Archive for the ‘国政全般’ Category
背景は、こうです。
昨年9月に発表されたOECD(経済協力開発機構)の調査結果によれば、各加盟国の国内総生産
(GDP)に占める公的な教育支出の割合は、加盟国の平均が5.4%であるのに対し、日本はそれを
大きく下回る3.6%にとどまっています。(いずれも09年度)
しかも、比較が可能な加盟国の中では、3年連続の最下位となりました。
公的支出が少ないしわ寄せは、家計に重くのしかかっています。
諸外国に比べて特に家計の負担が重いのは、小学校就学前の幼児教育と大学などの高等教育の
期間と言われています。
幼児教育については、別の稿に譲るとして、高等教育に対しては、家庭の経済状況にかかわらず
誰もが学べる環境を整備することが重要です。
公明党が奨学金の拡充に力を入れてきたのは、そのためですが、返済の必要がない「給付型」
奨学金の導入を急ぐ必要があります。
また、国際競争力を高めるために、大学生らの海外留学を後押しする支援策の強化も
不可欠です。
課題は、やはり、財源の確保である。
GDPに対する教育支出の割合をOECD諸国並みに引き上げるには、年間10兆円規模の財源が
必要となります。
しかし、少しずつでも前に進めていかなくてはなりません。
教育は、100年先の未来をつくるのですから。
教育への投資を増やし、日本の未来を担う多くの人材を輩出していきたいと思います。
こんなご意見をいただきました。
“公明党は、奨学金を返せない人が増えているという課題にどう取り組んでいるのか。
今の世の中には、就職ができる人とできない人がいる。
また、就職をしても長く続けられずに、その後、不安定な職に就いてしまうとか、そのまま仕事を
ずっとできないとか、そういった人たちが増えている。
この状況の中で、返せない人というのが出てきているのじゃないか。“
全く、ご指摘の通りです。
ただし、私たちは、この現実的な課題とともに、教育全般の問題としても考えています。
具体的な政策は、次のことを目指しています。
1つに、奨学金制度をさらに拡充すること。
大学生、高校生のための給付型奨学金制度の創設と無利子奨学金や返還免除制度など
奨学金制度の拡充を図ります。
2つに、海外留学の促進。支援制度も拡充すること。
高校生、大学生の海外留学を大きく促進します。
高校生留学支援金や給付型の留学奨学金の対象枠を大幅に拡大するなど、公的留学支援制度を
抜本的に拡充します。
また、卒業後の就労支援を含む生活支援を充実させます。
さらに、補足として奨学金の延滞金利(10%)の見直しを進めます。
学生支援機構から借りたローンの返済の延滞金について高すぎる問題も改善させます。
参議院は、「良識の府」と呼ばれるのと同様に、「再考の府」としての役割を、憲法では想定されている。
つまり、第一院である衆議院の行き過ぎを修正し、過度の権力の発動を抑えるために強い権限が
与えられている。
さらに、二院制であることにより、多様な民意を反映させることも想定されている。
確かに、かつて自民党が圧倒的に強かった時代。
参院は、衆院の決定を追従するだけの存在に過ぎなかった。
しかし、その自民党が、1989年に参院選で大敗したのち、与党が過半数を取れない、いわゆる
「ねじれ国会」が出現した。
その流れの中で、参院は、どんどん独自性を強め、衆院の決定に影響を与えてきたのである。
そして、今では、2大政党化の進展とともに、参院の影響力が、あまりにも強くなりすぎたとの感が
ある。
特に、野党は、「ねじれ国会」を利用して党利党略に走り、必要以上に政局を作り出そうとしている。
その結果、政策の決定に無用の時間を費やし、「決められない政治」に国民の失望感が
高まることとなったのである。
もう1度、本来の役割に戻さなければならない。
だからこそ、次の参院選では、政権与党が安定勢力を勝ち取ることが重要だ。
ただし、本来は、ねじれ状態があろうが無かろうが、政治家も国民の側に立った責任ある対応を
するべきである。
参議院議員には、解散もなく6年間の任期が保障されている。
憲法の原点に立ち返り、「再考の府」にふさわしい丁寧な政策審議を国民は願っている。
先日、参院では、環境委員長の解任が行われるという異常事態が起こった。
憲政史上初のことであり、「良識の府」とされる参院において、汚点となる歴史を残したと
言わざるを得ない。
報道にある通り、その理由は、「許可された海外渡航期間を勝手に延長し、委員長という立場で
ありながら、委員会の開催を放棄したことは許されない。」というものである。
もっともらしい話だが、この背景は、それほど単純なものではない。
そもそも、今回の渡航は、今、関係がギクシャクしている隣国中国で、元外相たちが集まるアジア
国際会議が開催されることとなり、かつてその任にあった委員長に特別に許可されたものであった。
日本の国益を考えると、大変に重要な任務であった。
ところが、渡航後に、中国要人との対話のチャンスが訪れた。
しかし、その日程は、許可された期限の翌日であったことにより、委員長は日本の国益を考慮し、
滞在延長の許可を求めた。
にもかかわらず、野党はそれを認めず、帰国後、事情説明と謝罪を行った委員長を、問答無用と
ばかりに解任をしてしまったのである。
この判断の中に、参院の良識は、どこにあるのであろうか。
本来の渡航目的として、“日本の主張を政府だけでなく国会も行おう”と認めたのではなかったか。
そして、それが何よりも日本の国益にかなうと判断したのではなかったか。
まるで、正反対の行動ではないか。
そこには、自分たちの存在感を示したいという野党の党利党略が透けて見えてくる。
「決められない政治」の復活を見る思いがする。
今、参議院は不要だ、一院で十分だと言う人がいる。
確かに、今回の出来事のようなことが続くとなると、反論することは難しい。
だが、果たして、そうなのだろうか。
次回は、本来の参議院のあるべき姿を考えてみたい。
アメリカは、日本よりも改正要件は厳しい。
それでも、憲法の改正が何度も行われてきたのは、その内容の論議を国民とともに充分に
尽してきたからではないか。
逆に、我が国の国民には、自民党を始め改正勢力の憲法案の条文がどのように変わっているかの
情報など、あまり伝わっていないと思われる。
1つ、例を挙げてみる。
現行憲法では、国民の義務とは3つしかない。
つまり、納税、教育を受けさせる義務、勤労の義務である。
ところが、自民党案では、それは実に10を超える。
前回も述べたとおり、憲法は、決して個人を縛るための法ではないのである。
彼らには、国民に対して、どこをどのように変えたいのか、なぜ変えたいのかを説明する責任が
あると思う。
その上で、改正のために必要な本来の3分の2を超える勢力を作り上げればよいのである。
先進国と言われる国で、憲法改正をするためにその手続き要件を下げた国などない。
最後にもう1点、彼らの中には、“要件を下げても、それだけで改正は出来ない。
国民投票が待っている。
改正に反対する連中は、国民を信じていない人たちだ。”と言う人もいる。
もっともな言い分のようだが、しかし、これは詭弁だ。
国民投票の要件に、投票率は考慮されない。
投票に行く人が何人であろうと、その時の過半数を制すればよいのである。
その時々の風で、政治体制が大きく変わる「振り子現象」が起きることは、今までに何度も
実証されてきた。
そして、そのことが、日本政治の停滞の原因となってきたと指摘する人は多い。
人間は時として、熱に浮かされたような判断をすることもある。
そのことを防ぐために、あえて要件が厳しくされていることを忘れてはならないと付け加えて
おきたい。
良識ある論戦を、切に願うものである。
本日は、市内にて、山本かなえ参院議員も参加して、憲法記念日街頭演説会を行った。
昼時のお忙しい中、多くの聴衆も集まっていただいた。
やはり、この憲法改正論議に対する皆様の関心の高さを感じる。
さて、公明党は、かねてより、未来志向で、環境権などの新たな理念を「加憲」するのが、
最も現実的で妥当な考え方であると主張してきた。
時代に合った憲法の改正について、活発に議論すべきなのは、大いに賛同する。
ところが、今、この憲法改正論議に違う観点が持ち込まれている。
それが、96条の先行改正論である。
公明党は、この96条だけを取り出しての改正は、国民が判断に迷うのではないかと改正には
慎重である。
今回は、皆さんと一緒に、この問題を考えてみたい。
そもそも、私は、このことを主張する勢力に率直に問いたいことがある。
それは、なぜ憲法は、国家の最高法規として尊重されているのか、なぜ、硬性法として
意義づけられているのかを、本当に理解されているのだろうかという疑問である。
憲法学者の中には、このように言う人がいる。
“憲法は、その内容を改正できることと定めている。
しかし、その改正の手続きを定めた条項を改正することは、憲法の想定外である。”と。
法理論として、実によく理解できる。
なぜならば、憲法とは、個人の基本的人権を守るために国家権力を制限するために作られた
法だからである。
公共の福祉のために個人を制限する法と、個人の尊厳を守るために為政者を制限する法。
憲法が国家の最高規範として定められる理由は、まさにこの1点にある。
すなわち、為政者が己の意を通すために、改正要件のハードルを下げることは本来の趣旨を
逸脱することになると思われる。
一般法と同様の手続きで改正が可能となれば、もはや最高法規の価値はない。
公明党が、改正すべき内容の議論を後回しにして、改正手続きのみの議論に固執することは、
唐突すぎると訴えている通りである。
このたびの区割り改定法案は、昨年11月に成立した改正公職選挙法に基づき、衆院小選挙区の
区割りを改定するものであり、この改正法と一体と言えるものです。
もう1度繰り返しますが、この改正には民主党も賛成しました。
ところが、今になって区割り改定法案に反対姿勢を示しているのは、どう考えても理解できるもの
ではありません。
何度も裏切られたこの党の本質とは言え、わずか4カ月余りでの方針転換は、ご都合主義では
済まされません。
ちなみに民主党は「0増5減では不十分」として、小選挙区30、比例区50の定数削減を主張して
います。
しかし、各党がそれぞれの主張を持ち寄って議論した結果、各党協議がまとまらなかったから、
昨年の衆院選は1票の格差が是正されないまま実施されることになりました。
これも、本来であれば、時の与党である民主党の責任が問われるところです。
こうした「決められない」国会の姿勢が司法に糾弾されているのであり、同じ轍を踏むことは
もう許されません。
そんな中で、この議論を放棄すればどうなるでしょうか。
新たな格差是正案で、各党が合意するめどなど全く立っていません。
仮に何らかの形で与野党が合意できたとしても、そこから区割りを見直して新たな改定法案を
成立させるには相当の時間がかかり、その間は、ずっと違憲状態が放置されることになります。
だからこそ、定数削減を含む選挙制度の抜本改革とは切り離し、まずは「0増5減」の区割り改定
法案を最優先で成立させるべきなのです。
何よりも自分たちで決めたのですから。
決められない政治を続け、結果的に何もできないとなれば、国会の責任放棄に等しい。
立法府が司法から突きつけられた課題に即答しなければ、政治は信頼を取り戻せなくなってしまう。
民主党を始め、良識ある各党の対応を願うものです。
最後に、残りの論点にも少しふれておきたいと思います。
衆議院の定数削減は何としても、今国会で結論を出さなければなりません。
特に、昨年末に国民の前で約束した自民、公明、民主3党には、その与野党合意をリードする
責任があります。
さらに、定数を削減しながら、民意(得票率)と議席数の乖離が大きすぎる現行制度の弊害を
修正することも大変重要だと考えます。
公明党は、どこよりも早く、国会議員のムダの削減に率先して取り組むとともに、人気投票の様相を
呈する小選挙区制度の見直しについても、何度も提言を行ってきたとの自負があります。
国民との約束を果たすため、各党は歩み寄るべきであるし、各政党間で幅広い合意ができるよう、
私たちはこれからも努力してまいります。
今回は、頂いたご質問にお答えします。
「政府与党が提出した衆議院の区割り改定法案(いわゆる0増5減)の成立を急ぎ過ぎている。
公明党は、定数削減の議論から逃げているのではないか?」とのご質問です。
しかし、これは全く違います。
確かに多くの野党の主張するところではありますが、そもそも選挙制度改革には、大きく分けて
論点が3つあります。
それをあえて、混同させることによって、ためにする批判に振り回されてはならないと考えます。
さて、その3つの論点とは、1つに1票の格差という違憲状態を是正するための0増5減、
2つ目に議員の定数削減、3つ目に選挙制度の抜本改革のことです。
歴史とともに、振り返ってみましょう。
政府は12日、衆議院の小選挙区(現行300選挙区)の区割りを「0増5減」して、1票の格差を
2倍未満に抑える区割り改定法案を閣議決定し、国会に提出しました。
それは、違憲状態の解消は、与野党を超えた国会の責務だからです。
速やかに成立させるのは、当然すぎる話です。
司法は1票の格差が2倍を超える衆院小選挙区に対し、厳しい判決を繰り返しています。
昨年の衆院選に対する高裁判決では、全ての訴訟で「違憲」もしくは「違憲状態」と判断され、
戦後初の「選挙無効」判決まで下されました。
1票の格差是正は、もはや“待ったなし”なのです。
しかし、実はこのことは、今に始まったことではありません。
2011年3月、最高裁は、2009年の衆院選を「違憲状態」とした判決を下しました。
本来、その解決に全力を尽くすべき、時の政権与党である民主党は、この違憲状態を
放置しました。
だからこそ、私たち公明党を始め、国会では多くの議論を積み重ね、2012年の11月に
格差の緊急是正措置として、時の与党である民主党やみんなの党なども賛成し、選挙制度改革法を
成立させたのでした。
再び、先送りをさせるわけにはいきません。
一刻も早く、衆院小選挙区の「1票の格差」を是正し、違憲状態を解消しなければならないのです。
公明党の進める経済再建への切れ目ない15ヶ月予算、すなわち2012年度補正予算と
2013年度予算。
その中に盛り込まれた女性とこどもを守る数多くの政策。
今回は、その代表的なものをまとめて、改めてご紹介します。
まず、最初は、3ワクチンの定期接種化が実現したこと。
詳細は、別に書きましたが、子宮頸がん、ヒブ、小児用肺炎球菌の3ワクチンの接種が、
予防接種法に基づく定期接種に追加されることとなりました。
これで、感染症対策が大きく前進することになります。
次は、妊婦健診の公費助成が恒久的な制度に変わります。
従来は、妊婦健診の公費助成は、毎年の補正予算による基金を利用した制度でした。
安全な出産のためには、妊婦健診がとても重要です。
しかし、1回あたりの費用の負担が重く、健診を受けずに産気づいて初めて病院を訪れるなど、
厚労省の提唱する14回程度の健診には届かないという課題がありました。
公明党は、健診の公費助成の拡充に取り組み、2007年には5回を、2009年からはついに
14回に引き上げられました。
その制度が恒久化されることで、安全の出産に大きく前進します。
さらに、働きたい女性を応援する「マザーズハローワーク」の拡充です。
本市では、昨年10月にオープンしましたが、全国的には、まだまだこれからです。
仕事と育児の両立を支援するため、例えば、育児休業取得や短時間勤務の促進など、
企業への啓発活動の予算も含まれています。
さて、育児は、女性だけの問題ではありません。
男性にも支援をしていく必要がありますので、その内容も確かに盛り込まれています。
公明党は、これからも女性とこどもを守るため、全力で頑張ってまいります。
先般、成年後見人が付くと選挙権を失う公職選挙法の規定は違憲で無効とした東京地裁判決に
対し、政府が控訴を行った。
実に残念な判断だと言わざるを得ない。
成年後見制度は、それまでの禁治産制度を根本的に見直し、1999年の民法改正により設けられた
ものだ。
具体的には、病気や高齢で判断力の衰えた人に対して、法的な権限を持ってサポートする
「後見人」が本人に代わって、財産管理や福祉サービスを受けるための事務処理を行うものだ。
制度の目的として、自己決定の尊重、残存能力の活用及びノーマライゼーションという障がいが
あっても誰もと等しく生きることができるようにとの理念に基づいて、定められたものだった
はずである。
選挙権は、国民主権と議会制民主主義の根幹をなす、もっとも重要な国民の権利である。
後見される立場になったからと言って、民主主義社会の一員として最も大切な権利を奪っては
ならないと思う。
調査によると、20歳以上の精神障がい者は、305万人に上り、認知症高齢者は2015年には
345万人に達するとされている。
成年後見制度の果たす役割は、ますます重要になってくる。
今回の判決の中では、成年後見制度とは本人に財産管理ができるかどうかが一つの判断基準に
なっており、その能力と選挙権を行使する能力とは、異なっていると、明確に指摘されている。
選挙制度と趣旨の異なる成年後見制度を混同して、成年被後見人から一律に選挙権を
奪うことは、確かに憲法14条等に反する疑いが強い。
政治の責任で、被後見人の選挙権の回復のため、早急に研究・検討を進めるべきだ。
そして、政府には、制度の利用者から投票権を奪ってきたという事実を、更にこのたびの判決の
重みを、厳粛に受け止めてもらいたい。