私たちが日々、過ごしている環境。
例えば、宇宙があり、銀河系があり、地球がある。
そしてその地球には、幾多の時間をかけて、知的生命体が誕生した。
これを説明するにおいては、この事象は、奇跡のような確率で偶然起こったのであり、その理由は、
これからの研究で全て解明されていくという考え方を、普通は学ぶ。
一方、宇宙の姿を少なからずも説明できる生命体は、人間しかいない。
宇宙を観測し、解説できる生命体、すなわち、人間がいなければ、宇宙はなかった。
つまり、宇宙は、自己の存在を証明するために、人間を誕生させた。
今、現実に存在する人間を中心にして、すべてが適合するように、地球ができ、太陽ができ、
銀河が出来たという考え方。
「人間原理の宇宙論」と呼ばれる理論の一端である。
この考え方を突き詰めると、当然、宇宙は一つではなくなる。
そこに知的生命体たる人間がいる限り、宇宙は多重に存在することになる。
まさに、逆転の発想である。
話は、ガラッと変わる。
豊富な魚介類を中心に、一人でも多くの観光客を呼び込みたい道の駅。
ある時、そのトップが、外に向かって発言する。
「海の荒れた時は、魚の入荷が減り、高くなるから来なくていい。どうぞ、穏やかな海の日が
続いた時に来て下さい。」と。
その心は、足を運んできてくれるお客様に、損をしたと思わせたくないから。
いい買い物が出来たと喜んでいただきたいとの逆転の発想。
今、全国屈指の売り上げを誇っているとのこと。
“視点をどこに、誰に、置くのか。”に、人の姿勢が表れる。
国会論戦が、始まった。
「重要性は認めるが、バラマキではないか。」
批判する野党の大合唱。
反対することに、その存在意義を見出そうとするなら、もはや存在する理由はない。
そこに、“人間”の視点はあるか。