37.『マンハッタン』(ウディ・アレン監督1979年)
ニューヨーク、マンハッタンの摩天楼の美しい夜景にガーシュインのラプソディ・イン・ブルーが流れるオープニング。これをモノクロ映像で撮ったセンスが秀逸。男女2組のカップルがレストランでテーブルを囲んでいて、「芸術の本質とは、何かに取り組む状況を提供すること」の会話が聞こえてくる。TVライターのアイザック(ウディ・アレン)42歳と恋人のトレーシー17歳。そしてアイザックの友人の学校教師のイェール夫妻である。ここにダイアン・キートン扮するメリーが加わり男女間の出会いと交流のストーリーが展開する。年齢差、倫理観や人生観の違い 一般的な常識とは若干違う世界を、少しの驚きとともに面白く魅せてくれる。人間らしいと言えば人間らしい、煩悩に支配されたような人間模様は、多分、人生地理学から見たマンハッタンなのかも知れないと勝手に思考を巡らす。
「You Wanna Walk by the river?」と言った後、シルエットになったアレンとダイアン・キートンの後姿がベンチに座っている。明るくなり始めた夜景を捉えた、この約60秒間の映像はうっとりする程に美しい。
劇中会話の「ベルイマンは今の映画界で唯一の天才だ」「フェリーニの映画みたい」は熱烈なファンのアレンらしい。
アレン自身の解説『僕の映画には神経過敏で複雑で知的な人間が出てくる。僕らは自己完結しているために異性と良好な関係を持つのが難しく、人生に喜びを見出だすことができず、何事にも批判的だ。そして頭が良くて、すべてに対して自分の考えや強い感性を持ち、人生の様々な面に対して神経症的な感情を抱いている』が言い得て妙と感じる。96分
32.『フォードvsフェラーリ』(ジェームズ・マンゴールド監督2020年作)
フォードGT40 が神話になり今も歴史に輝く1966年の栄光のル・マンが、かなり楽しめました。
アメリカ最大の自動車メーカーのフォード・モーター社からオファーを受けて、マット・デイモンとクリスチャン・ベール扮するキャロル・シェルビーとレーシングドライバーのケン・マイルズが、ル・マン24時間耐久レースの絶対王者に君臨していたイタリアのフェラーリ社に挑んだストーリー。まるでジェイソン・ボーンVSバットマンでした。 フェラーリとの闘いというよりも、ドライバーとフォード社との駆け引きや人間関係が面白かった。ケン・マイルズの人間味があり職人堅気の人物像が魅力的で心に残りました。クライマックスのレースシーンをどう描くかが興味深々でしたが十分期待に応えられる内容です。
レースカーのエンジン音、ギアの切り替え、耐久性とスピードのバランスの限界に挑むメカニックの対応。危険と隣り合わせでもあるモータースポーツは血が騒ぎ興奮しますね。153分。
31.『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』(グレタ・ガーウィグ監督 2019年)
原作は1868年発表の世界的ベストセラーLOUISA MAY ALCOTT ルイザ・メイ・オルコットの「Little Women」。
映画冒頭の字幕 「悩みが多いから、私は楽しい物語を書く」L.M.オルコット
「I’ve had lots of troubles、so I write jolly tales」は大いに共感します。何度も観たくなる作品はこうですね。
南北戦争時代の馬車が普通に走っていた時代に、作家志望の次女を主人公に、家族の生活や絆、恋愛、結婚、そして近隣との暖かい交流等が描かれ、賑やかな4姉妹の人生の喜怒哀楽が実に楽しい。
主人公が原稿を出版社に持ち込むシーンから始まり、約12分後に7年前のシーンに移行する。物語の展開が過去と現在のシーンが何度も交互に繰り返され、全体を考えた構成は重厚感があり、人物の描き方、物語に奥行きが出ている感じがしました。過去と現在のシーンは映像の色調の違いにより変化を持たせています。
爽やかな風が吹く白い砂浜で姉妹が寄り添い語るシーンは出色の出来で心に残る名シーンです。名作「ラスト・ショー」の川縁のシーンを想起しました。
グレタ・ガーウィグ監督とシアーシャ・ローナンのコンビによる「レディ・バード」も見応えがありました。シアーシャ・ローナンは「ブルックリン」(ジョン・クローリー監督2015年)も素晴らしかった。135分。
30.『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』(アシュリング・ウォルシュ監督 2016年)
カナダのフォークアートの画家モード・ルイスの実話に基づいた作品。子どもの頃からリウマチを患っているモードと孤児院育ちで学歴もないエベレット。不器用な2人が出会いそして結婚。衝突しながらも寄り添い慎ましく暮らす夫婦の生活に胸打たれる。舞台となっている海辺の風景が美しい。
多くの人に愛されてきたモード・ルイスが描く素朴な画風はとても好感が持てる。サリー・ホーキンスとイーサン・ホークが好演。「一番苦労した人が一番幸せになる権利がある」という言葉が思い出される心に残る映画です。116分。
29.『ぼくのエリ 200歳の少女』(トーマス・アルフレッドソン監督 2008年)
永遠に歳をとらないバンパイアの少女エリ(リーナ・レアンデション)と内気で孤独な少年オスカー(カーレ・ヘーデブラント)の交流を描いたファンタジック・ホラーとも言うべき作品である。バンパイアとは生と死を超えた者で、生と死の狭間に存在するらしい。
舞台はスウェーデンのストックホルム郊外。冬の北欧が透明感と孤独感を醸し出している。集合住宅と学校施設、公園という、どこにでもある風景の中で、子供たちをめぐる普通の日常にバンパイア・ストーリーが加わり不思議なグロさがある。撮影は多用するアウトフォーカスが美しく効果的に感じた。
大人になる前の2人の個性が不思議と魅力的で、映像という表現が持つ感性の深さに、物語の特異性に、暫し、痺れてしまった。北欧を舞台にした、また1つ心に残る作品に出合いました。110分。
28.『インターステラー』(クリストファー・ノーラン監督 2014年)
地球規模の環境変化による食糧難で人類滅亡の危機が迫る近未来。始まりの砂嵐に襲われる農場のシーンが怖い。元パイロットのクーパー(マシュー・マコノヒー)が人類を救うための答えを求めて銀河系へと飛び立ちます。未知の惑星で次々と展開する緊張感溢れる映像は見応えがあり凄いの一言。
相対性理論、ブラックホール、量子力学、ワームホール、ドレイクの方程式など難解な言葉が頻繁に出てきますが5次元の世界の表現力に関心した。そして、地球にいる娘にメッセージを送る時空を超えた交信に父娘の絆の強さに魂のチカラに心が震えました。
海のシーンと巨大な波。氷に覆われた未知の世界。ノーランの映像は説得力があり、その美しさに圧倒されます。彼こそ映像の魔術師ですね。169分
27.『Love Leter』(岩井俊二監督 1995年)
冬の小樽の風景が圧倒的に美しい。ヒロインのアップから望遠シーンへと続く雪景色のオープニングから不思議なストーリに引き込まれる。
恋人の藤井樹(柏原崇)を登山事故で亡くした渡辺博子(中山美穂)は、恋人を忘れられず、断ち切れない想いを込めて天国にいる彼に手紙を書く。「 拝啓、藤井樹様。お元気ですか。私は元気です。」住所は、以前、彼が住んでいた小樽。そして届くはずのない手紙に返事が来たことから物語は始まる。
25年前の作品なのでネタバレを許して頂ければ、返信は恋人と同性同名の藤井樹(中山美穂)(中学生時代は酒井美紀)からだった。この渡辺博子と藤井樹の2役を中山美穂が演じていて、ややこしい感じもするが、1人2役のメッセージは不思議な効果となって広がります。
ストーリーが展開するにつれ、帰らぬ人である藤井樹を巡るプラトニックな思い出が過去と現在を往復しながら少しずつ明らかになってくる。
誰もが心に残る学校の教室、同級生、図書館。その本を借りた人の名前が記録される図書カード。カードに記載された「藤井樹」の意味深長と、そして爽やかな感動のラスト。時空を超えるロマンチックでドラマチックな魂の物語が、今でもこの作品が愛されている理由だと思う。116分。
26.『叫びとささやき』(イングマール・ベルイマン監督 1973年)
19世紀末のスウェーデンの大邸宅を舞台に、上流階級の3人姉妹(長女カーリン、次女アグネス、3女マリア)と召使アンナの4人の女性たちの愛と孤独、生と性を描いたドラマ。
静寂の中に時を刻む時計音が重要なモチーフの1つと感じる。場面転換のフェードイン・フェードアウトは通常は黒色ですが、この作品では赤色であり、学生時代に初めて観た時は驚愕した。そして、真紅に彩られた室内と白いドレスの対比の美しさ。
病に苦しむ次女アグネスの絶叫する様子が何度か描かれ、そのリアリティーに観ている方にも緊張が走る。息を引き取ったはずのアグネスが姉と妹を別途に呼ぶシーンがあり、生と死を超えたものを感じる。召使アンナが苦しむアグネスを看病しながら優しく抱くシーンは宗教画を見ているような不思議さ。
現実の進行とともに、時折、挿入される回想の中で其々の人間関係と内面・深奥が見えてくる。3姉妹の顔のアップが多く、微妙な表情は見逃せない。まさに重厚な室内劇である。
秋の色彩に満ちた木々の間を、3姉妹とアンナが散歩する回想シーンは印象派の絵画のようで美しい。人間として避けることのできない根源的な苦しみ「生老病死」を感じさせる、他に類を見ない名作。91分
25.『ブレードランナー2049』(ドゥ二・ヴィルヌーヴ監督/2017年)
SF映画の金字塔『ブレードランナー』の続編。前作から30年後の2049年を舞台に、違法レプリカント対策の任務に就くブレードランナーが陰謀に巻き込まれるストーリー。オープニングの美しい瞳のアップに魅了され、気が付いたら、あっという間の163分だった。
前作は雨のシーンが印象的だったが、今回は雪のシーンが登場し驚いた。フィルムノアールとハードボイルドの世界なのだ。前作のイメージとの違和感はない。派手なアクションシーンは少ないが、謎解きの緊張感ある展開は節度と品格が感じられ、シンプルかつ神秘的な映像は未来世界に対するリアリティもあり非常に詩的だ。効果音のようなサウンドは、ハンス・ジマー・ワールドですね。ロジャー・ディーキンス撮影による映像、光と陰は本当に美しいし、シーンの全体を彩る色彩はシンプルかつ大胆で見事だ。未だ解明されていない生命の神秘に迫るテーマも健在だ。前作の監督を務めたリドリー・スコットが製作総指揮。163分。
24.『ルーム』(レニ―・アブラハムソン監督/2015年)
母は7年前から、そこで生まれた息子と一緒に、施錠された部屋で暮らす。ある日、母子は脱出を決行する。衝撃的なシチュエーションの中、懸命に生きようとする母子の葛藤をサスペンスタッチで描く。物語の前半は密室の中で展開し、後半は部屋から解放された外の世界である。エキセントリックになりがちな題材を冷静な視点で捉え、単なる犯罪映画ではなく、生まれ育った部屋以外知らない子供が、部屋以外の世界と接する感覚にも重きを置いた感性は新鮮で感動的だ。構成を考えた脚本が秀逸。前半の脱出時の映像のドキドキハラハラが伝わる表現、展開は忘れられない。118分
23.『グッド・ウィル・ハンティング』(ガス・ヴァン・サント監督/1997年)
幼少期のトラウマから抜け出せない青年ウィル・ハンティングは、度々、傷害事件を起こす不良だが、仕事は清掃のアルバイトをしている。ある日、仕事先の名門大学で、廊下の掲示板に書かれた超難解な数学の問題をこっそり解いてしまう。出題した教授は誰が解いたのか分からず、大学内は騒然となる。学歴も無い不遇な境遇にある青年が実は数学の天才であることが分かり周囲の状況が一変する。
誰にも心を開こうとしなかった青年ウィルは、自らも心に傷を持つ一人の精神分析医と出会い、「同苦」の心を感じ、徐々に打ち解けていく。苦しみながら希望に向かって前進する姿に共感する。不良仲間である親友との友情を感じさせるさりげないシーンも忘れ難い。教育に携わる全ての関係者に観て貰いたい作品。秀逸な 脚本はマット・デイモンとベン・アフレックの共同執筆。
22.『ラスト・ワルツ』(マーティン・スコセッシ監督/1978年)
1976年11月25日、サンフランシスコのウィンター・ランドで行われたロックグループ「ザ・バンド」の解散コンサートを収録したドキュメンタリー作品。コンサートの合間に、5人のメンバー其々へのインタビューを交えた映像が挿入されるシンプルな構成。ゲストにはボブ・ディラン、エリック・クラプトン、ニール・ヤング、ジョニ・ミッチェルなどロック史を彩る顔触れが勢ぞろい。
最初と最後に流れるギターの美しいインストゥルメンタル曲「ラストワルツのテーマ」が最高に素晴らしい。冒頭はタイトルバックへと続く車窓から流れる街角の風景。ラストのカメラがゆっくりとズームアウトしながらステージが徐々に浮かび上がるシーンがいつまでも心に残る。最後に「グリーンスリーブス」が微かに聞こえるのも嬉しい。
21.『スモーク』(ウェイン・ワン監督/1995年)
ニューヨーク市ブルックリンの小さなタバコ屋を舞台にした秀逸な人間ドラマ。店主オーギーは、日課のごとく同じ場所で街角の風景をカメラで4000日撮り続けている。常連客で妻を事故で亡くした作家や自分を捨てた父を忘れられない黒人少年とその父のエピソードが展開する。そして主人公オーギーの元恋人ルビーが登場は強烈でその存在感に圧倒される。
悩みを抱えた其々の生活風景がオーギーのタバコ屋を中心に綴られ、現代社会が持つ怖さや人の温かさ優しさ人情もしんみりと感じさせてくれる。 ある日、万引き犯が落して行った財布を届けに行くとアパートには足の不自由な盲目の老婆が1人で住んでいて、老婆は最愛の孫が会いに来たと喜ぶ。オーギーは、其のまま一緒にクリスマスを過ごすことになり幸せなひと時が流れる。全体を締め括るこのラストのエピソードは映像表現も気が利いていて、いつまでも心に残る。名曲「煙が目にしみる」も効果的。原作・脚本ポール・オースター。
20.『街の灯』(チャールズ・チャップリン監督/1931年)
人間愛に溢れた喜劇王チャップリンの代表作。自分のことより困っている人を見ると何とか助けてあげようとする浮浪者チャーリーは、川に飛び込み自殺をしようとしている酔っ払いを助ける。2人は意気投合するが、翌日、酔いが醒めたお金持ちは、すっかり別人になり冷たい。可笑しくも怖い。
ある日、チャーリーは街角で盲目の花売娘に好意を持ち彼女を救おうと金策に奔走する。賞金を稼ぐためボクシングの試合に出る羽目になるが、リング上での試合のシーンは傑作で最高に笑える。眼が見えるようになった彼女が、恩人とは知らずにお金をチャーリーに恵もうと手に触れた瞬間、自分を助けてくれた恩人だとわかる。「YOU?」(あなたでしたのね)と字幕。その時のチャーリーの笑顔はいつまでも心に残る。チャップリンの温かな人生観を感じる作品。音響は効果音と音楽のみでセリフは字幕。
19.『コルチャック先生』(アンジェイ・ワイダ監督/1990年)
教育者で医師であり、ユダヤ人孤児院の院長として生涯を子供達の為に捧げたヤヌシュ・コルチャックを知ることのできる貴重な作品。第二次世界大戦下のポーランドで、ナチスの残虐非道の中で子供たちを守り、生きるための食料確保にも日々奔走するコルチャックは皆に慕われている。やがてユダヤ人居住区へ強制移住される時が来るが、高名なコルチャックは自分だけが助かることを拒否し、約200人の子供たちと収容所行きを決意する。収容所行きの貨車に乗るために、子供たちを抱きかかえながら行進するシーンは生涯忘れられない。
虚飾を極力排したドキュメンタリータッチのモノクローム映像はリアリティがある。ラストシーンのコルチャックと子供達が野原に止まった貨車から天使のように降りてくる幻想的なシーンは魂の開放を感じ深く心に残る。平和と人道の世紀を願ったコルチャックの精神は、1989年に国連で「子どもの権利条約」として実現され今もその精神は世界に伝えられている。
18.『遠い空の向こうに』(ジョー・ジョンストン監督/1999年)
1957年10月にソ連が人類初の人工衛星「スプートニク」を打ち上げた。夜空を飛ぶその軌道を見て感動したアメリカのウエストバージニア州の小さな炭鉱の街に住む高校生がロケットを飛ばすことに夢中になる。何度も失敗を繰り返しながら仲間と共に夢に向って挑戦し続けたロケットボーイズの物語で、後にNASA のエンジニアになったホーマー・ヒッカムの自伝を映画化した作品。オーソドックスで地味な作りだが爽やかで大変好感の持てる作品。異端児扱いされていた少年たちが、少しずつ炭鉱夫の父をはじめ街の人々に理解され打ち解けてくる様子が感動的だ。ロケットボーイズを支える教師の存在も、なかなかイイ感じ。原題は「OCTOBER SKY」
17.『奇跡の人』(アーサー・ペン監督/1962年)
生後19ヵ月で高熱にかかり、三重苦を背負ったヘレン・ケラーが家庭教師サリバン先生と出会い、人間らしさと言語を覚えるまでの少女時代の葛藤を描いた作品。全編息もつかせぬ迫力の展開で、井戸から出る水に手を触れたヘレンが「ウォーター」と言葉を発しようとするシーンは感動的だ。野獣的で反抗心の強いヘレンに対し、妥協のない厳しくも献身的なサリバン先生の指導は愛よりも深い慈悲を感じる。人間教育というものをこれほど分かり易く、これほど立派に教えてくれる作品はあまり見当たらない。
16.『アメリカン・グラフティ』(ジョージ・ルーカス監督/1973年)
1960年代初めのカルフォルニア北部の町。高校を卒業し新たな人生を歩み始めようとする希望と不安の高校生達の1日をノスタルジー溢れる雰囲気でユーモアたっぷりに鮮やかなセンスで描き出した。「ロック・アラウンド・ザ・ロック」で始まるオールディーズの名曲を全編にちりばめ、カスタムカーやカーレースそしてローラースケートを履いたウエイトレスのドライブイン、ネオンサイン、DJのウルフマンジャック、白のTバードに乗った謎の美女の扱い方が秀逸。未だ健全だった善き時代の青春グラフティ。グラフティとは落書きの意味だそうです。
15.『ジョニーは戦場へ行った』(ドルトン・トランボ監督/1971年)
戦場で両手、両足、耳、眼、口を失い、第一次世界大戦後も15年近く生き続けたイギリスの将校がいたという事実をモデルにドルトン・トランボが1939年に発表した小説「ジョニーは銃をとった」を自ら監督した作品。野戦病院のベッドに寝たきりの現実シーンはモノクロで、ジョニーが回想するシーンは美しいカラーである。深い意味を感じさせる効果的な表現である。皮膚の感覚と意識以外全てを失ってしまった人間の苦悩を描くというシチュエーションは強烈で、皮膚に太陽の温かさを感じるシーンは特に感動的だ。ラストシーンも衝撃的で怖い。生きることの意味、生命の尊厳とは何かを問わずにはいられない。
14.『スケアクロウ』(ジェリー・シャッツバーグ監督/1973年)
人間不信で社会からはみ出した2人の男の所謂ロードムービー。人里離れた道路でヒッチハイクの車を停めようとする2人の出会いのシーンはバックの風景の素晴らしさもあり映画史に残る名場面で、ジーン・ハックマンとアル・パチーノが素晴らしい。スケアクロウとは案山子(かかし)のことで「カラスは案山子を馬鹿にしているがじっと立っていることに同情してその領域に入らないでいる」というくだりは印象的だ。自分らしく精一杯生きることの大切さ、勇気を与えてくれる作品。ラストシーンも衝撃的だ。
13.『レイジング・ブル』(マーティン・スコセッシ監督/1980年)
プロボクシング元ミドル級チャンピオンで、そのリングスタイルからブロンクスの怒れる牡牛(レイジング・ブル)と異名をとったジェイク・ラモッタの栄光と破滅の人生を描いた作品。ファーストシーンはマスカニーニの歌劇「カバレリア・ルスティカーナ」の間奏曲が流れるスローモーション撮影で時折カメラのフラッシュが光る。リングシーンをこれほど美しく撮った作品は見当たらない。モノクロ映像は息を呑むほど美しい。勿論ファイティングシーンも迫力満点だ。
12.『フェリーニのアマルコルド』(フェデリコ・フェリーニ監督/1974年)
イタリアの巨匠フェリーニが少年時代の忘れえぬ思い出をノスタルジー溢れる映像で綴った自伝的な作品。「アマルコルド」とはフェリーニの故郷北イタリアの(今は死語になっている)エム・エルコルドが訛った言葉で「私は覚えている」という意味らしい。そのイタリア北部の美しい四季が見事に映像化され、様々な人間模様が涙あり笑いありの温かくも美しい映像で描かれる。登場人物は皆どこか不思議におかしく、大変ユニークである。人間を見詰めるフェリーニの視点は温かくも深い。そしてフェリーニの描く海はいつも素晴らしい。
11.『大地のうた』(サタジット・レイ監督/1955年)
インドの片田舎のある貧しい家族の日常生活が美しい自然の中、慈愛に満ちた視点で静かに語られる。母の子供に対する深い想いや家族の死というものが胸に迫る。リアリズムのモノクロ映像は叙情的で節度があり品格がある。姉弟が森を抜けすすき野を通り平原を走る汽車を見に行くシーンは美しく、深く心に残る。脚本・監督のサタジット・レイはアジアを代表する巨匠。ラヴィ・シャンカールの音楽も良い。
10.『ケス』(ケン・ローチ監督/1969年)
1960年代後半のイギリスのヨークシャー地方の炭鉱町に母親と粗暴な兄と暮す15歳の少年ビリーは夢や希望とは程遠い生活を送っている。ある日、ビリーは野生の鷹(ケス)を偶然見つけ餌付けに成功し手なづけていく。この辺りのシークエンスが大変興味深く面白い。少年を取り巻く過酷ともいえる社会環境を優しくも冷静に見詰めるケン・ローチの視点は確かな説得力があり痛切だ。
9.『抵抗(レジスタンス)』(ロベール・ブレッソン監督/1956年)
ドイツ占領下のリヨンを舞台に脱獄を企てるある軍人の行動を克明に見詰め、ドアに伸びる手のクローズアップからスプーンを床のコンクリートに磨り続ける行為等がまるでドキュメンタリーのように淡々と静かな迫力で描かれる。台詞を極力抑えた繊細でスリリングな演出は孤高の天才と言われるブレッソンならでは。人間の意志の強さを冷徹に描いた傑作。モーツアルトの鎮魂歌が深遠な効果をあげている。
8.『捜索者』(ジョン・フォード監督/1956年)
南北戦争後、旅からイーサン(ジョン・ウェン)が兄の家に帰って来たのも束の間、兄一家がコマンチ族に襲われ末娘が連れ去られる。この末娘を捜し求めてイーサンが果てしない捜索の旅に出る。ジョン・フォードが描き続ける犠牲・献身のテーマが全編を貫く。愚痴も言わず自らの人生の全てをかけて行動するイーサンの生き方に男の美学を感じる。
7.『ブリキの太鼓』(フォルカー・シュレンドルフ監督/1979年)
3歳で自ら成長を止めてしまったオスカルは不思議な能力があり、赤と白のブリキの太鼓を叩き、叫び声をあげるとガラスが割れ、マーチをワルツに変える。ポーランドのダンツィヒを舞台に激動する戦争の時代を寓意的、神話的空間が錯綜する。グロテスクで色彩豊かな映像は重厚で最後まで全く飽きない。ストーリーの展開、音楽、それにしても凄い映像の力である。原作はノーベル賞作家ギュンター・グラス。
6.『若者のすべて』(ルキノ・ヴィスコンティ監督/1960年)
アランドロン扮するロッコの一家は南部イタリアから北部の工業都市ミラノへ移住してくる。長兄は貧しい者が大金を掴むチャンスとボクサーになる。ロッコも兵役後ボクサーとして成功する。原題を『ロッコとその兄弟』とするこの作品をイタリアのある評論家はドスとエフスキーの『カラマゾフの兄弟』を想起させると言ったが、まさに大骨格の重量感溢れる人間ドラマ。ヴィスコンティのリアリズムな演出は北イタリアの風土に肉親の愛と絆を痛切に描き出す。
5.『無法松の一生』(稲垣浩監督/1943年)
人力車夫の無法松は喧嘩っ早く向こう見ずな男だが、人情に厚く事の理非が呑み込めれば竹を割ったような性格。現代では忘れてしまったような庶民の典型ともいえる愛すべき男を坂東妻三郎が実に見事に演じている。一見ぶっきらぼうな無法松の、未亡人とその子供に対する献身的な行動に深い感動を覚える。クライマックスの祇園太鼓の場面は手に汗握るシーン。ウイットに富む見事な脚本は日本映画史上稀有の個性といわれる伊丹万作。『無法松の一生』はその後何度も映画化されている。
4.『時計じかけのオレンジ』(スタンリー・キューブリック監督/1971年)
学校に行かず、夜になると仲間を引き連れ行動する不良少年アレックスが主人公。アレックスの片目だけの付け睫毛の格好、仲間たちとの独特の言語、効果的なスローモーション&早送りの表現、サイケデリックな美術と暴力、そして音楽担当のウォルター・カーロスのシンセサイザーが奏でるベートーヴェンの音楽。イギリスの作家アンソニー・バージェスの原作をシャープな美しい映像でキューブリックが描いた近未来の世界は今尚、新鮮!。
3.『ラスト・ショー』(ピーター・ボグダノビッチ監督/1971年)
1951年、テキサスの小さな町アナリーン。ROYAL映画館を映したカメラが左へパンすると、ロングショットの先には高校生のサニーが運転する古いピックアップ・トラック。カーラジオからはハンク・ウィリアムスの歌が流れている。走るトラックの割れたガラス越しには、強風が吹く中、道路の真ん中を箒で掃いてる少年ビリーが見える。彼をトラックに乗せて、町の唯一の映画館を経営し、若者たちから一目置かれている元カウボーイのライオン・サムがいるビリヤード場へと入る。
ティモシー・ボトムズ演じるサニー、ジェフ・ブリッジズのデューエン、そして、シビル・シェパードのジェシー。母役のエレン・バースティン、サム役のベン・ジョンソン、クロリス・リーチマン、アイリーン・ブレナンなど忘れられない名演。
サムがリバーサイドで自らの青春時代をサニーたちに語るシーンは心に残る名シーン。彼の死後、映画館はジョン・フォードの「赤い河」の上映を最後に閉館し、一つの時代の終焉を告げる。そして、デュエーンは朝鮮戦争へ出兵する。
映画評論家出身のピーター・ボグダノビッチが監督したモノクロ・スタンダード作品は青春映画の名作。撮影はロバート・サーティース。ジョン・フォード作品の常連でもあるベン・ジョンソンは、この作品でアカデミー賞助演男優賞を受賞。クロリス・リーチマンも助演女優賞。原作ラリー・マクマートリー。
2.『チャイナタウン』(ロマン・ポランスキー監督/1974年)
ロサンゼルスの私立探偵ジェイク(ジャック・ニコルソン)は「モウレイ夫人」と名乗る女性から、市の水道局幹部である夫ホリス・モウレイの浮気調査を依頼される。調査時に撮影した写真は、すぐに新聞にすっぱ抜かれ、更にホリス自身も溺死体で発見される。しかも最初にモーレイ夫人を名乗って調査依頼してきた女は別人と判明する。水道利権を巡る陰謀とモウレイ婦人の家族関係が明らかになっていく。
レイモンド・チャンドラーにオマージュを込めたロバート・タウンのオリジナル脚本が素晴らしい。1930年代のロスアンゼルスの雰囲気が映像とジェリー・ゴールドスミスの音楽で醸し出される。 貯水池で、ジェイクはナイフを持ったチンピラに脅され、鼻を切られるが、チンピラ役を監督のポランスキーが自身が演じていて面白い。「チャイナタウン」は、ジェイクがかつて警官だった時代に活動したいわくつきの町である。その宿命の街チャイナタウンで繰り広げられる衝撃的なラストシーンは衝撃的で忘れられない。
1.『ルシアンの青春』(ルイ・マル監督/1973年)
ジャズギタリスト「ジャンゴ・ラインハルト」の名曲「マイナー・スウィング」が流れるオープニングがなんとも素晴らしい。物語の舞台は連合軍がノルマンディに上陸した頃の1940年代のフランスの片田舎。主人公ルシアンが緑豊かな道を自転車で駆けてくるシーンとジャンゴの曲が実にぴったりでルイ・マルの選曲はお見事。ジャンゴはマイナー・スウィングを何回も録音しているが、ここでは1937年11月25日にヴァイオリンのステファン・グラッペリと共演したパリで録音したものを使っている。ステファン・グラッペリは1979年1月にアルバム「ヤング・ジャンゴ」に同曲を吹き込んでいるが、その時のギタリストはフィリップ・カテリーンとラリー・コリエル。またラッセ・ハルストレム監督作品「ショコラ」でジプシー役のジョニー・デップが「マイナー・スウィング」を劇中で演奏している。なんともうれしい限りである。
素朴な無口で平凡な若者が戦争に巻き込まれ翻弄され、そして悲劇を迎える静かなラストが胸に迫る。映画的深みのある、さすがルイ・マル作品でした。
