2026年4月29日㈬
午前7時過ぎに、一通のメールが届きました。送り主は、40年前に担任をしていた教え子です。数年前にSNSを通じて「先生、旧姓●●です。覚えていますか?」と連絡をもらって以来、私の発信にも「いいね」で反応してくれるようになっていました。
今回の帰省については、詳しい事情はまだこれから伺うところですが、私にとっては非常に嬉しい連絡でした。というのも、今年のゴールデンウィークは家に閉じこもらず、とにかく人に、特に教え子や若い人たちと会っていこうと決めていたからです。そんな矢先の連絡に、不思議な縁を感じ、まるで夢のような気持ちになりました。
本当であれば、今日も15時に「まどかぴあ」へ行けば会えたはずでした。しかし、来客の対応で15時10分を過ぎてしまい、残念ながらお会いすることができませんでした。それでも、 明日の12時に春日原駅で会う約束ができましたので、楽しみと感動は明日まで取っておこうと思います。
その後、いつも応援してくださる高齢者の方のお宅を訪問しました。先週、ある会でお会いした際に「話したいことがあるので、来てちょうだい」と言われていたため、アポなしで伺ってみることにしました。というのも、ご高齢ということもあってか、お電話をしてもなかなか繋がらなかったからです。
一歩お庭に足を踏み入れると、目に飛び込んできたのは青々と輝く樹木たちでした。その清々しさに、一気に初夏の訪れを感じます。木々の向こう側には見事な大輪の鉄線花(テッセン)が咲き誇り、まさに今しか見られない贅沢な景色が広がっていました。
お宅の中では、お互いの近況や大切なお話に花を咲かせました。その方は長年地域に貢献されてきた方ですが、免許返納後の交通アクセスの不便さや、ホームページ等を利用していないために市の情報を得る手段が回覧板に限られ、情報の周知が遅れている現状について「どうにかしてほしい」と思いを語ってくださいました。直接、行政にも電話で相談されているようでした。
私はこれまでデジタル化を推進してきましたが、まさに今、この年代の方々がその「はざま」に置かれているのは確かです。何か良い対策はないか、しっかり調査することを約束しました。
「6月になったら紫陽花が綺麗だから、お茶会をしましょう」 そんな嬉しいお誘いもいただき、「ぜひ私も混ぜてくださいね!」と約束を交わして、笑顔で記念写真を一枚撮影しました。
季節の移ろいを感じながら、こうして対話できる時間は本当に宝物です。紫陽花の季節が、今から待ち遠しくてなりません。

2026年4月28日㈫
本日は、5月の詳細なスケジュール調整から一日をスタートしました。ゴールデンウィークが明ければ、すぐに6月定例会が始まります。今日は特に、一般質問の構成案づくりや、活動報告「みどり通信」の編集作業に没頭しました。
「より良い内容に」と試行錯誤していると時間はあっという間に過ぎ、気づけば午後2時。長時間のデスクワークとなりましたが、今後の活動指針を明確に定めることができ、非常に実りある時間となりました。
作業の合間、本日の公明新聞に掲載されていた「地方議員による動画配信」の記事に目が留まりました。近年、InstagramやYouTubeのライブ配信を通じて、住民との距離を縮める新たな取り組みが広がっています。
記事では、ライブ配信のメリットとして以下の点が挙げられていました。
「双方向のコミュニケーション:コメントにその場で答えることで、オンライン上の「市民相談」のような場になる。議員の素顔や活動プロセスが見えることで、政治への心理的ハードルを下げる。視覚的な分かりやすさを通じ、これまで政治に関心の薄かった世代との新たな接点になる。」
これらの先進的な事例に触れ、私自身も「今の自分にできることから、まずは実践してみよう」と、新しい活動への大きなヒントを得ることができました。
事務作業を終えた後は、3月定例会以降ずっと気になっていた方々のもとへ、3軒ほど訪問に伺いました。国政の動向から国際情勢まで、本音でじっくりと語り合うひと時は、私にとっても大きな励みとなります。
特に嬉しかったのは、皆様が私の公式LINEやInstagramを日頃からチェックしてくださっていたことです。「地方議員の選挙動画に『いいね』していたよね」といったお声をいただき、デジタルを通じた情報発信が、対面の対話をより深める一助になっていることを再確認できました。
また、本日の訪問の中で、新たに1件の市民相談を承りました。こちらは明後日、担当課へ相談に繋いでまいります。
帰りがけ、ふと立ち寄ったお花屋さんで素敵なカーネーションに出会い、2輪買い求めました。忙しい毎日ですが、花のある暮らしは心を癒やしてくれますね。
明日も、デジタルと対面という「対話の両輪」を大切に、皆様の声に真摯に耳を傾けてまいります。

2026年4月27日㈪
本日、大野城市内の4地点(イオン大野城店前、大城交差点、西鉄下大利駅、牛頸西鉄レガネット店前)にて、公明党大野城市議団として街頭演説を行いました。お車の中から手を振ってくださった皆様、足を止めて耳を傾けてくださった皆様、本当にありがとうございました。
本日の演説でお伝えした主な内容は、以下の通りです。
1万2千人超の「生の声」を政府へ届ける 先日実施した「緊急アンケート調査」には、短期間で12,562件もの切実な声が寄せられました。回答者の98.2%が物価高を痛感しており、家計への深刻な影響が浮き彫りになっています。
<物価高に対する具体的な経済支援策> 皆様の声を受け、公明党は他党とも協力し、以下の3点を柱とする提言を政府に行いました。今国会中での補正予算編成等を強く要求してまいります。
1. 電気・ガス代引き下げの継続と強化
2. 物流・農漁業を守るための燃料補助の拡充
3. 食料品の消費税率を時限的にゼロにするなど、所得を確保する施策
<平和外交と安全保障への取り組み> 唯一の戦争被爆国として「核のない世界」への道筋を諦めないことが日本の使命です。核保有国と非保有国の「橋渡し役」として、粘り強い対話による平和外交を推進します。また、「情報会議」法案においても、中立性の維持と個人のプライバシー保護を徹底する厳格な体制整備を主張しました。
皆様からいただいた「政治は何をやっているんだ」という厳しいお叱りも、決して無駄にはいたしません。お預かりした声を必ず具体的な政策へと結びつけ、皆様の暮らしと平和を守り抜いてまいります。
【午後の活動報告】 演説終了後の午後は、昨夜市民の方からいただいたご相談への対応に動きました。 内容は3つの課にまたがる複雑なものでしたが、まずは窓口となる課で詳細を話し合い、そこから各課が連携して対応する方針を固めました。
今週は、議員活動を日常に戻し、朝のご挨拶も月の浦交差点からスタートしました。今朝は車や自転車に乗っている方から手を振ってもらったり、声をかけていただいたりと大変嬉しかったです。
なかでも、高校3年生の男子は、「頑張ってくださいね、僕は小学校の時から見ていました」とガッツポーズをして横断歩道を自転車でさっそうとはしりました。そうかあ、12年目を迎えたからですね・・非常に励まされました。若い世代の方々の期待に応えるためにも、さらに全力を尽くさねばと意を強くしました。地域の皆様の「御用聞き」に一生懸命、取り組んでまいります!

2026年4月26日㈰
毎週日曜恒例の公式LINE配信を終え、ようやく一息ついたところです。今日という一日を振り返りながら、このブログを綴っています。
午前中は、月の浦区シニアクラブ「平成の会」の新年度総会に出席いたしました。3月に引き続き、班長さんの代理で受付を担当させていただきましたが、約60名の会員の皆様の元気な笑顔に触れ、私もたくさんの活力をいただきました。
総会後の例会では、当初は静かに見守ろうと思っていたのですが、クイズが始まるとついつい身を乗り出して考えてしまい、思わず挙手。正解していただいた「ナスのインスタント味噌汁」は、さっそくお昼にいただきました。こうした地域の皆様との交流は大事だなと実感しています。
午後からは、ある支援者の方のご自宅へお参りに伺いました。
その方は、11年前、私が初めて議員に立候補した際に真っ先に、心から喜んで応援してくださった、尊敬する大先輩です。96歳で天寿を全うされたその方は、ご本人のご意志により家族葬で静かに旅立たれました。ご逝去を知ったのはお別れが済んだ後でしたが、どうしても直接手を合わせて感謝を伝えたいという思いが消えず、今日のご訪問となりました。
遺影の中のその方は、上品な薄紫のお着物を召され、ご家族が「葬儀の方も驚くほど」とおっしゃる通り、白く輝くような美しいお顔で微笑んでおられました。そのお姿を拝見して思い出したのは、私がまだ20代の頃にいただいた「みどりさん、口紅もほほ紅もつけてね」という身だしなみのアドバイスでした。
かつて小学校教師として体操服姿が当たり前だった私にとって、その教えの真意が本当に理解できるようになったのは、最近のことです。地域の皆様からも、「みどりさんは地域の顔なのだから、いつもきれいにしておいてね」とお声をかけていただくことがあります。
「髪を振り乱して走り回ることだけが、必ずしも美談ではない」。人前に立つ者としての品位を保つことは、私を信頼してくださる地域の皆様への敬意そのものなのだと、今の私は深く自覚できるようになったのも、少しは成長できたのかな。
11年前、「実力ある議員になってね」と背中を押してくださった大先輩。今日の遺影からは、「今、どんな?みどりちゃん、悔いなくね」という優しい問いかけが聞こえてくるようでした。
私は心の中で、強くお答えしました。「はい。今期も最後の一年、一生懸命に全力投球します」。
いただいた恩義を胸に。 明日からもまた、一歩一歩、進めてまいります。

2026年4月25日㈯
本日は朝から晩まで、地域を駆け巡るフル回転しました!
午前中は2カ所の新年度総会に出席しました。まずは「南地区コミュニティ運営協議会」の定例総会へ。長年尽力された川邉会長が退任され、昨年度まで南ヶ丘一区の区長を務められた新会長(中村さん)へとバトンが渡されました。
高齢化に伴う担い手不足が深刻な課題となる中、こうして後任を引き受けてくださる方がいることには、ただただ感謝の気持ちでいっぱいです。退任される川邉さんと目が合った瞬間、これまでの敬意を込めて深く深く、会釈をさせていただきました。
続いて、大野城市社会福祉協議会で開催された「NPO法人 筑紫原爆被害者の会」の定期総会へ。 被爆者やご家族の高齢化による会員減少や運営費といった、切実な課題が話し合われていました。私は昨年、会長の請願を受け、紹介議員として「「核兵器禁止条約」・批准を求める意見書の提出に関する請願」を議会に提出し、全会一致で採択に漕ぎ着けた経緯があります。「微力ながら、これからも会の存続と課題解決に向けて行動し続けなければ!」と、改めて決意を深めました。
午後は、筑紫野市議会の山本かな子議員とまどかぴあ2階の喫茶店で懇談しました。主なテーマは、大野城市に設立された「学びの多様化学校・みずほ中学校」の経緯についてです。準備した3枚の資料をもとに、設立までの市教育委員会と議会の動きを詳しくお伝えしました。
ここで改めて実感したのが、公明党の「ネットワークの力」です。実は、私が一般質問で不登校対策としての「オンライン授業」を提唱したきっかけは、山本議員に寄せられた「大野城市民のご友人」からの切実な相談でした。山本議員は筑紫野市の議員ですが、大野城市民の方からもよく相談を受けられます。その「市民の声」を私が受け取り、議会で提案したことが、今回のみずほ中学校からのオンライン授業発信という形になったのです。自治体の枠を越えて連携し、一人の声を政策として実現する。公明党地方議員の存在意義を、常に誇りに感じる瞬間でした。
……と、ここまでは真面目な仕事の話。実はこの時、二人で注文したのが私のお気に入り「グリークヨーグルトボウル」です!
フルーツとヨーグルトたっぷりを食べ終わり、からっぽになった器を前に、山本議員が一言。「ねえ、なんでこんなに(食べ方が)違うの?(笑)」「みどりさんのはヨーグルト入っていたの?」 私の答えは即答です。「これが個性よ!」
そこから話は、一気に「教育と社会の多様性」へと深まりました。 カレーの食べ方が、ご飯とルーを混ぜ混ぜして食べる人・混ぜないで食べる人それぞれ違うように、子どもたちも十人十色。山本議員は「不登校の要因は、自由がないことにもある」、私も「日本の教育は『模範通り』や『他人との比較』を求めすぎる」という言葉には、互いに共感し合いました。
さらには、「多様性を認めない議員がまだ存在する国会の現状」についても言及しあい、女性議員の視点から熱く盛り上がりました。「こうあるべき」という枠をなくし、一人ひとりの個性が輝く社会を共につくっていこうと誓い合った、とても充実したひとときでした。
そうそう、移動中に驚いたのが、まどかぴあに並ぶ長蛇の列! なんと今日はテレビ番組「開運!なんでも鑑定団」(大野城市)の収録日だったんです。
私も入場申し込もうか迷って断念したのですが(笑)、列の中に知り合いをたくさん見つけ、「久しぶり!」「高価な鑑定品、出るかな?」なんて握手や挨拶を交わす一幕。どんなお宝が登場したのか、放送が今から楽しみです!

2026年4月24日㈮。
毎朝の楽しみだった西日本新聞の「聞き書き」シリーズ、工藤公康さんの連載がついに最終回を迎えました。
毎朝、新聞を開き、工藤さんの言葉に触れる時間は、私にとって自分自身の背筋を伸ばし、一日を始めるための大切な儀式のようなものでした。今日でその連載が終わってしまうことに、大きな寂しさを感じると同時に、素晴らしい言葉を届けてくださったことへの感謝の気持ちでいっぱいです。
連載の中で、特に私の心に深く刻まれたのは、恩師・広岡達明さんから授かった「微差は大差だ」という言葉です。工藤さんは、この「微差」とは「毎日の積み重ね」のことであると説いています。5月5日で63歳を迎える今もなお、現役時代からの習慣であるランニングを欠かさない工藤さんの姿は、まさにこの言葉を体現しています。「練習をしなければ何も身につかなかった人間だ」と自らを語る工藤さんの言葉には、華やかな記録以上に、地道な努力を積み重ねてきた者だけが持つ「生きた体験」の重みがあります。
また、監督時代に選手から言われた「監督も変わりましたね」という言葉を、一番の喜びとして挙げられていたことも非常に印象的でした。他人を変えることを考える前に、まず自分が変わらなければならない。その覚悟を持って挑み続けた工藤さんの姿勢は、多忙な日々の中で「今のベストを尽くす」ことの本質を教えてくれました。
工藤さんはこの連載を通じて、「生きる力」とは何かを私たちに問いかけ続けてくれました。 「選手の育成と野菜作りには通じるものがある」という言葉通り、どちらも思うようにならないことがある一方で、一度決めたことを命がけでやり抜き、成長を実感できた時の喜びは何物にも代えがたいものです。
野球という勝負の世界の話でありながら、これは私たちの日常や仕事にもそのまま当てはまります。「強いチームが勝つのではなく、勝ったチームが強い」という鉄則や、失敗をどう解釈して学び続けるかという姿勢。特別なことではなく、日々の小さな準備と覚悟の積み重ねこそが、困難を乗り越える力になるのだと改めて教わりました。
ソフトバンクの監督を退いた際、真っ先に「娘(遥加さん)を勝たせてあげたい」と願ったエピソードには、一人の親としての深い愛情と、人への感謝が溢れていました。人生の転機(出会い)を逃さないためには、常に周囲への感謝の気持ちを忘れないこと。連載は幕を閉じましたが、工藤さんから受け取ったこの「心の糧」というバトンを、私はこれからの日々に繋げていきたいと思います。
昨日も綴りましたが、「ここから始まる」自分として、応援してくださる方や信頼して相談を寄せてくださる皆さまへの感謝を胸に、日々の小さなことに覚悟を持って積み重ねていく所存です。
今日の午前中は、5月の福祉教育委員会視察先に向けた質問事項を提出しました。午後からは福岡市内の2企業へご挨拶に伺いました。世界が戦争にならないようにと祈りを込めながら、引退時に購入した工藤監督のユニフォームマスコットを大切に傍らに置いて。
工藤さんの言葉は、これからも私の明日への一歩を支え続ける「生きる力」となります。
さあ、明日から始まります!

2026年4月23日㈭
待望の大野城市立みずほ中学校(学びの多様化学校)の開校式に、来賓として参列いたしました。まどかぴあから数分歩くと、電柱に掲げられた案内板が目に入ります。
普段は車で反対側を通り過ぎるだけでしたが、今日、一歩一歩踏みしめるように歩く道筋には、特別な想いがありました。
西鉄高架下の通り。そこには、かつて私が結婚したころ住んでいた家が見えました。 実はこの場所は、私にとって40年近くもの間、できるだけ避けて通りたい、決して良い思い出ばかりではない地でした。しかし今日、かつての「みずほ集会室」の跡地に堂々とそびえ立つ新校舎を前にして、不思議と心が穏やかになるのを感じました。
前伊藤教育長が仰っていた「学校らしく見えない学校にしたい」という願い。それが、周囲への細やかな配慮と温もりを感じさせる設計として、見事に形になっていました。
式典では、堤かなめ市長からみずほ中学校の「3つの特色」が紹介されました。
1. ゆとりのある教育課程: 登校時間の設定など、生徒のペースを尊重した内容。
2. 体験と探検の重視: 従来の枠にとらわれない、探求心を引き出す学習活動。
3. 万全のサポート体制: スクールソーシャルワーカーの配置など、誰もが安心して過ごせる環境。
福岡県で4校目となる不登校支援の拠点校としての開校は、県教育委員会からも「大きな一歩」と称されました。制服・私服の選択、自由な通学方法、そして1学年10人程度という少人数制など、一人ひとりに寄り添う姿勢が随所に示されています。
式典後、校内を見学してさらに感銘を受けました。開校式の会場設営は、今回入学・転入学する生徒たちが「チャレンジタイム」で自ら作り上げたものだったのです。一つひとつの掲示や空間に、生徒たちの「ここからはじまる」という想いが込められていました。
和室の個別学習スペースや、多様な組み合わせができる扇形のデスク、そして廊下に置かれたソファ。そこは、誰もが「自分の居場所」だと思える優しい空間でした。職員室もまた、白と木目調の明るい雰囲気で、新しい時代の学び舎を感じさせました。
かつてこの街に住んでいた私が、43年という時を経て、今再びこの地に立っている。 それは私にとっても、過去の複雑な想いを乗り越え、新しい一歩を踏み出す「別の意味」での再始動のように感じられました。
「私も、この子たちと同じ。ここから始まったのだよね」
生徒たちが「チャレンジタイム」で会場を作ったように、私もまた、この場所から新しい自分を始めていきたい。平井議長も仰っていたように、市議会としても、生徒たちが笑顔あふれる学校生活を送れるよう全力で応援してまいります。
「新しい決意をすれば、新しい自分になれる」。
この言葉を胸に、希望に満ちたみずほ中学校の門出を、心からお祝い申し上げます。

2026年4月22日㈬
今日は、分刻みで予定が詰まった「こまごまとした一日」でした。しかし、その一つひとつの出来事を丁寧に紐解いてみると、そこには市政のヒントや、政治が進むべき原点が凝縮されていることに気づかされます。
朝7時45分から約20分間、いつもの場所で交通見守りに立ちました。そこで、ある少年の変化に目を見張りました。3月までは、どちらかといえば登校時間の最後の方に、ゆっくり歩いてくる姿が印象的だった子です。それが新年度になり、6年生になった今朝、誰よりも早く、そして「おはようございます!」と、今日一番元気な声で挨拶をしてくれたのです。「最高学年になったんだ」という自覚が、これほどまでに行動を変え、人を輝かせるのかと子どもの素直な姿に嬉しくなりました。私たち大人も、置かれた立場への自覚を新たにすれば、もっと変えていける、そんな勇気をもらった朝でした。
今日は2か月に一度の通院日でもありました。待合室に入った瞬間、看護師さんの雰囲気がいつもと違うことに、ふと「違和感」を覚えました。それは装いでした。これまでの白衣ではなく、「メディカル・ビズ」とも言うべき、親しみやすい私服姿で患者を迎えていたのです。「白衣」という壁をなくすことで、患者の緊張を解き、心を開いてもらう。こうした微細な工夫を察知する感性は、なかなかのアイデアだと思いました。
診察では、2月の健康診断の結果についても詳しくお話を伺いました。少々コレステロールが高めでしたが、「体重管理もできており、メタボの心配もないので、この程度は気にしなくていいですよ」との診断。午後一番の静かな診察室で、久しぶりに先生とじっくり対話できました。「健康管理も大切な仕事のうち」。私は万全の態勢で皆様の声に応え続ける責任を果たすため、還暦過ぎてから自分の体と向き合う時間も取るようにしています。
通院の帰り道、定期購読している月刊誌を受け取りに、春日モールの積文館へ立ち寄りました。そこで私の足を止めたのは、期間限定でコラボ展示されていた「革製品」の数々でした。 カード入れや眼鏡ケース、ペン立て……。その一つひとつに、「特許を申請すべきではないか」と思うほどの驚くべきアイデアと、職人のこだわりが詰め込まれていました。店主(夫妻)の方から説明を伺ううちに、気づけば40分があっという間に過ぎていました。良いものに触れた満足感とともに、心地よい刺激をいただいたひとときでした。
夕方からは、ある方との大切な面会がありました。そこで、今日一番の嬉しいお話を伺うことができました。昨年から公明新聞を購読してくださっているのですが、「記事の内容が仕事の参考になる。もっと早く読んでいればよかった」と、なんと記事の切り抜きまで用意して、熱心に感想を語ってくださったのです。 公明新聞は、単なる事業紹介にとどまらず、幅広いジャンルを通じて「人生の指針」が見える媒体です。話題は、日曜版のクロスワードパズルのエピソードへ。その方のお母様が毎週このパズルに挑戦されており、分からないところがあると娘さん(その方)に尋ね、一緒に考えられるのだそうです。公明新聞が、母娘の対話のきっかけになっているということを聞き、私は心の底から「おすすめして本当に良かった」と思いました。

2026年4月21日㈫
本日は、私にとって特別な日です。午前中は自宅で、リモートによるSNSの個人レッスンを受けていました。先週、神奈川で学んだ動画撮影のスキルを自分のものにするため、今の時代のツールを必死に勉強しています。この年齢で最先端を学ぶのは驚きもありますが、新しいことが「できる」ようになる充実感は何物にも代えがたいものです。
4月21日、今日は長女の誕生日です。予定日より3週間も早く生まれてきた彼女が、今では二児の母になろうとしています。命というバトンが次世代へと繋がっていく不思議な巡り合わせに、深い感慨を覚えずにはいられません。
我が家には、どんなに忙しくても譲れない「恒例行事」があります。それは、家族一人ひとりの誕生日を丁寧にお祝いすることです。子どもたちが共に4月生まれであっても、決して「まとめて」祝うことはしませんでした。主役のためにケーキを用意し、ろうそくに火を灯し、家族全員で「ハッピーバースデー」を歌う。それは、「生まれてきてくれてありがとう」「私を親にしてくれてありがとう」という、あの日感じた震えるような喜びを、形にして伝える大切な時間だからです。
しかし、議員として現場を歩く中で、切実な声も耳にします。長引く物価高騰は家庭の家計を圧迫し、日々の生活から余裕を奪っています。「子どもの誕生日くらいは豪華にしてあげたいけれど、今の状況では難しい……」そんな風に、子どもの笑顔を願う親心が、経済的な理由で押しつぶされそうになっている現実があります。
私は、「誕生日を祝う」という行為は単なる贅沢ではなく、子どもの自己肯定感を育み、家族の絆を確認し合うための、いわば「心のインフラ」であると考えています。かつて、一人っ子で祝う習慣がなかった私の夫も、家族で寄り添う温かさを肌で感じることで、その喜びを知りました。そして今、遠く離れた娘の家族も、この温かな習慣を次世代へと受け継いでくれています。
すべての子どもたちが、家庭環境や経済状況に関わらず、「自分は大切にされている」と実感できる社会をつくること。そして、親が「生まれてきてくれてありがとう」という真っ直ぐな愛情を、不安なく子どもに注げる環境を整えること。それこそが、政治に携わる私たちが果たすべき、最も重要な使命です。
子育て・教育環境の整備は、単なる数値目標ではありません。それは、一つひとつの家族の絆を守り、愛情を育む土壌を作ることです。
物価高という厳しい中でも、どの家庭のテーブルにも温かな「ハッピーバースデー」の歌声が響くように。私は子どもたちの未来と家族の笑顔を守り抜きたいのです。

2026年4月20日㈪
不在の間、楽しみにしていた西日本新聞の聞き書きシリーズ「生きる力をつける」を、今日は一気に読み耽りました。福岡ソフトバンクホークスの黄金時代を築いた元監督、工藤公康氏が語る言葉の数々。読み進める中で、3期目のラスト一年を全力で駆け抜けようと決意している今の私に、熱い勇気と、進むべき指針を与えてくれました。
特に心に響いたのは、嘉弥真新也選手の変革のエピソードです。不調に苦しみながらも自分のフォームを根本から変える勇気を持った彼が、後に1億円プレーヤーへと成長した姿を、工藤監督は「立派」と称えています。
監督は説きます。「自分には能力がない」と諦めてはいけない。「やればできる、俺にしかできないんだ」という強い意志を持って取り組むこと。何よりも大切なのは、本人の「想い」や信念であり、「どうなりたいのか、どんな人生を送りたいのか」というビジョンこそが、人生を大きく変える原動力になるのだと。
嘉弥真選手の姿を通じて、監督自身も「教えられた」と語るその謙虚な姿勢に、人間的な魅力を感じずにはいられません。
また、甲斐拓也選手との「交換日記」のお話も非常に深いものでした。監督が求めていたのは、単なる報告ではなく、選手の「本音」や「プレーの意図」でした。
たとえ結果が失敗であっても、その裏にある思考のプロセスを共有すること。監督自らが成長を促す「相手」となり、勝つ確率を高めるための思考を身につけさせようとしたその指導は、深い愛情に満ちています。「自分の言葉で考えを語れるようになること」こそが、年齢に関係なく人を成長させる鍵であるという教えは、対話を重んじる政治の現場に身を置く私にとっても、重く大切な教訓です。
柳田悠岐選手(ギータ)に贈られた言葉も強烈でした。「いつか辞める日が来る」と口にした柳田選手に対し、監督は「そう思う前に、今を大切にしっかり練習をやっておこうよ」と、「今、この瞬間」に全力を注ぐことの尊さを伝えました。
プロ野球選手を「個人事業主」と捉える工藤監督の視点は、非常にシビアでありながら本質的です。対価をいただく以上、自分のやるべきこと全てに責任を伴う。その「プロの覚悟」が定まった時に放たれる一打が、ファンを魅了し、チームを強くするのです。
ホークスの強さは、こうした「個」の能力を最大限に引き出し、互いに自立した個人が相乗効果を生むことで築かれてきました。
私も今、議員として3期目の締めくくりの一年を迎えています。行政の仕組みや議員活動を、もっと分かりやすく、もっと身近に感じていただけるように、一年前からパソコン教室に通い、SNSの活用も学び始めました。工藤監督が言葉による意思疎通を大切にしたように、私も自分の言葉で、丁寧に、一人でも多くの方へ想いを届けていきたいと考えています。
「生きる力を身につける」こと。それは、どんな状況でも自分の足で立ち、未来を切り拓く力です。
この強い意志を胸に、応援してくださる皆様への感謝を形にできるよう、市民のために最後まで全力でゴールを目指してまいります。
