本日8月15日広報おうめに、昭和20年2月25日東青梅駅にて空襲を受けて亡くなった牧野寿枝さん(現奥多摩町)の同級生だった本橋文子さん(青梅駅前の偕楽のお母様)の体験が載っています。勤労動員で工場への通勤途中に東青梅駅から河辺駅に向かう車内で、機銃掃射を受け、出血多量のため、輸血に駆けつけた橋本さんら同級生の前で亡くなったとのことです。私も一般質問にて、東青梅駅改修の際には空襲の記憶の銘板を作り設置してはと求めています。戦争75年がたち、戦争体験を話せる人が減り、惨禍が過去のことになってしまわないよう、今後も平和学習や、体験の保存を求めてまいります。
