8月15日、66回目の終戦記念日となったこの日は茨城県阿見町にある予科練平和記念館を訪問してきました。
予科練とは、海軍が熟練した航空機搭乗員の養成をするため、14~17歳の少年達を選抜・訓練した海軍飛行予科練習学校。
昭和14年に横須賀から海軍飛行予科練習部が霞ヶ浦に移転され、土浦海軍航空隊としてスタートしました。
全国から少年達を募り、試験で選抜。終戦までの15年間で約24万人が入隊し、うち約2万4千人が戦地へ。
なかには特別攻撃隊として出撃したものも多く、戦死者は1万9千人にのぼりました。
阿見町では、忌わしい戦争のために
将来ある青年達が、犠牲になった歴史
を残そうと昭和41年に予科練二人象が
建立、43年には予科練記念館(雄翔館)
を設置。その後、戦争の歴史を風化さ
せず、平和の尊さ、戦争の悲惨さを次
世代に伝え残す事を目的に
昨年2月2日、将来に向けて恒久平和を
発信していく予科練平和記念館を建設
しました。
展示品は特攻隊として出撃していく少年の遺書、貴重映像、予科練の写真等多数あり、
当時の生活や少年達の心の葛藤などがストレートに伝わってきて、胸が一杯になりました。
写真からは予科練の生活が、規律厳正だが友人と学びあい、助け合う寄宿生活から、
大きく成長している様子が伝わってきました。
また、少年達の父母への手紙や特攻隊として出撃前に書いた遺書からは、
懐かしき故郷への思い、父母へのご恩や兄弟姉妹への愛情などが溢れ、
涙が込み上げてきました。
見学を終え、平和記念館から出ると、青空が広がり、太陽がギラギラと照り付けていて、
66年前もこのような天気だったのかなと思いました。
二度と戦争を起こさない、断じて平和な時代を創る。改めて深く決意しました。
見学を終えて、予科練二人象、雄翔館に足を
運び驚いたのは、二人象や雄翔館があるの
は陸上自衛隊の駐屯地内武器学校で、
現役で使用している戦車が雄翔館のすぐ側
に置かれてあったことです。
自衛隊の武器学校の機能があるので、
仕方ない部分があると思いますが、
「平和記念館」の横に「戦車」「武器学校」
・・・少し複雑な思いになりました。
理想と現実をしっかり直視し、
平和建設へ向け、今までより一歩前進させる力。
その力が今政治に求められている実現力ではないかと感じました。
8月14日、66回目となる終戦記念日を明日に控え、本日午前中から
地域内5箇所で街頭演説を行いました。
「暑い中、ご苦労様」「身体に気をつけて。無理しないで。」と大勢の皆様に
声をかけて頂き本当に感謝です。ありがとうございました。
先の大戦では310万人もの尊い命が奪われ、人類破滅の兵器といわれる
核爆弾が広島、長崎に投下されました。
戦後、「奇跡の復興」を遂げた日本-この間、GDPも世界第2位となり、先進諸国に仲間入り。
国際社会でも大きな役割を担うべきではありますが、
バブル経済の崩壊や経済のグローバル化、円高、リーマンショックなど
日本の復興を支えてきた経済成長が急速に鈍化し、
雇用や所得、社会保障などを含め、国民生活に大きな影をもたらしています。
そこに発生した東日本大震災 - 戦後一貫して、二度と被爆者を出さないと世界に
発信し続けてきた日本ですが、今回の福島原発事故で再び被爆者を出してしまいました。
そうした意味では今年から、「戦後復興」という意味の他に
「震災復興」という新しい定義が追加されたと強く感じます。
ところが遅々として進まない復興対策。これは政治が大きな原因。
被災地現場を、被災者ニーズをスピーディーに取り込めない体制 -
庶民の声が届かない政治は国民にとって不幸であり、大変危険だと感じます。
私は日本が戦争に突入していったのも、中央集権国家体制下、一部の為政者が、
庶民の生活現場や暮らしを全く省みず、開戦を決めたことが大きな原因だったと考えています。
生活現場から掛け離れた政治、庶民の声が届かない政治には、
復興はおろか、更に悪しき道を辿りかねない恐ろしさがあるのです。
庶民の声を政治に反映する役割 - それを担うのが地方議員の役割だと
わたしは思っています。
「地域で出来る事は地域で」、「どうしても地域だけでは出来ない事は国と連携して」、
地域の住民ニーズを政治に反映していくなかで、震災後の真の復興があると感じています。
これからも地域の中で、平和で安心して暮らせる日本を創るために
全力で働いてまいります。
明日の終戦記念日、茨城県阿見町にある予科練平和記念館に行ってきます。
東京大空襲で10万人を超える方が亡くなりました。
特に墨田・江東・台東地域は被害が酷く、大勢の方が亡くなりました。
亡くなられた方への追善供養とその記録と留める為に、墨田区には都立横網町公園の中に
慰霊堂と関東大震災と東京大空襲の記録を保管した復興記念館があります。
私達、区議会公明党は、世界に広く平和を発信するために、
現在の都立横網町公園を都立平和記念公園とし、復興記念館を平和記念館として更に拡充する事を
提案しています。
予科練平和記念館は、戦時中は将来ある青年たちを戦争へ向かわせるための訓練基地でした。
そこが今、平和記念館として平和発信拠点になっている事は大変深い意味があると思っています。
「平和を創設する公明党」として、平和発信についてもしっかり研鑽してきます。
1945年8月9日午前11時2分、長崎に原爆が投下されてから今年で66年が経ちました。
昨年だけでお亡くなりになった被爆者は約3000人を超え、原爆投下後、約15万人の尊い命が
原爆の犠牲になっています。
お亡くなりになられた方々のご冥福を心からお祈りするとともに、平和・核廃絶の決意を一層
決意しました。
今年の長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典には、原爆を投下した当事者国であるアメリカの代表も
参加し、参加国は44カ国と過去最多になったとのこと。
平和・核廃絶の潮流が更に拡がることを心から願うものです。
今年の平和式典では東日本大震災による福島第1原子力発電の事故を踏まえ、
国民一人一人も「被ばく」を66年前のことではなく、もっと身近に感じた式典になったのではないかと思います。
田上長崎市長は挨拶の中で、「ノーモア・ヒバクシャ」との表現を使い、
福島県の原発事故による被ばく被害を踏まえ、
原子爆弾だけでなく、原子力発電に頼らないエネルギー政策について言及、
再生可能エネルギーへのシフトを強く訴えました。
電力供給といった平和利用であれ、人類に大きなリスクをもたらす原子力。
今年の「原爆の日」は原子爆弾だけでなく、原子力発電など「原子力エネルギー」に対する国や人類が
どう進むべきか問われる式典であり、特別なものになったと感じています。
元々、江戸の文化や伝統、昭和を感じさせる街並み・風情がある街でしたが、ドラマ「新参者」で一躍全国区に。
来年、劇場版「新参者」が公開されることでまた注目されることだと思います。
歩いていて感じたことは、地元の生活空間を企業集積によるオフィスが邪魔をしていないということであります。
オフィスが集積すると、スーパーや商店街などが徐々に撤退し、
その地域を生活空間としている方々にとっては、住みづらくなっる場合があると思います。
しかし、この街は職・住が近接しながら、非常に素晴らしいバランスをとっているなと感じました。
また車道には広い範囲で遮熱性塗料が塗られ、アスファルト面からの「ムッ」とする反射熱は感じませんでした。
墨田区でも公明党の提案で、ヒートアイランド対策としてスクールゾーンや通学路などの塗装に活用していますが、塗装範囲も狭く、最近では塗装もはがれがちです。
実施する以上は施策実行の効果が上がるよう、実施すべきと考えます。
こうした点もしっかり検証し、区政に繋げていく必要を感じました。
7月30日、米沢市の上杉鷹山公を冠したまちづくり・人づくりを視察。
墨田区では葛飾北斎の生誕地であり、多数の北斎コレクションを所有していることから、
スカイツリーの開業に合わせて、区内観光の一つの目玉としてすみだ北斎美術館の建設を予定しています。
しかし、建設については現在も区民・地域住民への理解など、様々な課題も有しています。
昨年、区民文教委員会で坂本龍馬の故郷・高知県を訪れた際、地元には県営と市営の
坂本龍馬記念館があり、どちらも大勢の市民と観光客で賑わっていました。
そこに住む方が誇りに思う、だから県営、市営、両方の記念館があっても苦情どころか、
様々な観光ボランティアとしてお手伝いいただくなどの支援ができるのかと感じました。
墨田区は葛飾北斎や勝海舟の誕生の地ですが、米沢の上杉鷹山や高知の龍馬のように、
地域に愛され、その地域のまちづくりや人づくりに活かせていないことが大きな課題だと私達は思っています。
そうした課題に取り組むうえで、市立の博物館を保有し、観光だけでなく、教育においても
鷹山公の思想や考え方を取り組むなど、地域づくり、ひとづくりを進める上で
どのように市民への定着化を図ってきたのか、また観光街づくりとの観点から駅などの玄関口から
市内街歩き観光の動線をどのように造形しているのかについて視察してきました。
博物館運営や観光街づくりについては、事前に博物館運営や観光施策などに関して、30問を超える質問を出していましたので、何点かご紹介することで報告に変えます。
Q1.博物館などで鷹山公の企画展等を実施する時、市の観光振興策として何らかの催しを開催したりしていますか?その際、行政以外の機関で(例えば商店街連合会や商工組合など)何らかのアクションはありますか?
A1.博物館企画と市の観光イベントの連携はしないが、誘客宣伝については博物館の割引など常に連携している。
Q2.子どもや外国人、高齢者等、全ての世代に鷹山公を大きくアピールする上で、「親しみやすさ」という点で何か工夫されている事はありますか?
A2.鷹山公250年祭を記念して、キャラクター「ようざんくん」を作成。また市内全小中学校には肖像画を掲げている。
Q3.観光まちづくりの中で、鷹山公の名を冠した道路・商店街などありますか?
A3.特になし
Q4.地域観光案内人として、鷹山公に詳しい観光ボランティアの活用があれば教えてください。
A4.上杉神社付近の観光案内に無料観光ボランティア「おしょうしなガイド」を配置。また観光客の要望に応じて市内観光の有料ガイドも実施している。
Q5.上杉博物館の管理費、年間来館者数と学芸員を含む職員体制を教えてください。また定期的に行っている企画などありますか?
A5.指定管理者を活用し、年間1億3800万円。来館者数は最近5年間の平均来館者数は大河ドラマの影響もあり、約15万8千人。それを除けば平均年間6万8千人。職員は28人(うち4人が学芸員、11人が非常勤)。年6回の展覧会を実施。またそれ以外に教育普及事業も実施。
鷹山公を冠した観光まちづくりや人づくりについて、街を見たり、Q&Aで回答をいただきましたが、「市民に定着化を図る」施策というより、鷹山公を「宣揚して当たり前であり、どう観光客にそれを伝えるか」の施策が大事という空気が伝わってきました。
博物館などの文化施設(米沢市は教育委員会施設)は、そうした地域風土の醸成が極めて大事だと改めて感じました。
7月29日、山形市の総合学習センターを視察。
総合学習センターは、区議会公明党としても「すみだ公明ヴィジョン2011」に実現を掲げた大事な施策。袖ヶ浦市、金沢市に続いて3市目。
教員のレベルアップのための研修や、現在生涯学習センターや第3寺島小学校でバラバラに実施されている各種教育相談、不登校児のステップ学級や発達障害を含む特別支援教育支援など、学校教育の現場支援機関を設置できないかと考えています。
山形市の人口は墨田区とほぼ同じ25万人。予算に対する教育費の占める割合は8.95%と墨田区(11.11%)よりは低いものの、山形市総合学習センターのホームページを拝見するとその取組みは、理科教育センターや教育研究所の設置、単位の取れる不登校児の教室運営・相談事業など、多岐にわたっていたことから大変注目していました。
特に教育関係者の間では、昨今、電子黒板など、学校教育現場のICT化が進む中で、その機能を使いこなせない教育現場への支援が求められていると指摘されており、山形市の教育研究所ではそうした課題への取り組みや研究成果の報告も活発なことから、実際話を伺うことになりました。
訪問した時は、丁度8月3~5日に山形市で全国中学校理科教育研究会が開催されることから、その準備でお忙しいタイミングでしたが、快く受け入れていただき、様々な質問に丁寧に答えていただき、山形市議会事務局、総合学習センター副館長他スタッフに皆様には心から感謝申し上げます。
具体的視察内容としては、総合学習センター設置の目的や事業に関する説明、施設内見学、質疑応答と進められました。
山形市の総合学習センターの年間利用者は昨年度で、約17,000人で、7つの事業を実施しているとのこと。
- 学校教職員の研修会・実技講習(当日も音楽の先生の研修が行われていました)
- 教育に関する情報収集、提供
- 子どもの教育相談・発達障害などの各種各種支援教室の開催(不登校児の教室やことばの教室(H22は785回)などの開催)
- 学校ICTに対応する教育の情報化推進・支援、ネットワーク管理(学校ICT研修は240人が参加)
- 不登校児の親の集いなど、市民向け講座や学習会の開催(不登校児親の集いは年2回開催)
- 学校教育に関する調査研究(近年は、学力向上と情報化推進をテーマに調査研究)
- 理科教育の研修・研究(理科教育センターは各学校にも設置され、センターでは実技講習や教材、教具の貸出し等を実施)
中でも学校ICT化への支援には驚きました。各小中学校の全てのパソコンと繋がっているサーバーがあり、そこから様々な教育コンテンツが年間100コンテンツも提供されているとのこと。情報化研修室も見学させていただき、学校ict化支援員を始め、研修が常時できるとのこと。
電子黒板やPC、様々な教育ソフト、コンテンツは教室にいながら、よりリアリティを持って子どもたちに教えることができ、極めて有効だと感じています。ただし、それを使いこなせる技術が教える側にあるかどうか、教員だけでなく、支援員の活用も含めて考えていかなければならない課題だと改めて痛感。
またICT環境も墨田区は電子黒板などを設置している小中学校もまだ少なく、教育委員会全体で教育コンテンツを提供するなど、山形市から比べてICT化の遅れも感じました。
財政的な側面もありますが、ソフト、ハード両面にわたって、区の状況をよく調査しながら、更に推進してまいります。
また不登校児の子どもが通う教室もあり、学校出席の単位が取れるとのこと。先日視察したつくば市もNPO法人リヴォルヴが市から委託を受けて、単位修得できる不登校教室を設けています。墨田区にもステップ学級がありますが、出席単位にはならず、更に場所や広さにも問題があります。1日も早く、そうした子どもたちに寄り添う支援の体制を整備しなければならないと痛感しました。
8月2日、事業主の皆様を対象とする雇用調整助成金活用セミナーがすみだ中小企業センターで開催され、参加してきました。
リーマンショック後、長引く経済不況。区内景況レポートでも今年初めより、少し薄明かりが灯りさし始めた矢先に発生した東日本大震災。被災地だけでなく、区内製造業なども仕事の受注件数などが激減し、大変厳しい経営状況に追い込まれました。
区議選の時からこうしたお話を町工場の経営者などから様々伺っていたことから、先の第2回定例会で一般質問を行い、雇用調整助成金などが従業員数10人以下の事業主の利用が極めて低い実態に触れ、煩雑な申請手続きを支援する為に、区で実施している商工相談などをより丁寧に、事業主がハローワークに申請するまでサポートすると共に、諦めている事業主や制度を知らない事業主に対して雇用調整助成金の活用セミナーを実施するよう提案。
山崎区長も支援の必要性を認め、直ちに実行。今回実施する事となりました。
当日は9名の事業主が参加。講師の袴塚和彦氏(特定社会保険労務士)より雇用調整助成金について制度概要と申請手続きについて約1時間ほど話がありました。
セミナーの中で参加者からは申請にあたって様々な質問が飛びました。
セミナー自体は制度の中身と、事例を通しての申請方法の説明がありましたが、今後の商工相談において、会社個別の状況に応じて、ハローワークに申請、給付が受けられるまで支援をするとのことです。
ご興味のある方は是非一度、商工相談をご利用下さい。
7月28日、東日本大震災後、2度目となる被災地・仙台市を訪問。
前回6月の訪問は、消防団員としての活動であり、①所属する向島消防団の一員として、消防団有志で集めた消防団活動支援金を仙台市若林区消防団に届けること、②仙台市の中で最も被害が大きかった地域の一つである若林区の消防団活動について意見交換、③被災現場の視察が主な目的でした。
今回の訪問目的は、自治体防災ネットワークを締結している墨田区と仙台市で、現在も職員派遣などを継続派遣している状況の中、①今後の支援の在り方や要望、②長期化する避難所や防災備蓄における課題、③瓦礫の撤去が他の被災地より早いことへの調査、④震災発生から、まもなく半年が経過する中で、3ヶ月前と瓦礫の撤去や復興に向けた街の取り組み、更には前回訪問できなかった青葉区などの被災状況の現地視察等でした。
お忙しい中、説明していただいた災害対策本部消防局防災安全課の齊藤課長には心より感謝申し上げます。
調査事項について事前に整理・FAXしていたこともあり、ポイントを整理した資料を提供いただき、大変助かりました。
やはり現場に行かないとわからないことが沢山ある事を今回も痛感しました。
1.今後の支援の在り方や要望
齊藤課長からは、「墨田区からの派遣職員には、未だ大勢の人が待機待ち状態の罹災証明の発行業務を休日返上で実施してもらっており、大変助かっており、感謝しています。是非、今後ともしばらく継続をお願いしたい。」との話が。
防災協定には期間については明記していないが、仙台市が望む限り、出来る限りの支援をしていく必要性を痛感しました。
また、阪神大震災、中越地震を経験された自治体の支援は、仙台市の想像をはるかに超えるスピードと発災時に適格性のある物資等の供給があり、大変助かり、勉強になったとのことでした。新潟市からは未だ支援の要請もしていないのに3.11の夜には救援物資が届き、その搬入ルートが他の都道府県からの搬入ルートとなり、物資が届けられたとのこと。
激甚災害を経験した自治体の防災計画やマニュアルを、墨田区の防災計画見直し時に是非とも参考にすべきと思いました。
2.長期化する避難所や防災備蓄における課題
①避難所については、発災後に仙台市の人口の約1割、最大10万6千人が避難所に押し寄せたが、1週間後には約2万人と減少し、現在では被害の大きかった若林区と宮城野区で39人とのこと。発災当時は想定を超える避難者だったこともあり、食糧、毛布が不足。仙台市は都市部で企業集積も多いことから帰宅困難者も大勢出たことも起因しているとのこと。
②ガソリンや灯油の不足も困ったが、重油が不足したことにより、非常用電源などが動かず、大変困った。
③停電時に防災無線のバッテリーは20時間。大規模災害による長期停電時の防災無線の在り方が課題。
墨田区も防災無線や非常用発電機の配備など類似している防災対策が多々あり、来年度の防災計画改定に向けて教訓にする必要があると痛感。
また避難所から移り住む仮設住宅対策については、仙台市では既存の空いている住宅ストック(空き民間賃貸住宅)を市が借り上げて仮設住宅として提供。申込が8254戸あり、そのうち7194戸が入居しており、大変好評とのことでした。
既存の住宅ストックを使えば、即入居できるし、住宅設置や撤去といった費用もかかりません。また、住んでいた地域の住宅に住めれば地域コミュニティも維持することができ、子どもにとっては学校も変わらないで済むかもしれません。墨田区でも空いている民間住宅ストックが1万戸近くあることから、災害時は仙台市同様、既存の住宅ストックを区が借上げて仮設住宅として提供すべきと考えました。
3.瓦礫の撤去について
前回訪れた時も感じましたが、被災した東北3県の中で、仙台市が瓦礫の撤去が極めて早いのは何故か疑問に思っていました。その件について伺うと「他市は1か所等に集積しているが、仙台市では瓦礫を分別して集めており、それにより撤去がスムーズに進んでいる」とのこと。
午後から仙台市・若林区と隣接市の名取市を視察したところ、若林区では分別された瓦礫集積所がいくつもあるのに対して、名取市ではまるで山のように全ての瓦礫が分別することなく湾岸地域に集められており、瓦礫の集積方法一つで復興に大きく影響がでることを学びました。
4.震災発生後半年経過しての復旧具合と仙台市中心部である青葉区の被災状況について
中心市街地である仙台市駅周辺や市役所周辺の街中は、本当に震災があったのかと思われるほど、いつもと変わらない状況でした。震災時はガラスが割れたり、電柱が傾いたりの被害はあったと思いますが、半年経った現在は完全に復旧していました。ただ、道路等には一部亀裂や段差が生じているところもあるとのこと。
海側の若林区は甚大な津波被害により、壊滅的な打撃を受けていることはよく報道されていますが、仙台市の山側・太白区でも大きな地割れが発生して危険な状態とのこと。
3ヶ月前、若林区は自衛隊や消防・警察の臨時の作業拠点などがあちこちにありましたが、今回の訪問では全く見かけませんでした。ブログのトップに写真掲載しましたが、避難所となった荒浜小学校からも全世界からの支援に対する垂れ幕が掲げられており、少しづつではありますが、大きく復興に向けて町全体が動き始めている事を感じました。
7月24日、27日と新タワー建設・観光対策特別委員会が開催され、
- スカイツリータウン4階部分に設置される「すみだ観光プラザ」の工事状況や隣接するオフィスビルなどの工事状況
- 区内循環バスの運行事業者の決定
- スカイツリー周辺(スカイツリーと北十間川の間の道路等)に係る整備状況
- 大横川親水公園の業平橋周辺エントランス整備について
て報告並びに議論が交わされました。
すみだ観光プラザは広さ650㎡で、スカイツリーから降りてきた方が通る道線上にできます。
江戸下町をイメージしたすみだグッズを展示・販売するところになります。
観光プラザの設計・施工契約について、様々議論がありましたが、議会の主張が受け入れられ競争入札となり、
工事が始まったことでまずは一段落。
ハードの整備が本格的に始まったことから、今度はソフトが大事になってきます。
せっかく立派な観光プラザを整備しても、見せ方やプロデュースを失敗すると観光客は振り向きません。
様々な観光ソフトを地域主体で取り組み、1年中、観光客が絶えない台東区・浅草。
素晴らしいお手本があるわけですから、ベンチマークや観光連携で、墨田らしい賑わいを作っていかなければなりませんね。
また、皆様から早期実施のご要望が高かった区内循環バスの実施業者がようやく決定しました。
プロポーザル方式の業者選定には4社が応募。
①会社情報、②運行経費などの収支性、③利用者サービス、需要拡大への取り組み、④安全・管理体制、⑤その他等
の観点から評価。6人の審査委員、全員から最も高い評価を受けた事業者が京成バス株式会社でした。
詳細は省きますが、収支予想や荒川区でのコミュニティバス「さくら」の実績、パスモの利用や鉄道事業との連携等、
私が見ても他の3事業者に比べ、京成バス(株)様のサービスが圧倒的でした。
今後、バスの名称などが公募により決まってくると思います。
運行開始はスカイツリー開業に先立つ来年3月の予定です。
バス停なども区民に愛され、利用されるよう要望してまいります!
7月23日、ダウン症や知的障害のお子さんのダンスサークル、「チームひまわりっ子」の創立7周年記念発表会にお招きをいただき行ってきました。
いつも区の福祉大会やすみだ祭りでダンスを披露してくれる元気なひまわりっ子。
でも残念ながらいつもステージから少し離れた所での観賞でしたが、
この日はステージの直ぐ側で観賞する事が出来、
子ども達の表情や息づかい、気持ちまでストレートに心に突き刺さってきました。
みんなダンスを凄く楽しんでいる事が伝わり、観賞してる私たちも子どもたちに元気をいただきました。
本当に素晴らしかったです!今度はすみだ祭りでステージがあります。是非、見にきてください!
「チームひまわりっ子」は代表の長谷川さんが、文字通り、ひまわりのような明るさと、
どんな困難も吹き飛ばすバイタリティーで、手作りで作ってきたチームです。
そのことが子供達をひまわりっ子に通わせてる親御さんの感謝のお話からも伝わりました。
今後、10周年、15周年、20周年と活躍する舞台が広がっていくことともいます。
フレーッ、フレーッ!ひまわりっ子!





















