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阿智村の満蒙開拓平和記念館を見学しました。
2013年4月25日に開館した満蒙開拓平和記念館は、戦前から戦後に至る満蒙開拓の歴史が、戦争や満州を知らない世代にもわかるように紹介されています。
中国東北部に13年間だけ存在した満州国。ここに国策として日本から約27万人が農業移民として渡ったのが満州開拓団です。ところが、1945年8月9日、ソ連軍の侵攻で満州は戦場と化し、そのうち約8万人が犠牲になりました。開拓団の人たちは広野を逃げまどい、終戦後も日本に帰ることができず、難民収容所では飢えと寒さで大勢が亡くなりました。日中双方に多くの犠牲を出した満蒙開拓とは何だったのか。平和について考えさせられました。
逃避行や収容所生活の中で中国人を頼ったり預けられるなどして妻や子どもになり、戦後も中国に残留を余儀なくされた人々。そのうち満13歳以上だった女性を残留婦人という。1972年、日本と中国の国交正常化以降、本格的な身元調査がはじまり帰国が進み、現在までに帰国したのは約6,700人とお聞きしました。

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岡谷市 渡辺太郎
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