Archive for 2012年 4月

 少々、遅くなりましたが、第4弾の市政報告が完成しました。

前回よりの、4ページ構成です。

 

 今号は、大きく分けて4点に絞りました

 

 (いつも原稿はたくさん作るのですが、紙面にはまりきらずに、ボツにしてしまうことが多いのです。

6ページ立ても考えておりますが、そうすると気安く手に取ってもらえるだろうかとの兼ね合いで悩んでおります。)

 

 内容のアウトラインは、次の通りです。

①   24年度の一般会計予算と、私たちの取り組みについて

②   3月議会にて採択されました『障害者総合福祉法』制定を求める意見書への取り組みと

  考えについて

③   今、話題となっております『広域がれき処理』問題についての考え方

④   前号で積み残した昨年12月議会での一般質問について

  (地方分権への流れによる国の出先機関の廃止に向けて、ハローワーク機能の拡充について

  取り上げました。)

 

 今号も、読みごたえはあるかと思いますが、お手元に届きましたら、どうぞ、最後までお付き合いください。

 ※市政報告のページでも、ご覧いただけます。

 私にとっての4・24。

今まで、それは、自身の生涯でもって、正義と真実を証明すべき決意の日でした。

 

 昨年のこの日、そこに新たな出来事が加わりました。

多くの皆様の支えをいただき、私を議場へと送っていただいた日。

この日には、皆様に、生涯をかけて、恩返しをする意味が加わりました。

 

 あれから、1年が経ちました。

応援をいただいております皆様、改めて、心より感謝を申し上げます。

 

 多くの方に、声をかけていただけるようになりました。

 最新のSNS(ツィッター、フェースブックなど)、一切使っていない私ですが、つたないこのブログにも、約200名の方が訪れてくださるようになりました。

本当にありがとうございます。

 

 日々いただきます声を、真剣に受け止め、2年目へのスタートの決意とさせていただきます。

 

“民を視ること痛むが如し”-孟子-

 

「我が身をつねって人の痛さを知れ」

 どうやら、消費税増税の審議は、GW明けとなりそうな様子である。

おかしなことである。

政府が閣議決定をして、与党として法案提出も行った。

 ところが、たな晒しのまま1ヶ月が経過しようというのである。

 その上、“議論に応じてくれない野党は不思議だ”と、その責任を野党に押し付けるに至っては、「政治生命を懸けて」という発言そのものも、逆に不思議に思えて仕方がなくなってくる。

 

 そもそも、話を原点に戻したい。

 公明党は、責任政党として、消費税増税については、2009年の衆院選にも翌年の参院選にも、マニフェストに明確に書いた。

 ただし、止む無く実施する場合には、クリアすべき条件が5つあるとして、この問題から逃げずに正面からぶつかった。

 その主張は、今も一切ぶれていない。

 

 不思議なのは、彼らの方である。

民主党の財政政策の根本は、消費税に触れてこなかったなどというレベルの話ではない。

 

 彼らは、こう言ってきたのです。

“財源はある。”

“ムダを削り、仕組みを変えれば16.8兆円は出る。”

“だから消費税など上げなくても、自分たちのマニフェストは実現できるのだ”と言ってきたということです。

 

 すなわち、社会保障改革も、子ども手当2万6000円も、高速道路の無料化だって何でもできると、国民に約束したのです。

 党の代表や総理が変わろうとも、そもそも消費増税を言うことは、この民主党の経済戦略が、根本から崩れたということです。

 そのことを誰よりも自分たちが分かっている故に、議論すらできない。

そう断言していいと思います。

 

 「決められない政治」には、終止符を!

 

民主党には、1日も早く退場していただかなければならない。

  先般、自分で勝手に“市内街頭ツアー”と銘打ち、南西部10ヶ所で街宣活動に挑戦した。

 さすがに、最後は、のどが痛くなったが、日々、勝ったか負けたかにこだわる私たちにとっては、ある意味、心地よい痛みであった。

 公明党の実績や取り組みを語りながらも、訴えたかったことは、ただ1点。

「風の政治に、断固ノーを!」ということであった。

 

 この10年、日本の政治家の選ばれ方は、あまりに不幸に感じる。

風、人気、相手を批判するためだけの公約など、結局、イメージでしか選ばれない。

もちろん、そのことも大事。

 しかし、あの小泉劇場の主役たちはどうなった?

小泉チルドレンなど、もはや影も形もない。

 「一度は政権につかせてみたい」と、大ブームを巻き起こし、国民にもてはやされた民主党政治家たちは、私たちに一体、何をしてくれた?

 

 そして、今、またも同じように、大阪の新しいヒーローに、期待する声が高まっている。

 聞くところによると、市を二分するリコールなど大騒動と議論を巻き起こした名古屋の「減税日本」は、わずか1年しか経っていないのに、分裂してしまったという。

 人の心は、移ろいやすい。

哲学なき政治は、あまりに貧困な結果を招くということに、もう気付いてもいいのではないか。

何度、同じ過ちを繰り返せば、この国は目覚めるのだろうか?

 

 私たちは、批判を恐れない。

いや、逆に結党以来、私たちには、批判しかなかったと言ってよい。

“政治に福祉を持ち込むなど、素人のやることだ!”

ところが、今は、福祉を口にしない政治家など存在しないではないか。

 

 ただ、批判する前に、まず、あなたの中にある偏見を捨てよとお願いしたいのだ。

ためにする批判にそのまま同調する前に、まず、あなた自身で思索せよ申し上げたいのだ。

そして伝聞と事実、事実と真実の見極めに、どうか努力をしていただきたいのだ

  

 そんな願いを込めて、今日も私は、街に立つ。

 去る3月30日、改正児童手当法が参院本会議で可決され、ついに公明党が築き上げてきた「児童手当」が復活することになった。

 これにより、民主党のマニフェストの最大の目玉政策だった「子ども手当」は名実ともに完全に崩れ去った。

 

 「児童手当」と「子ども手当」の違いを、大きく2点、指摘しておきたい。

まず、一つ目、コロコロ変わる時限立法的な措置から、持続可能な恒久法制度へ。

 そもそも、マニフェストで民主党は、「中学卒業までの子ども1人当たり月額2万6000円の『子ども手当』を創設する」と主張。

 税金のムダ遣い根絶などとともに、所得税の配偶者控除・扶養控除を廃止して手当創設の財源に充て、10年度は半額、11年度以降は満額を支給するとしていた。

 また、その財源は、全額を国費で賄うと説明していた。

 

 しかし、民主党政権は10年度予算編成から、いきなり財源確保に失敗。

 仕方なく、児童手当の枠組みを残して無理やり体裁を整えたが、財源を地方にも負担させたため、全国の地方自治体からは、怒りの声が上がったことは記憶に新しい。

 そして、11年度も恒久的な制度をつくることができず、さらに財源不足で満額支給も断念した。

 しかも、満額支給を見越して15歳以下の年少扶養控除を廃止したために、手当が増額されても実質負担増となる世帯が出てしまう事態も招いた。

 民主党政権の2年半の間、不安定であり続けた子育て世帯への現金給付策は、ようやく安定した恒久的な制度になりました。

その意義は、実に大きい。

 

 更にもう一つ、所得制限の導入で、バラマキ施策から低所得世帯への負担軽減に回帰へ。

 本来、児童手当は、子供を産み、育てやすい環境を作るため、子育て支援策の一つとして創設されました。

 特に若いご両親や低所得世帯への負担軽減策として、あえて所得制限を設け、実施されたものです。

誰に対してもただ現金をバラマクだけなら、何の意味もありません。

その財源は、待機児童の解消策など、もっと他の使い道を探るべきです。

 

 これからも公明党は、児童手当とともに、保育所整備などの現物給付も含めた子育て支援策に力を注ぎ、安心して子どもを産み育てられる環境整備に全力で取り組んでまいります。

 ここで年金問題を取り上げるのは、何度目になるだろう。

 それほど、一部の、スターのようにマスコミに取り上げられて「年金破たん説」をまき散らしている人物たちの害毒は深い。

 

 今回は、“AIJ投資顧問による年金資産消失問題を受け、やはり年金は破たんする!”という不安説を取り上げたい。

 まず、結論から申し上げたいが、今回のAIJ問題と公的年金制度を絡めること自体が、大きな誤解を生んでしまう原因となっている。

 そもそも年金制度は、基礎年金(いわゆる一階部分)と厚生年金(二階部分)が、前提にあって、これに更に給付を増やすために各企業が加入している厚生年金基金(三階部分)で、構成されている。

 AIJ投資顧問による運用失敗は、この三階部分にあたる厚生年金基金との関係による。

 

逆に言えば、基金自体を運用していない厚生年金加入者には、何の影響も発生しない。

 数にすると、厚生年金の全加入者、約3500万人の51%が、企業年金に加入していない。(2010年度末、厚生労働省データによる)

 ちなみに、AIJ投資顧問に基金の運用代行依頼をしたのは、48万人。

率にして1.4%となっている。

 今、全国には、約600もの厚生年金基金が存在している。

これらは、本来、国に納めるべき保険料の一部を、5.5%の金利で借り受け運用を行ってきた。

 不況とともに、運用がうまくいかず、資産を減らしてしまった基金は、その中でも三割を超えていると言われている。

 

 しかしながら、ある意味、気の毒とも言えるが、本質は自己責任の問題。

AIJによる詐欺まがいの問題とは、全く別次元の話なのである。

 これは、個人で、お金を増やそうと株市場に手を出して、たとえ失敗したとしてもだれも補てんなどしてくれないことで、理解いただけると思う。

不足分は、加入を決めた企業自身が加入者に返済しなくてはならないことは当然のことだ。

 そして、代行割れを起こした基金で、返済不可能となり給付に支障をきたした基金は今のところ、事例がない。

実際に、各基金とも頑張って返済しているのである。

 

 最後に、今まで見てきたように、年金資産消失は、企業独自の上乗せ分であった三階部分に限定される問題であり、本来の公的年金制度(一階、二階部分)の給付金とは、何ら関係はない。

 よって、このたびのAIJ問題をもって、年金制度が破たんするなどという説は、ためにする批判であると断ずるものである。

 この4月2日、私たちの機関紙である公明新聞は創刊50周年を迎えました。

愛読者の皆様、そして関係者の皆様に心より感謝を申し上げます。

 

 公明新聞は、1962年(昭和37年)4月2日、公明党の前身である公明政治連盟の機関紙として、創刊されました。

 政党機関紙としては珍しい日刊紙としての存在が、同じく日本の政治史では例を見ないネットワーク政党の構築にどれほど貢献してきたことか。

 公明党の結党前後、当時は、自民党と社会党が冷戦を背景にそれぞれの主張をぶつけ合い、庶民が置き去りにされていました。

 そんな中、政治に「福祉の充実」という考えを初めて取り入れ、「保守か革新」かという旧来の対立軸を転換させる大きな武器となりました。

公明新聞が、全国を勇気づけ、大きな支えとなってきたことは紛れもない事実です。

 

 公明新聞には、2つの大きな役割があります。 

一つは、公明党の日々の活動や政策、主張を正確に分かりやすく伝えること。

 

もう一つは、庶民・国民の立場に立って、日本の進むべき方向性を提示していくこと。

 

 公明新聞には、国政だけでなく、私たちのような地方議員の取り組み、そして何よりも党員、支持者の皆様の直接の声が、思いが随所にちりばめられています。

 掲載されている議論は、まさに、地域の常識、素朴な疑問が生かされています。

 そして、その記事や論議によって、これを読んで下さった皆様とともに、また現場での対話に生かされていくというネットワークの取り組みが展開されることになります。

  

 だからこそ、私たちは、これからも「現場に根ざす」、「ネットワークを生かす」という機能を政治の中で、存分に発揮してまいります。

ご購読をいただいている皆様に、重ねて、心より御礼申し上げます。

 いよいよ春、4月。

新年度となり、決意新たにスタートされた方も多いに違いない。

 しかし、私たちの心から離れることのない被災地の復興は、一向に進んでいない。

その妨げの理由の一つとなっている「がれき処理問題」について、今回、取り上げておきたい。

 

 岩手、宮城両県の災害廃棄物(がれき)を、全国の自治体で受け入れる広域処理。

昨年の4月には、実に42都道府県、572市町村が受け入れを表明した。

ところが、半年後の10月には、54市町村に激減。

放射性物質への誤解や懸念が背景にあることは、言うまでもない。

 

 だからこそ、がれきの安全性の周知に国の努力が求められる。

だが、それができないのが「遅い、鈍い、心がない」民主党政権。

やっと、1年後の本年3月16日に全国の自治体にがれき受け入れを文書で要請。

 

 しかしながら、実際に受け入れてもらうために責任を持って説明にあたる姿勢がまるで見えない。

 たとえば、地上1メートルで測定する空間放射線量、東北沿岸部と関東圏の数値はほとんど変わらないこと

 あるいは、いち早く受け入れを実施した東京都の2重3重にわたる安全確認のためのノウハウを周知すること。

 国が本気度を示さないから、せっかく受け入れを表明すると、市長や市当局に脅迫文が届くなどという悲しい出来事が続いてしまう。

 かつて海外では、大震災発生後の日本人の助け合いの精神を「絆」として多くの賞賛の声が巻き起こった。

今、がれき処理の進まない状況を見て、「その精神は色褪せた」と報道されている。

 

 「絆」の再興へ、まず、できることから全力で取り組んでまいりたい。

我が西宮は、その先駆をしていきたいと心より願う。

 

 最後に、市長が次のように表明されたことを、何よりも嬉しく感じた一人として、自身も同じ決意に立つ思いで、引用させていただくことをお許し願います。

 “私もこの3月市議会で、「本市の災害廃棄物の受け入れについて、焼却灰の受け入れ条件や体制が整えば、市民生活の安全面を十分確認した上で、近隣市とも協議を行い、受け入れの検討を行いたい」との考えを表明したところであり、今後とも積極的に対応してまいります。”市長の執務室より)

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