人兄弟」という賑やかな環境や、地域が一体となって子どもを見守る仕組みは失われつつあります。
孤立した「孤育て」に悩む親御さん、経済的な不安、そして仕事と育児の両立という高い壁。今、多くのご家庭が、こうした課題と向き合いながら懸命に歩んでいます。
「子どもは宝」——この言葉を、単なる理想論や精神論で終わらせてはいけません。
社会全体が子どもたちの成長を喜び、子育て世代を支え抜く実効性のある施策が必要です。
孫たちの笑顔があふれる未来を守り抜くこと。そして、どんな境遇にある子どもたちも、今日私が肌で感じたような「温かな絆」の中で健やかに育っていける社会を創ること——。
それこそが、私に与えられた最も重要な使命であると、今、改めて強く確信しています。
今日のこの感謝の思いを、明日への活力に変えて。
一人の声を聴く「誠実さ」を忘れず、常に研鑽を積み、皆様のための行動を積み重ねてまいります。
【あとがき】
明日は、厚木市へ。厚木市議会議員・山﨑よしえ議員のタウンミーティングに出席いたします。
思い返せば昨年5月、私の市政報告会の際には、遠く福岡県の大野城市まで応援弁士として駆けつけてくださいました。その時の大きな御恩に報いるためにも、精一杯の応援をさせていただきたいと思います。
「一人のために、地域のために」——。場所は離れていても、志を同じくして即座に結びつき、支え合える公明党のネットワークは、本当に素晴らしいものだと実感しています。このネットワークの力を最大限に活かし、これからも走り抜いてまいります!

2026年6月26日㈮
本日午前9時過ぎ、ようやく6月定例会の一般質問に向けた「議会だより」の原稿を書き終えました。今回のテーマは「地域リーダーの育成」について。活字として住民の皆様のお手元に届くものだからこそ、一文字一文字に心を込め、ぎりぎりまで推敲を重ねました。
原稿を書き終えた後、公明新聞の記事に目が留まりました。
「青森で最大震度6強」。岩手県沖を震源とするこの地震では、八戸市などで住宅被害が発生しました。記事には、公明党の地方議員がいち早く現場に急行し、住民の安否確認や被害調査に奔走する姿が記されていました。
「家具が倒れ、食器が割れた」「私道で地割れが起き、雨が心配だ」。
現場で語られる切実な声こそが、私たちが取り組むべき課題の原点です。地方議員の矜持とは、災害時にこそスピード感を持って現地に赴き、一人ひとりの不安に寄り添う「現場主義」にあります。
「いつか大野城市でも起こるかもしれない」
この危機感を、私たちは決して忘れてはなりません。大野城市では、地震発生時の二次災害を防ぐための「防災器具購入費等補助金制度」を設けています。
• 感震ブレーカー設置:1世帯最大8,000円補助
• 家具転倒防止器具:最大6,000円補助
こうした具体的な備えを、令和8年度の新規事業予算にも盛り込んでいます。
しかし、ハード面の整備や行政の支援(公助)だけでは、地域を守り切ることはできません。私の知人には、今年度から「組長」を引き受け、自ら「防災士」の資格を取得して地域のために行動している方がいます。このように「自らの地域は自らで守る」という共助の精神こそが、地域のレジリエンス(回復力)の核となります。
そして、この「地域を守る力」をより強固なものにするために、私が今議会で強く訴えたのが「地域の人材登用における女性リーダーの育成」です。
なぜ、防災に女性リーダーが必要なのでしょうか。
それは、災害時において、避難所の運営や生活支援の現場で、女性ならではの視点や配慮が不可欠だからです。多様な視点を持つリーダーが地域にいることは、平時からのきめ細やかなネットワーク作りを可能にし、いざという時の「誰一人取り残さない防災」の実現に直結します。
地方議員の迅速な行動、行政による制度の充実、そして地域住民による主体的な活動。これらをつなぎ、よりしなやかで強い地域社会を築く鍵は、多様な人材が活躍する土壌にあります。これからも、誰もが安心して暮らせる大野城市を目指し、しっかり貢献してまいります。
あとがき
午後は、大切なわが家の次代を担う孫守りの時間でした。
夜は娘のリクエストで、お好み焼きを作りました。2歳半になる孫も一緒に食べるため、具材は普段よりもずっと小さく、みじん切りに。「美味しいね」と味わって食べてくれる姿を見ながら、ふと感じたことがあります。
それは、「相手の立場に立って、細部まで心を配る」という日常の姿勢こそが、私が議会で訴えた「女性リーダーの視点」や「地域の現場力」そのものであるということです。
2歳の子が食べやすいように具材を細かく切る工夫も、避難所で一人ひとりの困りごとに気づく眼差しも、根底にあるのは「大切な人を守りたい」という慈愛の心です。
一方で、未来を切り拓くには、困難に立ち向かう強さも必要です。
現在開催中のワールドカップでは、日本代表がスウェーデンと引き分け、見事に決勝リーグ進出を決めました。次は強豪ブラジルとの対戦です。 決して怯むことなく、心で負けずに挑戦し続けてほしい。その勇姿は、私たちに「より良い地域を創るために挑み続ける力」を届けてくれます。

2026年6月25日㈭
今日の一日は、近づく台風の影響で、一日中雨降りでした。 そんな天候のなか、車で1時間もかけてSNSの活用を教えに来てくださった先生には、感謝の言葉もございません。
今日は2時間の熱心なレッスンを受け、YouTubeにも17秒の短い動画「台風に気をつけて」を発信しました。
筑後川の渇水解消を願いつつも、どうか大きな被害が出ないようにと、祈るような気持ちで画面を見つめていました。
本来なら午後もレッスンを続けたい気持ちもありましたが、終日は無理だと思いました。というのも、今の私の最大の使命は、二人の孫との生活をスムーズに支える「産後サポート」にあるからです。
夕方、保育園から帰ってきた2歳6か月の上の孫が、生後1か月の妹のそばへ駆け寄ります。朝だけでなく夜も、何度も何度も抱っこをし、小さなおでこを「いいこ、いいこ」と撫でるその姿。姉妹が寄り添うその温かな光景に、幸せな気持ちになります。
私自身、7人兄弟姉妹のなかで育ち、姉や妹との絆がいかに人生を豊かにしてくれるかを実感してきました。大人になっても自然体で支え合える、そんな姉妹の絆を、この子たちにも大切に育んでほしいと願わずにはいられません。
夜になり、1か月の育児休暇を終えて職場復帰した父親が、遅くに帰宅しました。残務に追われる忙しい日々のなかでも、彼は真っ先に我が子の眠るベッドをのぞき込みます。その瞬間の、幸せに満ちた、本当に嬉しそうな笑顔。その横顔を見て、娘もこの人と家庭を築けて本当によかったと、母として心から安堵いたしました。
しかし、その一方で、政治家としての私の目は、目の前の厳しい現実を捉えずにはいられません。 共働きが当たり前のキャリア時代にあって、物価高騰が生活に重くのしかかっています。若い夫婦がどれほど子育てを頑張ろうとしても、今の環境では「子どもは少人数で……」と躊躇してしまうのも無理はありません。「子育てと仕事の両立」が、個人の努力だけで解決できる段階を、もはや超えているのではないか――。娘夫婦の現実を目の当たりにし、その危機感を強くいたしました。
公明党は「大衆とともに」、そして「大衆のために」を永遠のモットーとしています。
ひとりの生活者の実感を、地方議員と国会議員のネットワークでしっかりと汲み上げ、国政へと届けていく。それが私たちの使命です。国民の生活と安全を一番に考え、若い世代が希望を持って未来を描ける社会を築くために、私はこれからも現場の声を拾い続け、一歩ずつ前に進んでまいります。
雨が上がり、明日にはまた子どもたちの明るい笑い声が響くことを信じて。

朝8時30分。画面越しに広がるリモート研修の場から、私の一日は始まりました。
今期、市民の皆様へと繋がる大切な架け橋となるSNS運用――公式LINEやホームページ、Instagramの活用計画について、専門家の方から熱のこもった助言をいただきました。「伝える」ことは「寄り添う」こと。
デジタルという新しい翼を得て、市政の動きをどう届けるべきか、思考を巡らせる時間は非常に濃密なものでした。
日中は、家事や孫との時間に身を置きながらも、合間を縫って筆を走らせました。静かな時間の中での原稿作成は、驚くほど筆が捗り、心の中が整理されていくのを感じました。
そんな折、電話とメールで届いた2件の市民相談。
その一つは、9月定例会での一般質問にも関わる、重みのあるものでした。 いつも大野城市のことを我が事のように案じ、私を信じて言葉を託してくださる方がいます。その「信頼の重み」を感じるたび、背筋が伸びる思いがいたします。いただいた声をただ届けるだけでなく、その事業が本当にこの街の未来にとって、市民の皆様の笑顔にとって有効なものなのか。自分自身の魂に問い直し、血肉化していく責任を痛感しています。たとえ体が地元を離れていても、こうして切実なご相談をいただけることは、議員冥利に尽きる喜びであり、私の歩みを支える大きな原動力となっています。
振り返ればこの一年、世界は劇的に姿を変えました。リモート会議が日常となり、デジタルの力が「距離」という壁を溶かしていくのを肌で感じています。明日の勉強会も、そんな新しい時代の形を借りて、地域の皆様と共に学びの時間を分かち合う予定です。
あとがき
今日という一日の終わりに、胸に灯ったことを書き留めようと思います。
台所に立つ私は、決して凝った料理を作れるわけではありません。
けれど、娘婿さんがいつも快く片付けを引き受けてくれるおかげで、私は「誰かのために作る」という純粋な喜びに没頭できています。
「おいしい」という言葉以上に嬉しいのは、空になった器です。どんな時でも、鍋の底が見えるほど綺麗に完食してくれる彼の姿を見るたび、作る側の私は「次はもっと喜んでもらえるものを」という、明日へのささやかな活力が湧いてくるのです。
そしてもう一つ、私の心を震わせたのは、孫の「みっちゃん」の歌声でした。
これまで画面越しに何度も見てきた姿。けれど今日、目の前で繰り広げられたのは、生命力に満ち溢れた「小さな音楽会」でした。「大きな栗の木の下で」や「げんこつ山のたぬきさん」、そして「しあわせなら手をたたこう」……。小さな手を一生懸命に動かし、全身でリズムを刻みながら歌うその姿は、まるで希望そのもののようでした。
「いぬのおまわりさん」から「おもちゃのチャチャチャ」まで、驚くほどたくさんの歌を真っ直ぐに届けてくれたみっちゃん。その無垢な歌声に、大人である私の方が、言葉にできないほどの大きな元気を分けてもらった一日でした。

2026年6月23日㈫
本日は、政治の信頼性やネット社会のあり方を揺るがす、国会での重要な動きについて記します。本日(2026年6月23日)の公明新聞一面、衆院予算委員会における「総裁選中傷動画疑惑」を巡る論戦です。
国会では政治の信頼性とネット社会のあり方を揺るがす、極めて重要な論戦が行われています。衆院予算委員会で焦点となったのは、昨年の総裁選中にSNSで拡散された「中傷動画」を巡る疑惑です。
中道改革連合の後藤祐一氏による「選挙での中傷は悪質であり、客観的な証拠を示すべきだ」という厳しい追及に対し、高市首相は関与を否定した上で、潔白を証明するため「秘書の陳述書」を提出する意向を表明しました。
ネット上の誹謗中傷や偽情報の拡散は、有権者の判断を狂わせ、民主主義の根幹を揺るがしかねない重大なリスクです。公明党はこれまで、こうした偽情報拡散を防ぐ法整備をリードしてきましたが、今回の論戦は「クリーンな言論空間をどう守るか」という、私たち全員に関わるテーマを浮き彫りにしました。
政治への信頼を取り戻すためには、国民が納得できる丁寧な説明が不可欠だと強く感じます。
あとがき
今日は食材の買い出し以外は外出しなく、2歳半と生後一か月の孫のお世話をして過ごしました。かつて二人の子育てを経験した私ですが、一人ひとりの顔や姿が違うように、子育ての深さには今さらながら驚かされます。
この経験もいつか自分の糧になるとプラスに捉えて、孫たちと向き合う時間を大切にしたいです。
夜になり、孫たちが寝静まったところで、福祉教育委員会の調査のためのメール確認や資料まとめに励んでいます。I rock being an old hag!(バァバである自分、最高!)。どうせやるならトコトン!自分を鍛えながら、明日からもパワフルに動いてまいります。

2026年6月22日
今日、大切な節目である孫の「1か月健診」に同行してまいりました。
病院に到着してからすべてが終わるまで、約3時間。大人でも疲れを感じるほどの長丁場でしたが、まだこの世界に来てわずか1か月の小さな体で、孫は本当によく頑張ってくれました。帰宅後、安心しきった様子で深い眠りについたその寝顔を見ていると、こちらまでホッと胸をなでおろすような気持ちになります。
今回の健診では、その成長の早さに驚かされるばかりでした。
身長は58cm(生まれた時から7cmの伸び)、体重は4800g(1300gの増加)でした。
あんなに赤かった顔が、1か月を経て透明感のある肌へと変わっていました。
写真は、ミルクの後にげっぷをさせた後です。首のすわっていない小さな体を「縦抱き」で支えるのは、何度やっても緊張するものです。「私の時はどうだったかしら」と遠い記憶をたぐり寄せながら、今の育児の常識を学ぶ毎日。驚きと勉強の連続の中にいます。
しかし、喜びと同時に、現場で直面した「3時間の待ち時間」は、重い課題として私の心に残りました。
産後1か月という過酷な時期にある母親と、生まれたばかりの赤ちゃん。この親子にとっての3時間は、決して軽いものではありません。こうした「現場の負担」を一つひとつ解消し、誰もが安心して子育てに専念できる環境を整えること。それこそが、私たちが取り組むべき政治の本分であると、強く感じました。
あとがき
今回の健診を無事に終え、ホッとした表情を見せた娘でした。一か月以上ぶりに上の子どもと入浴。母親として上の子がお風呂でも成長していると実感したそうです。
こうした小さな命の成長をすぐそばで見守れるのは、本当に贅沢で、ありがたいことです。おばあちゃんとしての奮闘はまだ始まったばかりですが、これからも家族と、そして地域と手を取り合いながら、愛情いっぱいのサポートを続けていきたいと考えています。
最後になりますが、日々、命の現場で尽力されている医療従事者の皆さま、そして温かく見守ってくださる地域の皆さまに、心より感謝を申し上げます。
あとがき
今回の滞在中、議員活動も工夫していく考えです。
孫のお世話や娘のサポートの合間を縫って、これまでの実績をまとめた動画のSNS発信や、次なる政策に向けた研修を入れた議員活動の計画を進めています。
タウンミーティングも開催に向けて準備中です。

2026年6月21日㈰
私たちはサッカーの歴史が塗り替えられる瞬間の「目撃者」となりました。
6月21日、この日は、ワールドカップ通算1000試合目という記念すべき大舞台でした。そこで森保ジャパンが見せたのは、これまでの日本サッカーの常識を鮮やかに覆す、あまりにも劇的で、あまりにも記録的なゴールラッシュでした。
試合開始の興奮がまだスタジアムに渦巻く中、電光石火のドラマが幕を開けました。左サイドを切り裂いた中村敬斗選手の鋭いクロスに、飛び込んだのは鎌田大地選手でした。ネットが揺れたのは、キックオフからわずか240秒後のことです。
ワールドカップにおける日本人最速ゴールという新記録に、日本中が、そして世界が息を呑みました。この一撃が、記念すべき偉大なる序曲の始まりとなりました。
チュニジアの堅守を前に、今度は上田綺世選手の右足が爆発しました。エリア外から放たれた強烈なミドルシュートが、ゴールネットに突き刺さりました。彼にとってのW杯初ゴールとなったその瞬間、日本を背負う若きストライカーの魂に、確固たる自信の火が灯りました。
後半、反撃に出るチュニジアの攻勢を気迫の守備で凌ぎ切ると、今度は日本のスピードスター、伊東純也選手が電撃的なゴールを決めました。スタンドを埋め尽くす青いサポーターの歓喜は、すでに最高潮へと達していました。
しかし、ドラマにはまだ続きがありました。83分、ふわりと上がったクロスに、誰よりも高く宙を舞ったのは再び上田選手でした。完璧なヘディングシュートがゴールへと吸い込まれ、スタジアムは歓喜の坩堝(るつぼ)と化しました。
この瞬間、彼は「ワールドカップの1試合で複数得点を挙げた、史上初の日本人選手」として、その名を歴史に永久に刻むこととなったのです。
「1試合4得点」という、日本のW杯史上最多得点記録。まさに、過去のあらゆる壁を打ち破る「記録的確率」を現実のものにした90分間でした。
泥臭く1点を守り抜く戦いを続けてきた日本のサッカーは、世界最高峰の舞台で「圧倒的な攻撃力」を展開してみせたのです。
勝ち点を「4」に伸ばし、決勝トーナメントの背中を捉えた森保ジャパン。彼らが描く夢の続き、次なるスウェーデン戦では、一体どんなドラマが私たちを待っているのでしょうか。
あとがき
今日は、娘が出産して初めての外出をする、記念すべき一日でもありました。
母子で月に一度の座談会に向かう二人。2歳になる孫が「抱っこして」と催促する姿も、家族の絆を感じさせる微笑ましい光景でした。私も共に参加させていただきましたが、主催者の皆様が掲げた「平和」というテーマに、深く感銘を受けました。
(吟の心境として) 「平和」という言葉は、時に大きな理想として語られますが、その実体は今日目にした孫の柔らかな手の温もりや、産後の健やかな娘の笑顔といった、ごく当たり前の日常の中にこそ宿るものです。
一編の詩を吟ずるように、この静かな幸せを慈しみ、次代へと繋いでいくこと。スタジアムで万雷の拍手が鳴り響く光景も、家族が手を取り合う光景も、すべては平和という大地があってこそ成り立つものです。歴史的な熱戦の余韻に浸りつつ、この平穏を断じて守り抜くという決意を、新たにした一日でした。
