29日に、参議院にて、野田総理の問責決議案が可決した。
その後、知人や、地域有力者、企業のトップの方より、次のように、お声をいただく場面が増えた。
いわく、“公明党は、筋を通した。感銘した。”
また、“潔かった。らしい対応だった。”と。
決まってこんなときは、正直、戸惑ってしまいます。
もちろん、ご評価いただいたことは素直にうれしい。
しかしながら、「約束を守る。」、「筋を通す。」は、ある意味、政治家としては、至極当然のこと。
当たり前のことについて、改めて、褒めていただく。
これって、単純に喜んでいいことなのだろうかと。
逆に、“素人集団のような政治家”になるなとお叱りをいただいているような気分になってしまう
のです。
今回、党として大事な決断を下しました。
判断の理由は、一つに、7野党が自分たちの提出した決議案に固執したこと。
その中身は、3党合意を非難し、社会保障と税の一体改革を否定するものであったこと。
ただし、今の政権運営は、あまりにもひどく、問責に値することは間違いない。
よって、一体改革の前進のため、一貫して筋を通したのです。
どこよりも、公党としての約束である3党合意を貫いた姿勢に、“3党合意は反故になった”など
という批判は、全く当たらないことを、明言しておきたいと思います。
政府は、「近いうちに信を問う」約束をしっかり守るべきだ。
反対することは、簡単だ。
そして、何かを毀すことなど、誰にでもできる。
思えば、この1年、民主党は、ただただ増税したいの一点張りでした。
片や、自民党は、選挙に不評な増税は、自分たちの時にはやりたくない。
だから、嫌なことは民主党政権にやらせて、とにかく1日でも早く、総選挙に持ち込みたいとの
姿勢でした。
どう考えても、分かり合えるはずのない状況に、両党と粘り強く交渉を重ねて、対立から合意へと
いう流れを作ったのは、公明党でした。
今、日本には、多くの政党が存在している。
しかし、この『結びつける力』、『結び合う力』を持った政党は、公明党しかいないというのが、
私たちの確信だ。
ある方の談話に、“公明党が金メダル、民主は銀、自民は、銅メダル以下”と。
この先、衆院選がいつ実施されるかは、誰にもわからない。
予想では、どの政党も単独で過半数を取れるところはないであろうとのことだ。
これ以上、国民不在の時間を費やす余裕は、この国にはない。
公明党だからこそできる!
各党を結びつけ、国のかじ取りができる力を最大に発揮してまいりたい。
まず、問責決議の行方を注視していきたい。
かつて、自分の不手際を棚に上げ、“原発は自公政権が推進したものだ”と盛んに責任転嫁をしていた総理がいた。
いつものことながら、ためにする批判であり、事実ではない。
自公政権の発足は、13年前。
この間に稼働した原発は、わずか数基。
全国に50基存在する原発政策の歴史は、すでに40年以上も前から始まっています。
私たちは、子供たちの命と健康と未来を守るために、「原発ゼロ社会」の実現に、全力で取り組んでいます。
公明党は、政党として初めて、福島第一原発を視察しました。
現状をしっかりと学んだうえで、①原発の新規着工は認めないこと、②改正原子炉規制法に、
原子炉の最長運転年齢を運転開始から40年で廃炉にすることを盛り込ませるなど、責任ある政治を
進めています。
“原発をなくせ!”と、全国民を巻き込みながら、各地でデモ等が行われています。
しかし、このスローガンの意味を、皆が正しく理解されているのか、疑問があります。
原発の運転を停止する。そのことが、即安全だとはならない。
なぜならば、原発が事実上そこにはなかった状態にする、すなわち廃炉には、運転停止から
約30年という長い期間がかかる。
つまり、その間は、止まってはいても原発は無くならないのです。
あの大惨事となった福島原発も、稼働中ではなかったと言われています。
廃炉までの期間、技術者を育成し、安全に管理する技術を継承していかなければならない。
この瞬間も、誰かが必死で守ってくれているのです。
“とにかく停止させれば、問題がすべて解決するのだ”という論調には、賛同できない。
だからこそ、私たちはそこに歯止めをかけた。
責任を押し付けるための犯人捜しをするのではなく、また、感情をあおるような主張を繰り返すこともない。
現実を見据え、今、考えられる安心・安全のための明確な基準を作った。
原子炉の寿命を40年と決めることにより、少なくとも2030年には、今ある原発の約3分の2が
廃炉となる。
そして、この与えられた時間を使って、省エネルギー、再生可能エネルギーの推進に全力を注ぐ。
また、代わりとなる火力発電には、技術開発を進め、ムダのない発電に取り組む。
「原発ゼロの日本」を作るため、公明党は、各種エコポイント制度の創設などの省エネ対策、
新たな原子力の規制を担う「原子力規制委員会」の設置など、多岐にわたる実績を残してきました。
これからも、「口先だけではない実現力のある政治」に取り組んでまいります。
この15日を中心に、全国では、公明党の終戦記念日街頭演説が行われた。
そして、私もまた、自身の責任において、恒久平和への決意を述べさせていただいた。
67回目の終戦記念日を向かえた本年、改めて戦争犠牲者の皆様方に、心より哀悼の思いを伝えさせていただきました。
さらに、平和の党・公明党の一員として、核兵器廃絶に向けて、自身のできることに全力で戦っていくことを、お誓い申し上げました。
今月下旬には、議員研修のため、平和原点の地、広島を訪問する予定です。
今、日本では、戦争や被爆の体験が風化されてきているとの指摘があります。
これまでにも何度も訪れてはいますが、私自身が、戦争の悲惨さを語り継ぐ努力をさせていただく
ために、率先して学んでまいります。
余談ですが、演説の最中、一人の大変聡明そうな女性が、私に激励の声をかけてくださいました。
その方は、通り過ぎながら、私どもの機関紙をさりげなく見せてくださり、“頑張ってください。”と、
一言。
夏休みの期間中でもあり、たまたま、この地にお出でいただいたのでしょうか。
立っているだけで、汗が噴き出す中、爽やかな風を送ってくださいました。
本当にありがとうございました。
この場をお借りして、御礼申し上げます。
さあ、暑い夏以上の、熱き戦いが、いよいよ始まる。
更なる拡大に、走り抜いてまいります。
世論調査の結果が、政治を大きく左右することになって久しい。
確かに、このたびの一体改革法案成立までの中でも、ずいぶんと“世論に背くつもりなのか”と、
辛いご指摘をいただいた。
何かの政策課題において、人々の意見の傾向性を知るうえで、「世論調査」が有効な手法であることは、間違いない。
実際に、マスコミは、社論を報道する際には、まず世論調査を行い、その結果に沿った主張が展開される。
そして、その一定の方向性を持った報道が繰り返されることにより、次第に確定された世論として
形成されていく。
その結果、時の政治が、この世論というものに縛られていく。
しかし、そこには、いろいろな課題も存在している。
例えば、よく言われることだが、調査対象者となった人々は、多くの場合が突然であり、テーマに対する知識や関心を持ち合わせていない場合がある。
これでは、その時の雰囲気でしか回答できない。
また、今も主流となっているであろう電話調査は、コンピューターで無作為に抽出された下4桁の
電話番号が使用される。
上4桁の市外局番の選択によって、全国分布においての不公平さはないだろうが、世代間における公平さが保たれているかは疑問が残る。
というのも、多くの若者は、固定電話を使用しなくなっているからだ。
更に、日本の場合は、実施するマスコミによってその手法、質問項目はバラバラである。
対象者は、その機関に好意があれば回答し、そうでない場合は、回答しないケースもある。
すなわち、そのマスコミが持っている本来の方向性に沿った結果しか出ないことも考えられる。
その意味で、このたびの社会保障の改革に、どれほど正確な意見が反映されたのだろうか。
理由も説明されず、“負担増に賛成しますか?”と問われ、イエスと答える人などいるわけがない。
要するに、世論調査は一つの参考とはなっても、その数字を不動の庶民の声として用いることは、本当は危ういという判断が必要なのだ。
以前にも触れたが、世論をも変えようとするぐらいの政治家の気概が必要な時もある。
そして何より、常に直接、庶民の声に向き合い、政策提言を行う大衆政党の存在が、どうしても
必要だと思う。
今月上旬に、エネルギー政策を決めるため、政府は「討論型世論調査」を行ったという。
現場の声を聞こう、そしてそれも、ただ一方的に聞くだけの調査にはしないようにしようという姿勢は、評価できるのかもしれない。
しかし、民主党は、かつて世論の風だけでもって、政権についた。
そうでもしなければ、閣僚や党内をまとめきれない、政策決定能力が欠如している実態をさらしているというのは、考えすぎであろうか。
社会保障と税の一体改革関連8法が、参院本会議にて可決し、ついに成立した。
増え続ける社会保障費の財源の安定確保という難題に、幾多の政局等を乗り越えて「決められる政治」の実現に、大きな責任を果たすことが出来たと評価をしたい。
本日まで、十分な審議を尽くしてきた以上、採決することは当然のことであった。
ただし、本当の戦いは、いよいよこれからだ。
この一体改革法には、増税実施前に行う3つの歯止めが書かれている。
一つに、「社会保障の全体像の具体化」。
二つに、「経済活性化策による景気回復」。
三つに、「低所得者対策の実現」。
公明党は、今までも、それぞれに具体的な提案を行ってきた。
すなわち、「国民会議」の中で、医療や介護を含めた全体像の議論の提案。
インフラの老朽化対策を柱とした「防災・減災ニューディール」の提案。
消費税への軽減税率の導入を始めとした、税制全体の見直しの提案。
私たちは、現場の声を聴きながら、その実現に全力で取り組んでいく。
公明党が、その先頭に立ち、一体改革の完結を成し遂げてまいりたい。
夏のごあいさつ運動の先々で、“このまま、3党合意が破棄され、一体改革法案が通らなかったら、あなたたちは立つ瀬がないでしょう。”とのお声をいただきます。
これについては、少し違います。
いつかも触れましたが、私たちは立つ瀬や立場など関係ありません。
立場が大事なら、他の野党と同様にただただ反対と言っている方が簡単です。
誰からも、批判などされないでしょう。
今の政局を見ていますと、3年前を思い出します。
私たちを始め、多くの野党は、民主党を「野合」と批判していました。
それは、考え方の違う政治家たちが、ただただ政権交代を図りたい、そのためには、実現不可能なマニフェストをでっち上げても、とにかくどんな手段をとってでも、時の政権を倒したいという一点で、集まっていたからです。
このたび、不信任案を提出した中小野党は、これまで、何をもって政策が一致していたのでしょうか。
特に、その盟主となっている政党代表は、かつて政権与党の幹事長として、強硬な増税論者だったではないでしょうか。
立場云々という話であれば、彼らこそがそれに囚われていると断じたい。
全ての判断を世論に託すというなら、政治家は要らない。
対案の無い反対は、無責任のそしりを免れない。
世論をも変えようとする気概こそが、信頼される政治の第1歩となるのではないでしょうか。
私たち公明党は、消費増税の使途の中で、今まで高齢者対策に重きを置かれていた社会保障に子育て支援策を盛り込ませました。
また、増税自体にも、その実施には、多くの歯止めをかけました。
その一つ一つの判断は、多くの庶民との対話の中で生まれてきたものです。
党利党略の批判など、何するものぞと見下ろす次元で戦っています。
「決められる政治」の実現に、国会の動きを注視してまいりたい。
またもや、政局は「決められない政治」の復活。
“政治生命をかける”と野田総理は言いながら、その法案採決を先送りする。
少しでも延命したい、造反も選挙も避けたい、醜い心が皆に見抜かれているのではないか。
政権与党ならば、3党合意の実現に政治生命をかけて取り組むべきです。
3党合意で協力を求めておきながら、「採決を遅らせる。」
ついには、「来年度の予算編成までやりたい。」との報道。
これ以上の水膨れ予算など、誰も望んでいません。本当にひどい政権与党です。
結局、原点無き政党、政治家に、本当の信念などあり得ない。
私たちは、本年9月13日をもって、「大衆とともに」の立党精神宣言から50年。
①団結第一、②大衆直結、③たゆまざる自己研さんという政治家の在り方としての3点を胸に、日々、戦えることがどれほどすごいことか。
現場を知らない議員には、きっと、どこを向いて政治をすべきかが判断できないのだ。
だからこそ、少しでも不利な状況があれば、右往左往してしまう。
そしてその姿が、さらに不信を招いていることに、思い至らない。
本当の政治は、長期的な視野が必要だと思う。
短期的には、負担増であったり、不利益に見えることがあっても、最終的には、何が大衆の利益を守るのか、庶民の暮らしを守るのかの結論を出すこと。
それが、真の政治家の責任だと思う。
いよいよ猛暑の夏の到来。
公明党のロゴマークは太陽。
私たちの出番だ。
自身の立場で、庶民を照らし、社会を照らす戦いに先駆してまいります。
