2026年1月31日㈯。
1月は、まさに「行く」という言葉通り、あっという間に一ヶ月が過ぎ去ろうとしています。思わぬ衆議院の解散により、公示から投票日までが極めて短く、まさに「超短期決戦」を実感する毎日です。
この数日間、私の元には知人や地域の皆様から、これまでにないほど多くの切実な質問や苦情、そして戸惑いの声が寄せられました。
• 「そもそも、なぜこの時期に解散になったの?」
• 「公明党はなくなってしまったの?」
• 「期日前投票は始まっているのに、なぜ投票用紙がまだ届かないの?」
• 「誰に投票していいのか、判断材料が少なすぎる」
特に、年度末の多忙な時期に重なった教職員の方々や、初めての選挙に期待を寄せていた高校生からの「大人社会の都合に興ざめした」という厳しい言葉は、私自身の胸にも深く突き刺さりました。
皆様から寄せられた「なぜ今なのか」という疑問に対し、街頭でも重要な議論が巻き起こっています。野党側は今回の解散権の行使について「改選の大義がない」と厳しく指摘し、そのあり方を問う訴えをされています。
現在はネット選挙の時代とも言われますが、やはり多くの有権者は候補者の人となりを直接見聞きし、納得した上で一票を投じたいと願っておられます。しかし、今回のような超短期の選挙日程は、主権者である国民が十分に考え、選択するための日数が確保されているとは言い難いのが現実です。
私は、こうしたお問い合わせに対し、現在の状況を整理してお伝えするとともに、「皆様の大切な権利を、混乱の中で諦めてほしくない」という一心で、一つひとつの疑問に真摯に向き合っています。
投票用紙が届く前であっても期日前投票が可能であるという実務的なアドバイスや、限られた情報のなかでどのように候補者の公約を見極めるべきか。議員という立場を活かし、皆様が納得して投票所に足を運べるよう、情報を調べて、対話で説明しました。
選挙は、私たちの未来を決める大切な機会です。スケジュールの短さや政治の混乱を理由に、皆様の意思が置き去りにされることがあってはなりません。
今後も、皆様が抱く「政治への素朴な疑問や不満」をしっかりと受け止め、選挙後は国や行政へ届ける架け橋としての役割を果たしてまいります。ぜひ、皆様の率直な思いをこれからもお聞かせください。
写真ー大小の花がしっかりと根を張り、今を精一杯イキイキと咲いています。大きな花と小さな花は、どの花も比べることなく自分の役割を果たしているようです。政治の役割も同じではないでしょうか。一人ひとりの声や想いが重なり合い、その積み重ねが力となっていくのではないでしょうか。これからも私は、市民の皆さまの声に耳を傾けながら、それぞれの立場や想いが大切にされる市政を、丁寧に進めてまいります。

2026年1月30日(金)
本日は大野城市から福岡市内にかけて、「現場の声を聴き、政策へつなげる」ことを信条に、各地を精力的に歩きました。
午前11時ごろ、大野城市役所の選挙管理委員会を訪ねました。これは、ある市民の方から寄せられた「代理投票」に関するご相談に直接お応えするためです。高齢化に伴う記憶力の不安を抱えながらも、「大切な一票を無駄にしたくない」という有権者の強い意志に触れ、誰もが一票を投じる・政治に参加できる環境を整えることを選挙の度に痛感しています。
午後は、3か月前から予約していた歯科医院での定期検診へ向かいました。公示後という多忙な時期ではありますが、定期的に接する先生からお話を伺える絶好の対話の機会と捉え、あえて予定通りに訪問しました。
診療の間、先生やスタッフの方々と選挙情報の変化について意見を交わしました。最近ではYouTubeなどの動画サイトを通じて熱心に情報を集める有権者が増えているという実感を伺い、デジタル時代の政治がどうあるべきか、医療現場の視点から貴重な示唆をいただきました。
その後、早良区から博多区へと移動し、16時には以前からお約束していた企業を訪問しました。会長、社長、そして次代を担うご子息という三代の皆様と直接言葉を交わす中で、「事業を継続し、雇用を守り続ける」という覚悟と、活気ある企業の社員の姿に大きな励みをいただきました。地域経済の底支えこそが、街の活力の源泉であります。
一日の締めくくりには、昨年開園した大野城市内の保育園に立ち寄りました。遅くまで灯りがついているのを目にし、現場の状況を伺いたいと急遽訪問した次第です。そこでは、待機児童対策や備品補助に関する課題を直接伺うことができました。現場が直面している「制度の隙間」を正確に把握し、調査してみようと思いました。
さいごに、今朝の西日本新聞に掲載された「小中高生の自殺が過去最多の532人」という記事に、激しい胸の痛みを感じました。私は議員になって以来、身近な方を自死で亡くした経験を原動力に、一般質問で自殺対策を強く訴え続けてきました。その結果、行政と共に作り上げたのが「大野城市いのちを支える自殺対策計画」です。
数字の背後にある一つひとつの叫びを決して見逃さない。今日一日、様々な場所でいただいたご意見を糧に、「誰もが生きる喜びを実感できる地域」を目指し、これからも行動し続けます。
(写真は、本日お世話になった早良区の歯科医院にて自撮りしました)

2026年1月29日(木)
衆議院選挙の公示期間中ということもあり、日々の活動のなかで多くの方々と対話を重ねる時間を大切にしています。今日は電話を通じて、懐かしい友人や地域の方々とじっくりとお話しすることができました。
ふと一息ついた時、教え子が贈ってくれた紅茶にレモンを浮かべてみました。 甘酸っぱい香りと温かさが、冷えた体にじんわりと染み渡ります。こうした真心あふれる贈り物や、変わらぬ友情に支えられ、元気をいただいている自分を改めて感じました。
私たちの世代は今、65歳。学生時代の親友たちの多くは、仕事の一線を退き、お孫さんの世話や親族の介護に日々を尽くしています。 同級生からは「みどりは現役(市議)で元気だねぇ!」と声をかけられますが、話題の中心はやはり、家族の健康や自分たちの体調のこと。 何気ない会話の端々には、今の日本のあり方や将来への不安がにじんでいます。
特に胸が痛んだのは、以前、月の浦でお世話になった友人からのメッセージでした。年末から介護疲れによる体調不良で伏せっていたとのこと。仕事を持ちながら在宅介護を続けることがいかに過酷であるか、その「疲れ」が痛いほど伝わってきました。
今、社会では「ヤングケアラー」だけでなく、働きながら介護を担う「ビジネスケアラー」の方々が、制度の隙間で「へとへと」になりながら孤立しています。こうした方々の心身の健康をどう守り、孤立させない仕組みをつくるか。 その必要性を、現場の切実な声から再確認しました。
また、今日お話しした皆さんに共通していたのは、止まらない「物価高」への嘆きでした。「なぜ、こんなに上がり続けるの?」という問いには、今の社会の厳しさが凝縮されています。
政治の役割は、こうした生活者の「困った」という声に、どこまでも真摯に向き合うこと。 厳しい寒さが続きますが、皆様から届いた切実な思いをしっかりと胸に刻み、 明日もまた、一人ひとりの声に耳を傾ける活動を続けてまいります,。

2026年1月28日(水)
今朝は、いつもの交通見守りから一日が始まりました。 歩道前に立っていると、小袋とトングを手にして登校する子どもの姿が目に留まりました。
私は、毎週月曜日に地元・月の浦の交差点で「辻立ち」をしている際にも、同じようにゴミを拾いながら歩く子たちの姿をよく見かけており、ずっと気になっていたのです。
少し後に来た6年生に思い切って尋ねてみると、「週に1回、自分で決めた曜日にゴミを拾いながら登校することになっている」と教えてくれました。 私が「水曜日に見守りをしていて、今日初めて(その姿を)見た気がするけれど」とさらに聞くと、「遊歩道はいつも綺麗でゴミがほとんどないので、そんなにしなくてもいいかなと思っているんです」という、素直で納得感のある答えが返ってきました。
この言葉に、私は深く感心いたしました。「決められたルールだから」と形だけで動くのではなく、「街の状況を自分の目で見て、今の美しさを実感し、その時々の状況を自分なりに考えて判断している」。確かに、遊歩道は定期的に委託先のシルバー人材センターの方が清掃しているので比較的きれいなのです。子どものその瑞々しい感覚に、私自身が教えられる思いがしました。
午前中は、大野城市の定例教育委員会を傍聴しました。 就任3か月を迎えられた教育長のもと、令和8年4月開校予定の「学びの多様化学校」の整備に関する条例改正など、重要な議案が審議されていました。普段はホームページの議事録で確認していますが、委員の方々の質問や、担当者の丁寧な説明を直接その場で聴くことで、より深く共感でき、静粛な空気感を感じ取ることができました。
午後は、「今後の学校給食のあり方に関する調査特別委員会」。 午前中の議論も踏まえ、私の中では目指すべき方向性が一つに定まりました。あえてその場での質問は控えましたが、「近隣市よりも、さらに生徒たちにとって理想に近い学校給食」を実現するため、個人的にもしっかりと調査を進めていこうと、新たに決意しました。
昼間、教え子が営むパンの移動販売に立ち寄りました。 凍えるような寒さの中、一生懸命に店頭に立つ彼女の姿。今月末でこの場所での販売を終えると聞き、胸がいたみました。「頑張れ」と心の中でエールを送るだけでなく、彼女らのような青年の挑戦を後押しするために自分に何ができるのか、真剣に考えていきたいと強く思いました。
そんな慌ただしい一日、数人の職員の方から「少しお疲れのようですよ」と声をかけていただきました。休日なく活動していた自覚はありましたが、周囲の優しい気遣いに甘え、今夜は少し早めに休ませていただくことにいたします。
帰宅して手に取ったのは、昨日から西日本新聞で始まった、福岡ソフトバンクホークス元監督・工藤公康氏の連載記事です。 そこには、「人は『思い』ではなく、相手を想う方の『想い』の中で生きている」という趣旨の言葉がありました。異なる生い立ちや考えを持つ人々の中で、どう影響を与え合い、生きていくか。それが「生きる力」であると。
振り返れば、私が公明党議員の道を歩むことになったのも、決して自らの意志だけではなく、多くの方々とのご縁や導きによるものでした。工藤氏が語る「人から与えられるだけの人生に思える時にも、実は大切で有意義なことがある」という言葉は、私のこれまでの歩みとも深く重なり、心に響きました。
一人の子供の真っ直ぐな言葉から、教え子の挑戦、そして賢者の知恵まで。 多くの「想い」に生かされている感謝を忘れず、明日からもまた、地域のために尽力してまいります。※写真:工藤監督時代の「81番」のユニフォームマスコットは、私の車のフロントに飾っています・・

2026年1月27日㈫
第51回衆議院議員総選挙が公示されました。
本日私は、「中道改革連合」の出陣式にスタッフとして参加いたしました。 公明党が26年間にわたり自民党と連立政権を担ってきた中で、私自身、元立憲民主党の議員の方のスピーチをこれほど間近で聴くのは初めての経験でした。出馬の決意と訴えは非常にメリハリがあり、新鮮な驚きとともに、大変好感の持てるものでした。
今回の選挙は「超短期決戦」と言われています。 テレビをつければ各党首の街頭演説が繰り返されていますが、これほど短い期間の中で、国民の皆さまがどのように情報を収集し、判断を下していくのか、その難しさを痛感しています。
特に、今この瞬間も懸命に机に向かっている受験生の皆さんにとっては、人生で一度きりの大切な時期と重なっています。政治の動向を追う余裕がない方も多いかもしれません。しかし、今行われる選択は、間違いなく次世代の未来に直結しています。
私は地方議員として活動していますが、同時に二人の子どもを育ててきた親でもあります。 親としての経験からも、今回の「超短期」という状況が、決して投票率の低下につながってほしくないと強く願っています。
情報が溢れる中ではありますが、できるだけ多くの方にそれぞれの方法で情報を集めていただき、納得のいく一票を投じていただきたい。それが、私たちの暮らす社会をより良くする第一歩だと信じています。
一票の重みを大切に。私も一人の国民として、そして地方議員として、この選挙の行方をしっかりと見守っていきたいと思っています。

2025年1月26日㈪
今朝は地元・月の浦交差点でのご挨拶から一日が始まりました。車庫を出る際の気温はマイナス1度。凛とした空気の中、のぼり旗のポールを準備しようとしたのですが、あまりの寒さに手がかじかんでしまい、セットするのに少し時間を要するほどでした。冬の厳しさを実感するスタートでしたが、明日からの衆院選の戦いを思うに、身の引き締まる思いで皆様をお迎えしました。
また本日は、レガネット西鉄牛頸店前にて街頭演説を行いました。明日公示される衆院選を前に、私たち公明党が「中道改革連合」として挑む新たな決断、そして何よりも「生活者ファースト」の理念を地域の方々へお伝えしました。私たち3,000人の地方議員は、常に立党精神を胸に、現場の切実な声を政治の場へ届けていく使命があります。新しい未来を切り拓くため、これからも全力で走り抜く決意です。
今日は、かつての教え子や保護者の方々との嬉しい再会もありました。懐かしい思い出話に花を咲かせるひとときは、何とも言えないほど、心に染み入るような、とても楽しい時間となりました。
厳しい寒さの中でも、人との絆が私の大きな力となっています。これからも、皆様の声を原動力に、誠実に活動を続けてまいります。
#中道政治 #生活者ファースト #公明党

2026年1月25日㈰
月の浦区「平成の会」の1月例会から一日が始まりました。
今回は班長代理として受付を務めさせていただきました。7班からは5名が出席。 ゲストは柳川市からお越しいただいた作業療法士の方です。ギターとハーモニカの演奏に乗せて、懐かしの「ふるさと」や70年代のニューミュージックを披露してくださいました。
心に染みるメロディに、私も思わず口ずさんでしまいました。特に印象的だったのは、作業療法士さんならではの「指を使った脳トレ」。楽しみながら健康を維持する工夫に、あっという間の1時間でした。
こうした「集いの場」こそが、フレイル(虚弱)予防の最前線です。孤立を防ぎ、みんなで笑い合える環境づくり。こうした地域のコミュニティ支援の重要性を肌で感じました。
例会後、今月お誕生日を迎えられた7班のYさん宅へ、お祝いの品を届けに伺いました。 ご本人にはお会いできませんでしたが、奥様と健康状態や、昨今の政治状況についてじっくりとお話しさせていただきました。
風のない穏やかな空の下、今日は「50人の方とお会いしたい」という目標を掲げて歩きました。世代を超えて対話を重ねる中で、現場の声を政策に反映させることの責任を果たしていきたいと思っています。
月の浦4丁目を歩いていたときのことです。偶然、知り合いの母娘さんとお会いしました。 大学生の娘さんからかけられた言葉に、胸が熱くなりました。
「暑いときも寒いときも、交差点に立っている姿に感動しています。すごいですね。」
若い世代にエールを送る立場の私が、逆にパワーをいただいてしまいました。 「誰かが必ず見ていてくれる」。 その信頼に応えるためにも、若い世代が希望を持てる社会を、議員こそ作っていかなければと決意を新たにしました。
そして今夜は、夫の70歳の誕生日。古希のお祝いです。 ケーキに7本のろうそくを立て、ささやかなお祝いをしました。 自分で火をつけようとする夫に、「今日はセルフじゃないよ!」と制止して(笑)、家族で感謝を伝えました。
さらに嬉しいことに、遠く神奈川で暮らす娘家族や孫からも、可愛いお祝い動画のメッセージが届きました。画面越しに弾ける笑顔と声に、疲れも吹き飛び、明日への大きな活力をいただきました。
支えてくれる家族、そして期待を寄せてくれる地域の皆さんのために。 今日という一日に感謝し、明日もまた「無心」に、情熱を持って挑戦してまいります!

2026年1月24日㈯
今朝、ある支援者の方から、お電話をいただきました。 「Aさん宅に『中道』のポスターを貼らせていただきたいので、その声掛けを私(私自身)にお願いしたい」というご相談です。どんなに小さなことでも、こうして頼りにしていただけることは、活動を続ける私にとって何よりの励みになります。
さっそく午後からAさん宅へご挨拶に伺いました。夕方、そこには立派に掲示されたポスターがありました。場所は、私がいつも「辻立ち」をしながら、下校途中の小中高生に「おかえりなさい!」と声をかけている三差路です。元気な子どもたちの姿に、私自身の心も弾みます。こうした地域の日常の風景を守ることこそが、私の使命だと再確認しました。
今日の公明新聞『北斗七星』に、作家・佐藤優氏の言葉を引用した一節がありました。「公明党は常に『大衆にとっての最善』を考えて行動してきたのであり、その一点について全くブレがない」――。今回の新党「中道」の結成も、この「大衆とともに」という一点から発しています。
私たちの掲げる「中道」とは、決して曖昧な立ち位置ではありません。それは、「生活者ファースト」という確かなスローガンのもと、庶民の暮らしにピントを合わせた政策を貫くことです。特に今、私たちが総力を挙げているのは、「食料品の消費税を恒久的にゼロ」にすることです。政府系ファンドの運用益などを財源とし、物価高に苦しむ皆さんの家計を直接支える。これこそが、今求められている「中道」の姿だと確信しています。
私自身、年末年始の買い出しで物価高騰を肌で感じました。家族のための食材を揃える際、その価格の高さに驚き、最近では私自身の食事を「1日1回はしっかり、あとの2回は適当に」と済ませることも増えました。年収300万円台の方々や、年金生活を送る皆さんの苦労は、決して他人事ではありません。
訪問した65歳以上の方々からは、切実な声が寄せられました。 「年金から介護保険が引かれ、満額もらえるわけではない。その上、この物価高で生活は冷え冷えとしている」 「選挙どころではない。投票に行くかどうかもわからない」
こうした悲観的な声、政治への諦めを感じるたびに、胸が締め付けられる思いがします。 経済指標や国際情勢を語ることも大切ですが、その先に「人間の顔」は見えているでしょうか。人間の幸せのための国家であり、経済であるべきです。
今回の衆議院解散に対し、我が党の斎藤共同代表は「解散の大義はない」と断じました。国民の生活がこれほどまでに厳しい中で、政治空白を作ることは許されません。庶民の感覚を無視した今回の選挙だからこそ、私たちは「断じて勝つ」という強い決意で挑みます。
「どうせ変わらない」と諦めないでください。あなたの「生活が苦しい」「将来が不安だ」というその実感こそが、政治を動かす最も強い力になります。
私たちは、皆さんの暮らしに寄り添い、温かな希望を届けられる政治を取り戻すために走り続けます。どうか、あなたの声を、あなたの一票を、未来を変えるために託してください。
あなたの一票、そして、あなたの身近な人の一票、その積み重ねで、人間の顔が見える政治を創っていきましょう。

2026年1月23日㈮
公明党は新たな出発の日を迎えました。本日、竹谷とし子参議院議員が公明党の新代表として承認されたという、大変心強く嬉しいニュースが公明新聞で届きました。
斉藤鉄夫前代表が「温かい心と鋭い知性を備えたリーダー」と紹介された通り、竹谷新代表の誕生に、私自身も胸が熱くなる思いです。今回の代表交代は、単なるリーダーの交代ではなく、日本政治が直面する課題に対して、より緻密で、より温かな解決策を提示していくための新たな一歩であると確信しています。
私が竹谷新代表に寄せる期待と、これからの決意を大きく3つの視点でまとめました。
1. 「プロの目」による行財政改革の断行
竹谷新代表は、公認会計士として一貫して「財政の見える化」に取り組んでこられました。国民の皆さまの大切な血税を一円たりとも無駄にしないという厳しいプロの視点こそ、今の日本に最も必要とされる「納得感のある行財政改革」をリードする力になります。
2. 多様性を尊重する「温かな政治」の体現
公明党初の女性代表として、多様性を尊重する社会(DEI)の推進にも大きな期待が集まっています。これまでも「食品ロス削減推進法」の制定や「生理の貧困」対策など、生活者目線の実績を積み重ねてこられました。性別や立場を問わず、一人の人間に寄り添う「温かな政治」を、女性リーダーの先駆けとしてさらに広げてくださるはずです。
3. 「現場の小さな声」を形にする実行力
竹谷新代表の強みは、現場の声を政策へと昇華させる圧倒的な実行力にあります。私は、この「一人を大切に」する立党の精神を胸に、子育て支援や教育の充実、全世代が安心して暮らせる社会保障の構築に、新代表と共に取り組んでいく決意です。
本日、衆議院が解散されました。 いよいよ総選挙です。私たちの暮らし、そして日本の未来を左右する大切な選挙が始まります。
公示日は1月27日、投開票日は2月8日です。テレビで視聴した後、私は大野城市内でのご挨拶回りに走りました。
今日、特に印象深かったのは、これまでほとんど会話を交わしたことがなかった方々との出会いです。中心者の方が不在だったことが、かえって新しい対話のきっかけとなりました。
「中道」の政治とはどのような意義があるのか,「中道」は具体的にどのような政策を打ち出しているのか、私自身が大野城市議会議員としてどのような実績を積んできたのか。
これらについてお話しする中で、皆さまが「今の政治に対する正直な思い」を語ってくださいました。この生の声に触れることこそが、対面対話の醍醐味であり、政治の原点であることを強く実感しました。
現場の「小さな声」を拾い上げ、形にする。それこそが今の日本を前へ進める力になります。竹谷新代表と共に、子どもたちが希望を持てる未来を切り拓くため、私も現場の第一線で皆さまのために、日本に新しい政治を生み出すために全力で奔走します。
#公明党 #竹谷とし子 #新代表 #現場第一主義

2026年1月22日㈭
若草3丁目交差点に立った朝のご挨拶、車の外気温計は1℃を示していました。防寒着を突き抜けるような強い風の中での朝の辻立ちでしたが、私の心は不思議と寒さを忘れていました。「風邪ひかないようにね」と声をかけてくださる通行人の方。わざわざ車の窓を開けて「頑張って!」と手を振ってくださるドライバーの方。その一言一言に、思わず目頭が熱くなりました。活動後、駐車場をお借りした店舗で購入した一杯のコーヒーが、冷え切った身体の芯まで染み渡り、店員さんの「寒かったでしょう」という言葉に、地域の皆様の優しさを改めて噛み締めた朝でした。
見守り活動を終え、体調が万全ではない中「どうしても姉に会いたい」と同行してくれた妹と共に、新幹線で兵庫県姫路市へ向かいました。先日、緊急入院した姉を見舞うためです。
3年前に福岡を離れ、長男である甥のもとへ転出した姉。私と妹にとって、子育てを終えてからよりいっそう絆が深まった、かけがえのない姉の一人です。私の子どもたちをいくつになっても「子ども扱い」して可愛がり、孫ができれば「私が第2のおばあちゃんよ」と周囲を笑わせてくれた、明るい姉。
30分という限られた面会時間。再会した姉は、以前より少し年を重ねたように見えましたが、彼女が口にした言葉は、自分自身のことではなく、支えてくれる息子(甥)への感謝と申し訳なさでした。
「息子が思った以上に親孝行で、本当に幸せ。それだけに申し訳なくて……。あの子のことを頼むね」 涙ながらに私の手を握り、訴えかけるような姉の声が今も耳に残っています。
たしかに姉の人生の後半は、病との闘いでもありました。福岡と姫路、離れて暮らす中で頻繁な入退院を支え、3年前に「姫路に連れて行く」と決断した甥。彼の献身的な姿は、親族の目から見ても本当に立派で、尊いものです。
現在、衆議院選挙という政治の世界が激しく動く時期ではありますが、私は迷わず姉のもとへ向かいました。一人の人間として、家族の危機に駆けつける。その「当たり前の感情」を大切にできない者に、血の通った政治はできないと信じているからです。
姉と甥の姿を見て、痛感したことがあります。 家族を想う個人の「優しさ」や「親孝行」だけにすべてを背負わせ、彼らを孤独にしてはいけないということです。介護や看病を担う家族が、将来に不安を感じるのではなく、「家族を大切にしてよかった」と希望を持てる社会。その想いが燃え尽きてしまわないよう、制度として温かく支えていく仕組みが不可欠です。
姉の手の温もり、妹の想い、そして今朝の交差点でいただいた地域の皆様の温もり。 この「人の体温」を忘れることなく、私はこれからも、一人ひとりの人生に寄り添い、誰もが希望を持てる地域社会を、泥臭く、誠実に積み上げてまいります。同行した妹も病気治療中。「姉ちゃん、姫路まで来たから姫路城を観たいよ」と。白鷺上と呼ばれ、戦火を免れてきたことから「不戦の城」ともよばれています。日本で初めて世界文化遺産登録された名白城を前に、姉・妹の生命の蘇生を願ってご祈念しました。
