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カテゴリー(人間の中へ)

 この4月2日、私たちの機関紙である公明新聞は創刊50周年を迎えました。

愛読者の皆様、そして関係者の皆様に心より感謝を申し上げます。

 

 公明新聞は、1962年(昭和37年)4月2日、公明党の前身である公明政治連盟の機関紙として、創刊されました。

 政党機関紙としては珍しい日刊紙としての存在が、同じく日本の政治史では例を見ないネットワーク政党の構築にどれほど貢献してきたことか。

 公明党の結党前後、当時は、自民党と社会党が冷戦を背景にそれぞれの主張をぶつけ合い、庶民が置き去りにされていました。

 そんな中、政治に「福祉の充実」という考えを初めて取り入れ、「保守か革新」かという旧来の対立軸を転換させる大きな武器となりました。

公明新聞が、全国を勇気づけ、大きな支えとなってきたことは紛れもない事実です。

 

 公明新聞には、2つの大きな役割があります。 

一つは、公明党の日々の活動や政策、主張を正確に分かりやすく伝えること。

 

もう一つは、庶民・国民の立場に立って、日本の進むべき方向性を提示していくこと。

 

 公明新聞には、国政だけでなく、私たちのような地方議員の取り組み、そして何よりも党員、支持者の皆様の直接の声が、思いが随所にちりばめられています。

 掲載されている議論は、まさに、地域の常識、素朴な疑問が生かされています。

 そして、その記事や論議によって、これを読んで下さった皆様とともに、また現場での対話に生かされていくというネットワークの取り組みが展開されることになります。

  

 だからこそ、私たちは、これからも「現場に根ざす」、「ネットワークを生かす」という機能を政治の中で、存分に発揮してまいります。

ご購読をいただいている皆様に、重ねて、心より御礼申し上げます。

 先日、子育て中のお母さま達と懇談をさせていただく機会があった。

こういう場に参加できることは、本当にありがたい。

 聞き役に徹し、皆さんの期待と課題を全力で受け止める。

褒めていただけることもあれば、厳しくお叱りをいただくこともある。

とても疲れることであるが、私が、一番大切にしたい時間だ。

 

 今回も、話題は万般にわたった。

 子どもたちに対するワクチン行政の課題、学校給食の問題、保育行政の課題、はては、介護環境の課題から、西宮市の将来像まで。

 お話は尽きない。

当初の予定時間をオーバーして、3時間近くがあっという間に経っていた。

 この方たちの思いを誰が伝えるのか?

私たちの責任は、あまりにも重い。

 

 「大衆とともに」の立党宣言から50年。

一貫して、私たち公明議員は、市民相談に力を注いできた。

 そして、市民の皆様から直接いただく現場の声が、私たちのパワーの源となってきた。

 ある先輩いわく、“市民相談は、市民早談でなければならない。”

 

 どこよりも早く、だれよりも真剣に。

予算審議の始まる定例会開会の日に、もう一度、この決意に立って。

 本日、ある方から情報をいただき、自閉症の息子さんとともに生き、地域に支援の輪を広げてこられた著名な先生のセミナーに参加した。

 テーマは、「ありのままの子育て、自立への子育て」

 冒頭、“すべての人には意思がある。支援とは、意思の代行から意思の決定へ”と語られた。

すごい言葉です。

今では、確かに当たり前の言葉かもしれない。

 しかし、この一言のために、今までどれほどのご苦労をされてきたことか。

 

 この間、障がいのとらえ方も大きな転換がなされた。

いわく、医学モデル(障がい者本人が変わる)から社会モデル(社会が変わる)へ。

 私たち公明議員には、叩き込まれてきた一つの哲学があります。

課題の解決にあたって、変わるべきは、自分自身であり、相手や環境ではなという思想。

 「相手が悪い、周りが悪い、厳しい今のこの環境を変えてやろう」と、状況を嘆き、もがけばもがくほど、もつれた糸は余計に絡まる。

 

 一流と呼ばれる人は、皆、無意識のうちに、共通して実践されていることを切に感じる。

先生が一番大切にされてきたこと。

“人が好きになる子に育てること”

 人に好かれようとして行う振る舞いは、結局、大きな軋轢を生む。

 しかしながら、自分自身が変わって、相手を好きになって起こした振る舞いは、遠回りのようでも、結果として周りをも変えていく。

 

 あっという間の、2時間であった。

そして、自身の生きざまを、改めて突き詰められるご講演であった。

 少しでも、皆様の心に寄り添い、お役にたてるようになってまいりたい。

関係の皆様に、心より感謝を申し上げます。

 年始より続いていた新年行事が、ほぼ終了。

 その悼尾を飾るような形で、去る13日、公明党県本部主催の新春年賀会が、山口代表出席のもと、多くのお客様を迎えて、神戸市内において盛大に開催された。

 

 “増税の前に、まず歳費削減、定数削減と、身を切る改革をすべし。”

この先駆を切ってきたのが、我が党の誇り。

 議員定数の削減についても、1票の格差の問題で、憲法違反との意思が明確にされていることも考え、選挙制度の抜本改革とともに行うことが筋であると主張してきた。

 

 一方、同日には、内閣改造が行われた。

ある全国紙の調査では、改造内閣の支持率は、下落して37%だとか。

 内閣を改造したにもかかわらず、支持率が低下するなど、あまり聞いたことがない。

 総理の言う改革は、「小手先の改革」、「増税の交換条件としての身を切る改革」、いわば口先だけの改革だと見破られているに等しい。

 

 さあ、いよいよ我らの地域ネットワーク力を発揮する時だ。

これからも、街頭に立ち、現場で皆様のお声を聞きながら、足元から政治を変えてまいりたい。

 4日は、仕事始め。

年末からの継続処理の仕事や、あいさつ回りに余念なく動き回っている時でした。

 

 控室に、1本の電話が。

「○○町のMです。担当議員と連絡を取りたい。」と。

 それは、私であり、折り返し、ご連絡をすると、「とにかく、あなたに会いたい。すぐに来てもらえないか。」と、何度も希望される。

 仕事初日であり、スケジュールが詰まっていたことは間違いないが、何かあれば、すぐに駆けつけるのが、私たちの心情。

 “どんな緊急のご依頼かな?”、“私に対応できる問題かな?”と考えながら、呼ばれた先は、とある病院。

 案内された病室で、御面会させていただいた。

 「私は、ある病になってしまった。健康の必要性を誰よりも痛感している。そう思えば、なんとしても、あなたに会っておきたくなった。」と。

 そこからは、息子に語りかけるように、「体を大切にしなさい。」、「あなたは、真面目すぎる。人に利用されないようにしなさい。」等々。

細々とした人生訓を教えてくださった。

 そして、「自身の生命ある限り、あなたのことを語ってあげるから、頑張れ。」と。

 もう、お返しする言葉が見つからず、ただただ、「御心を強く、これからも私を励ましてください。」とお願いするしかありませんでした。

 

 本当は、何か頼みたかったことがあったのでしょうに、私の顔を見ると励まさずにはいられなかったMさん。

 こんな無名の戦士に守られている、私たちの有り難さよ。

年頭にあたり、いやまして、自身の感謝の想いが深まった。

 新たな決意で頑張ります!

本年、辰(たつ)年は、必ず皆様のお役にたつ年と決めて。

これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

 今日は、ある環境ボランティア団体の皆様の納会でした。

 13年前に、中心者の方が、地域貢献のため、たった一人で始めた清掃運動をきっかけに、今では、市外の協力者もいただき、大きなうねりとなっておられます。

称賛を求めない、そのお人柄に、返って賛同者が現れてくるのでしょう。

本年は、県からも表彰をされました。

 
 私が参加をさせていただくようになって約1年。

暑い日も、寒い日もありましたが、いい思い出を作らせていただきました。

 

 本日は、この場を借りて、感謝の思いのままに、少しだけ紹介させていただきました。

(しかしながら、お名前を出すことを決して望んでおられないような気がしますので、敢えて書いておりません。)

1年間、本当にありがとうございました。

 これからも、一市民として、一緒に汗を流させていただければと思いますので、よろしくお願いいたします。

 

 あ、それと、頂戴しました豚汁、大変おいしかったですよ。

ごちそうさまでした。

 本日、お隣の尼崎市で開催された「東日本大震災・復興支援フォーラム」に参加してきました。

 その理由は、この会の主催者である、私が大変にお世話になっている方からお誘いをいただいたこと。

 また、パネラーとして参加された方をよく存じていたこと。

 そして何よりも、特別ゲストとして、あの南三陸町で生き抜き、仮設住宅生活を送りながら、保健師として、日々頑張っておられる方が、その活動を語ってくださると聞いたから。

 
 その方が、語ってくれた貴重な体験は、高齢化率約3割の町の中で、地域の力を結集し、認知症サポーターを人口の1割にまで押し上げた中での被災だったこと。

地域の力、民間の力に支えられて今まで来たこと。

 その一言、一言は、実にこれからの街づくりのために、大いに学ばせて頂けるものでした。

 
 日常の積み重ねが重要。人のつながりが大きな力になる。

そのためには、まず地域に出向くこと。

 私が、感銘し、決意したその言葉を、最後にご紹介します。

“小さな出会いを大切に。
小さなところからつながっていく。
つながったら、広げていく。
そして、つながったら、その手を離すな!”

 今日も、元気いっぱい街頭に飛び出しています。

大型スーパーの傍での一コマ。

若者5人組が自転車で通りがかって、一言。

「誰も聞いてへーーん。アホや、こいつーー。」

どうも、ありがとう。確かに、天気が下降気味で人通りはなかったなあ。

でも、誰も聞いてくれていないわけではないですよ。

少なくとも、あなた達が聞いてくれています。

真剣な姿を見せることを、格好悪いとする風潮があるそうです。

あなた達もいつかは、社会に出るでしょう。

社会には、一見、無駄に思えることも多いです。

バカらしいと思うこと、実は、そんな小事が大事だということに気づく時があります。

そんな時に、思い出してくれれば本望です。

 また、別の一コマ。

かわいいお子さんが、「おじさん、ノド渇いてなーーい?」

小さな手で、お水を一杯、差し出してくれました。

近くでお母さんが、「そんなぬるい水あげて。冷えてなくてごめんなさいね。」

いえいえ、本当にありがとうございます。最高においしかったです。

 だから、街頭はやめられない。

 本日は、アメリカ同時多発テロから10年、そして東日本大震災から6ヶ月。

犠牲となった方々に、追悼の誠を捧げますとともに、ご遺族並びに被災された皆様に

心よりお見舞い申し上げます。

 私自身にとっては、議員となってちょうど3ヶ月目を迎えた。

よく言われることに、立場が変わったならば、最初の3ヶ月が勝負と。

そこで勢いが出せるか否かにより、その後の人生すら決めてしまうと。

 自身を振り返ってみれば、不安いっぱいの中、初議会にて質問に立った。

もっともっと勉強したいと、先方との交渉の仕方も分からず、手探りしながらの状態で、

県外への研さんに一人で出かけた。

 また、広宣の活動では、平均して3日に1回の割合で、街頭に立った。

ホームページを開設し、ブログを始め、個人の市政報告も作成した。

この夏は、そのチラシを持って、1日200軒のあいさつ運動を今も続けている。

 精一杯、走り続けてきたつもりだが、果たしてこれが公明議員の理想の姿かどうか、

いつも自問自答の日々である。

 評価は人が決めるもの。

私は、これからも、人間の中へ。

そして、自己革命の道をまっすぐに。

 先日、ある企業を訪問させていただいた。

ご担当者より、「あなたの活動ぶりは、家内から詳しく聞いていますよ。」との嬉しい一言。

しかしながら、奥様には、当然、面識はありません。

訝る私に、「正確には、家内の友人からですけどね。」と。

そのご友人のお名前を伺ったが、ますます存じ上げない。

不思議なこともあるものだと感じながら、ご挨拶を済ませ、その場を辞した。

 後日、御礼のため、ご紹介いただいたK様に連絡を取り、その事情を伺うことができた。

聞けば、ご担当者ご夫妻とK様は共通のご友人。

そしてK様は、かねてより公明党を応援してくださっている方。

そのことを知っておられたご夫妻が、奥様を通じて、私のことを聞いてくださったらしい。

「それで、あなたの活動を調べて、報告してあげたのですよ。」とK様より。

その真心に、感謝は絶えない。

 先日、私たち議員間のチーム力をご報告しました。

しかし、その輪は、それだけに止まらず、支援をいただくこんな身近にもありました。

いや、きっとこちらが気付いていないだけで、私たち議員は、その何倍、何十倍もの輪によって守られているに違いない。

これからも、そんな皆様に恥じない活動に取り組んでまいりたい。

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