アメリカは、日本よりも改正要件は厳しい。
それでも、憲法の改正が何度も行われてきたのは、その内容の論議を国民とともに充分に
尽してきたからではないか。
逆に、我が国の国民には、自民党を始め改正勢力の憲法案の条文がどのように変わっているかの
情報など、あまり伝わっていないと思われる。
1つ、例を挙げてみる。
現行憲法では、国民の義務とは3つしかない。
つまり、納税、教育を受けさせる義務、勤労の義務である。
ところが、自民党案では、それは実に10を超える。
前回も述べたとおり、憲法は、決して個人を縛るための法ではないのである。
彼らには、国民に対して、どこをどのように変えたいのか、なぜ変えたいのかを説明する責任が
あると思う。
その上で、改正のために必要な本来の3分の2を超える勢力を作り上げればよいのである。
先進国と言われる国で、憲法改正をするためにその手続き要件を下げた国などない。
最後にもう1点、彼らの中には、“要件を下げても、それだけで改正は出来ない。
国民投票が待っている。
改正に反対する連中は、国民を信じていない人たちだ。”と言う人もいる。
もっともな言い分のようだが、しかし、これは詭弁だ。
国民投票の要件に、投票率は考慮されない。
投票に行く人が何人であろうと、その時の過半数を制すればよいのである。
その時々の風で、政治体制が大きく変わる「振り子現象」が起きることは、今までに何度も
実証されてきた。
そして、そのことが、日本政治の停滞の原因となってきたと指摘する人は多い。
人間は時として、熱に浮かされたような判断をすることもある。
そのことを防ぐために、あえて要件が厳しくされていることを忘れてはならないと付け加えて
おきたい。
良識ある論戦を、切に願うものである。