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カテゴリー(独り言)

 本日28日は、御用納めの日。

社会も、私自身も激動の1年でした。

この1年間、ご支援いただいた皆様に心より感謝を申し上げます。

 

 あの3・11東日本大震災で、日本という国も、私たち自身も大きな転機を迎えたという感を深くします。

政治と政治家そのもののあるべき姿が大きく問われた出来事でした。

 そして、今年も終えようとしている時に、相も変わらず、与党では、エゴむき出しの生き残りをかけたドタバタが続いています。

 

 野田政権のドタバタを指摘しておきます。

①危機管理の無さ

⇒北朝鮮対応に関する重要な情報収集の最中に、総理は街頭演説へ、国家公安委員長には、情報すら届かず。

②何も決められない政権

⇒社会保障と所得税の問題、普天間問題等すべて年越し。

③無政府状態

⇒政府と民主党の考えは、正反対。八ツ場ダム、消費増税、TPPなど政府の発表を与党がすべて否定。

④約束違反

⇒子ども手当は、廃止。それなのに、「子どものための手当」にこだわる。所得制限の合意も反故にしようとする姑息さ。

 

 私は、これからも、皆様の思いを誠実に受け止め、やり抜く政治を進めてまいります。

 先般、議会質疑の際に、要望型、批判型、提案型それぞれの類型があることを取り上げた。

どれが正しいというのは言えないと思うし、はっきり言って正解があるのかもよく分からない。

 ただ、今の仕組みそのものを考えると、提案型にはなりにくいだろうなとは感じる。

 

 国会は、議院内閣制。

政党を背景に、議員同士が政策論争を行い、官僚は、そのために存在する。

彼らは、時の政権与党の政策実現のために働く義務がある。

 しかしながら、地方議会は、二元代表制。

役所の職員は、首長の政策実現を支える義務があるのであって、議員一人ひとりの指示に従う義務はない。

議員は、市民の代表であるからこそ、その意見を尊重してくれているだけだ。

議会は、総体として、その行政のチェック機能を果たすことに存在意義がある。

 そして、議員は、市民目線で、市民の声を代弁し、地方の政治に反映させようとする。

勢い、それは、批判と要望に陥りがちとなる。

「こういうことを行えばいいのではないか。」という政策提案は、時に異質なものとして捉えられてしまうかもしれない。

 

 私見であり、この考えが、地方自治の本質とは大きくかけ離れていることは承知している。

 それでも、せっかく口を開く機会を与えられたなら、要望だけの質疑には終わらせたくないと思うのである。

現場感覚で、「こんな角度の見方もあるよ」と、代案を提示できる議員となりたいと思うのである。

 早いもので、この11日で、議員となって半年が過ぎた。

全速力で駆け抜けた3ヶ月、私にとっての100日闘争。

 そして、あっという間にその倍の期間が経過した。

今の私は、皆様のご期待に、応えられているでしょうか?

 

 ところで、日々の戦いの中で、漏れていたご報告をいたします。

先月、11月末日にて、このホームページも、晴れて、アクセス数10,000件を突破!

皆様、ようこそお出でいただきました。本当に、ありがとうございます。

心より、御礼申し上げます。

 開設は、8月でしたので、なんと月平均2,500件!

しっかり学んで、更なるコンテンツの充実に努めてまいります。

 

 ある方が教えてくださいました。

“人生の喜びには、3つある。

一つに、「自分自身が、人のために尽くしきったと言える喜び」

二つに、「あなたのおかげで、今の私があると言ってもらえた喜び」

三つに、「自ら目標を掲げ、それを見事に達成した喜び」”と。

 感謝の思いを胸に、これからも走り続けます。

 27日、大阪では、大きな審判が下された。

政治は、数であるがゆえに、その結果は、厳粛に受け止めなければならない。

当然のごとく、民意を否定するものでは決してない。

ましてや、我が党は自主投票を選択し、また、私個人は西宮市民であり、もとよりどちらの側に立つものでもないのだから。

 
 ただ、自分の中に大きな疑問が横たわっているのである。

「大阪都構想」に、どれだけの人が賛同して、その1票を投じたのだろうか?

「教育基本条例」のどこに、感銘を受けて、投票したのだろうか?

いったい誰が、前市長の市政と政党政治のここがダメで、反対票を投じたと言い切れるのだろうか?

 
 私だって「大阪都構想」はわからない。

言っている側もその全貌は明らかにしていないのだから。

片や、全方位外交の中で、自身の主張を明らかにできず、片や、相手を敵と決めつけ、大声で批判する。

そんな中で、どちらかに決めなければならない府民は、そして市民は、本当にこれでよかったのだろうか?

 
 2009年のあの日から早や2年半。

いつか見た風景が、繰り返されているように感じてならない。

その本質は、あの時と何も変わっていないといえば言い過ぎだろうか?

 
 本当に政治を変えたいなら。

本当に社会を変えたいと思うなら。

庶民は、絶対に愚かであってはならない。

民衆が賢明になるしか、真実の道はないと信ずる。

“もう託すだけの政治(救世主のような誰かが、何か変えてくれるだろう)は止めようではないか”と、強く思うのである。

明日より、私にとって2回目の被災地訪問に、出発いたします。

 前回の訪問地で、交流した方は、16年前の私たちにとって、忘れることのできない阪神淡路大震災の時に、いち早く、被災地支援に出かけてきてくださった思い出を語ってくださいました。

 「でも、まさか、私たちに同じことが起きるなどとは、夢にも思わず、ただただ、大変だなという思いしか、正直無かった。全力は尽くしたつもりだが、今なら、もっと寄り添った支援ができたような気がする。」と。

 それは、当然のことでしょう。

だからと言って、誰にも責めることはできないし、それよりも感謝こそすれ、恨みに思うことなどない。

 
 多くの方から、「被災地は遠い。しかし、私たちだからこそ、本当の心を伝えられる。何か、ここにいる私たちにできることを。」とのお声をいただく。

 今回、私にとって、自身ができる支援の道筋を探るために。

そして、それとともに、地域の皆様と被災地の皆様を結びつけることのできる何かを、見つけたい。

 決算審議報告の途中ですが、今日は別の報告を一つ。

 8月より始めておりました、夏のごあいさつ運動が、昨日でやっと完了いたしました。

初めての取り組みとはいえ、私の中では反省することしきりでした。

 まず、決めた目標6,000軒はいいとして、第1号の市政報告を、直接お渡しすることにこだわったため、とにかく時間がどんどん過ぎ去っていく。

 9月議会が始まっても、まだ半分も終わっていないということが、もう最大の失敗。

さらに、動ける時間が削られていく。

 そのため、行くべきところが後回しになったり、お会いできなかったところに2度と行けなかったり。

夏のあいさつどころか、気づけば秋の気配のなか、皆様には、本当に申し訳ない思いでいっぱいで ございます。

 最近では、ご挨拶の言葉よりもお詫びの言葉から入るので、来られる方にとっては、ほとんど迷惑な話。

自分でも、何をしているんだか、恥ずかしくなってきました。

 

 こんな不器用な人間ですが、ただただ懸命に頑張っております。

どうかこれからも、温かく見守ってくださいませ。

なんだか、訳のわからないご報告になりました。

それでは、失礼いたします。

 いよいよ秋の地域行事が、始まりました。

これから、“敬老の集い”、“運動会”など、各地で活発に開催されます。

以前にも書きました通り、新人議員にとっては、どれもが、とても大切なものです。

 この3連休は、5校の運動会に、お邪魔しました。

ただ伺うだけでは申し訳ないと、テント張り等の裏方作業にも参加させていただきました。

 

 ところが、どこの学校でも先輩議員の皆さんには、全くお会いしません。

県会議員にはお会いするのですが、市議会の先輩方は不思議とお見かけしないのです。

 では、皆さん、どこかで遊んでおられるのでしょうか?

いいえ、違います。

きっと、自宅にこもって、猛勉強をされているに違いありません。

 本当は、私も焦りまくっているのです。

週が変わると、決算委員会が待っているのです。

予算がどのように執行されたのか、そして市民の皆様方の税金がどのように使われて

いるのかを審議する、大事な大事な論戦の場が控えているのです。

 

 そんなわけで、私も寸暇を惜しんで、資料と格闘します。

新人議員は、忙しくて当たり前。

もともと先輩からは、大きく後れを取っているのですから。

「仕事は、3人前!」で、今日も頑張ります。

 自分でも気づいているのですが、また、実際に、ご指摘をいただくこともあるのですが。

“私の書き込みは、国政をテーマにしたものが多い。”

今日は、そのことを考えてみます。

 皆さんは、市会議員は、市政のみを語るだけでいいと思われますか?

私は、政治に線引きがあるというのはおかしいと思っています。

もっと言えば、有り得ないと考えています。

ただ、立ち位置をどちらにしているかだけの問題と言えるでしょうか。

 例えば、自宅前の道路に不法投棄の粗大ゴミがあったとします。

実際、これを処理しようとすれば、「そこは、市道ですか、県道ですか、いやいや国道ですか?」

ということで、対応する管轄部署が変わります。

 しかし、困っている方にとってみれば、どこの部署がやってくれようが、

何の関係もないわけですよね。

市民の目線に立てば、どうでも違いはありませんが、為政者側から見れば、大きな違いがあります。

 

 私たち議員には、日々、いろいろな課題が与えられます。

その課題には、市政も国政も関係ありません。

ただ、「困っている」という事実のみが存在しています。

 その時に、困っている方と一緒に悩み、解決しようとする人と、市会議員では出来ない

という理由を滔々と述べて、相手を説得する人がいます。

 どれだけ、経験を積んでわかっていたとしても、私は、いつまでも前者でありたい。

皆さんと同じ目線で、あり続けたい。

そんな願いから、日々の政治への視点を書き綴っています。

であれば、暮らしに直結する国の政治から眼を逸らすわけにはいかない。

そして、その感覚を忘れずに、自分の範疇で出来ることに取り組んでいます。

 出来ないことは、たくさんあります。

ただ、自分が出来なければ、出来る人につなげればよい。

すぐには出来なくても、出来る人は必ずいます。

探し続ける努力を止めないこと!

そのことだけが、私たちに求められていることではないでしょうか。

 28日(日)に公明党兵庫県本部夏季議員研修会が、神戸市内で盛大に開催されました。

詳細は別の方が触れられておりますので、私は違うところを。

 研修の中で、広報活動の参考として、Facebookの活用についての項目がありました。

以前より、私も注目のツールでして、導入したいなあとは思っていました。

 ソーシャルネットワーキングシステムの一つとして、今、最も有名になっているのは、やはりTwitterでしょうか。

簡単に言えば、その大きな違いは、匿名か実名かの違いです。

 以前の出来事ですが、匿名のやり取りにおいては、辛いことがありました。

ある時、貴重な市民相談をいただきました。

ただ、残念なことに、匿名メールでの内容で、何とかお応えしようと手を尽くしたのですが、結局、連絡がつきませんでした。

非常に心残りとなっています。

(西宮一市民様、ご覧いただいておりましたら、ぜひご連絡をくださいませ。)

ブログでコメントをいただいていないのも、そんな意味もあるのです。

 ですので、遠くの方でも、実名で意見交換のできるFacebookは、今後の活動にとても役立つものと考えています。

ただ、これって、本当にできる方が限られてしまうんですよね。

もう少し、悩んでみます。

今日は、個人チラシについてです。

西宮市議会議員42名。

正確な数は分かりませんが、個人の市政レポートを定期的に発行している議員は、半数を超えているのではないでしょうか。

皆様の目に触れる機会と言えば、駅前で手渡しをされる、ご自宅のポストに入れられている。

当然、直接、持参される、時には郵送されてくるなんていう場合もあるでしょうが、大体、先の2つの方法でしょうか?

そしてその後、このチラシの運命はと言えば、運良く受け取っていただいても、電車に乗るまでに捨てられる、集合住宅では、ポスト前のごみ箱に、そのまま捨てられてしまう。

そんなケースが少なからずあります。

確かに、皆さんにとっては、一方的な伝達手段ではありましょう。

しかし、申し訳ありませんが、ちょっとお時間を作って、目を通してみてください。

そこには、党派や主義主張を超え、その人なりの至誠が詰まっています。

どうか、出来ればしっかりお読みいただいて皆様の判断材料の一つとしてほしいのです。

議会は不要、議員も不要という方がいます。

定数削減も大事、報酬削減の議論も大事。

でも、その相手を知る数少ない方法を、皆さんご自身が放棄しないでいただきたいのです。

「認識せずして、評価するなかれ!」

私が常に、肝に銘じている言葉です。

僭越ながら、ささやかなお願いでした。

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