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 27日、大阪では、大きな審判が下された。

政治は、数であるがゆえに、その結果は、厳粛に受け止めなければならない。

当然のごとく、民意を否定するものでは決してない。

ましてや、我が党は自主投票を選択し、また、私個人は西宮市民であり、もとよりどちらの側に立つものでもないのだから。

 
 ただ、自分の中に大きな疑問が横たわっているのである。

「大阪都構想」に、どれだけの人が賛同して、その1票を投じたのだろうか?

「教育基本条例」のどこに、感銘を受けて、投票したのだろうか?

いったい誰が、前市長の市政と政党政治のここがダメで、反対票を投じたと言い切れるのだろうか?

 
 私だって「大阪都構想」はわからない。

言っている側もその全貌は明らかにしていないのだから。

片や、全方位外交の中で、自身の主張を明らかにできず、片や、相手を敵と決めつけ、大声で批判する。

そんな中で、どちらかに決めなければならない府民は、そして市民は、本当にこれでよかったのだろうか?

 
 2009年のあの日から早や2年半。

いつか見た風景が、繰り返されているように感じてならない。

その本質は、あの時と何も変わっていないといえば言い過ぎだろうか?

 
 本当に政治を変えたいなら。

本当に社会を変えたいと思うなら。

庶民は、絶対に愚かであってはならない。

民衆が賢明になるしか、真実の道はないと信ずる。

“もう託すだけの政治(救世主のような誰かが、何か変えてくれるだろう)は止めようではないか”と、強く思うのである。

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