この10月27日から、2週間の読書週間が始まりました。
制定されてから、早や65年だとか。すごいことです。
読書は、私にとって、子供の頃からの一貫した趣味となっています。
私の本の読み方は、多読というのか乱読というのか、正確な言い方は、よくわかりません。
ジャンルに関係なく、5冊ぐらいが同時に傍にあり、時間の空いたときに、気分次第で読みふけるというやり方ですね。
そんな感じで、週に3冊~4冊ぐらいは読み終わるでしょうか。
でも、以前に比べると、ずいぶん減ったものです。
男の子ならよくあることかもしれませんが、小学生の時に、何気なく読んだ外国推理小説にはまってしまい、他に遊びや用事があっても、1日1冊は読むような子どもでした。
今思えば、読書の素晴らしさを教えてくれた、とても幸せな巡り合わせだったと思っています。
ところで、公明党は、この分野でも頑張っています。
その3本柱は、親が子供に本を読んであげる「読み聞かせ運動」、乳幼児検診時に、子どもに絵本をプレゼントする「ブックスタート」、そして、始業前に子供達が10分間、自分の好きな本を読む「朝の10分間読書運動」を、全力で推進してきました。
ちなみに、わが西宮市には、そのものズバリの「ブックスタート」事業は行われていないんですね。(ブックスタートをする親のための絵本リストの公開など、類似事業はもちろんあります。)
将来を背負う子供たちには、ぜひ、読書の素晴らしさを知ってもらいたいと願います。
それは、大人たちの責任です。
前回の続きです。
1994年、従来の中選挙区制を廃止し、現行制度である小選挙区比例代表並立制に移行されたのは、ご存知かと思います。
当時、選挙制度変更の背景において、指摘された欠陥とは次のようなものでした。
① 同党間の複数候補者の存在が過剰なサービス合戦につながり、政治とカネの問題が起きる。
② ①と同じ理由で、政党間論争や政策論争にならない。
③ 政権交代が起きない。
④ 多党が乱立することで、連立政権が生まれ、政治が安定しない。
要は、2大政党制こそが、「政治の安定!」、「民主主義の王道!」という流れが渦巻いていたのです。
それから、約20年、当時の指摘事項を検証してみるとこうなります。
① 政治とカネの問題は、今も続いており、選挙制度だけに起因するものではない。
② 政策論争にはならず、感情で大きく振れる政権選択ゲームと化している。
③ 人為的に作られた2大政党制は、不毛な対決至上主義を生み出し、様々な弊害を生じている。
④ 諸外国の例を見ても、時代は連立政権を求めており、むしろ、政治を安定させる。
結局、今の多様な価値観のもと、“AかBのどちらかを強制的に選ばせる小選挙区制は、日本人には合わない。”、
“人気取りが主体となり、政治や政治家の劣化が止まらない。”という声が、巷にあふれています。
【正しく民意が反映される制度】、選挙制度を変更すべき目的は、これしかありません。
これからの議論の有意義な進展を望みます。
私も全力で、その声を届けてまいります。
このたび、第2号の市政ニュースが、出来上がりました。
(詳細は、市政報告のページをご覧ください。)
今回の内容は、決算審議を終えての財政概要、また、私が所属しております総務常任委員会での所管事務報告、そして、多くの皆様のご協力をいただきました「脳脊髄液減少症」に対する取り組みのご報告を、表面に掲載しております。
裏面には、第1号報告では、紙面の都合上、割愛せざるを得なかった、私のライフワークでもあります「人の尊厳を尊重した介護のシステム作り」に関する質問の抜粋を掲載しました。
毎日、温度差の激しい、不安定な気候が続いていますが、このチラシをもって、再び、皆様のもとへガンガン参ります。
私には、他会派の先輩議員のように、応援してくださるインターンの学生やボランティアの方々はおりません。(お声をかけていただいた場合でも、丁重にご辞退させていただいております。)
すべて、私、自らが動くことと課しております。
その分、機動力に欠ける場合や時間がかかることで、ご迷惑をおかけすることもあり、大変申し訳なく思いますが、とにかく、全力で動いてまいります。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
先般、ある会合で選挙制度改革について勉強会を行った。
いよいよ国会で、その流れが、全党協議として動き出したので、今日は少しその話題に触れておきたい。
なぜ、今、選挙制度を改革しなければならないのか?
その最大の理由は、本年3月、最高裁が、2009年に実施された衆議院選挙における、最大2.3倍となった1票の格差を「違憲状態」であるという判決を下したからです。
そして、参議院でも、各地で高裁が同じく「違憲」、「違憲状態」という判決を次々と下しています。
この1票の格差を放置したまま、次の国政選挙を行うと、今度は、違憲だが有効というあいまいな判断ではなく、選挙自体が無効ということになりかねないという背景があります。
そして、もう一つ、衆議院選挙に採用されている「小選挙区比例代表並立制」という制度が、導入時に、意図した目的とは大きく外れてしまったという現実があります。
政策論争の中で、民意を反映したいという思いが、当時ありました。
ところが、政策というよりも、感情で動く民意が、この小選挙区制という制度によって、得票差以上に議席数の差が拡大するという、制度疲労を起こしているのです。
例えば、具体的には、違憲状態と言われた2009年衆議院選挙では、民主党は、47%の得票で、74%の議席を得ました。
このような状態が続いた結果、政治家は自身を磨かず、いかにすれば人気を得られるかばかりに目が行ってしまう、情けない状況を生んでいます。
以上が、今こそ、選挙制度見直しの本格論議を必要としている2つの理由です。
というところで、今回は、ここまでとしましょう。
次回は、当初の理想がどのように崩れていったかの歴史を見ていきたいと思います。
このたび、大震災から7ヶ月を経過した被災地を見てきました。
見渡す限りの更地、土台だけの住宅地、車がゴロゴロしている田畑、町からは片づけられたが大量に集められているガレキの山。
復興はおろか、復旧すらままならない現状に、言葉も出ませんでした。
“第3次補正予算の策定により、やっと本格的な復興が始まる。”
ずっと、公明党が言い続けてきたことです。
しかし、前政権の延命のバタバタで、その議論は、たな晒し。
新政権においても、まだ協議は始まらない。
被災地の現状が、なぜ変わらないのか?
津波の被災地では、国の復興プランが出来ていないために、自分たちの街をこれからどうするかを決められず、建設規制が行われ、自分の所有地であっても家を建設することが出来ない。
当然のことながら、二重ローンが発生し、資金面の計画すら立てられない。
ガレキは片づけただけで、その処理をどうするのかは、自治体だけでは決められない等々。
だからこそ、第3次補正予算を早く仕上げなくてはならないのです。
今も、現地では8万人以上の方が避難生活を送っています。
スピード、スピード、スピードです。
東北の冬は、早い!
しばらくぶりの書き込みです。
実は、今週、『地方議会改革』に関する研究フォーラムに参加しておりました。
私は、自身の指針として、“議会改革の先頭に立つ”という目標を挙げております。
ですので、ここからは、あくまでも個人の見解であるということをお断りしたうえで、
今考えていることを、少しお伝えしておこうと思います。
私は、『議会改革』という言葉の中身として、大きくは次の6点ほどに分けられると考えています。
①議会の役割の明確化
②議会の情報公開
③議会の審議方法の改革
④議会の政策立案能力の強化
⑤議会と市民参加の調整
⑥議会の経費削減
ざっと挙げてみましたが、まだ、他にも論点は多くあると思います。
そして、この延長上に、「議会基本条例」の制定という議会自身が行う改革があります。
ただ、市民の皆様にとっては、「議会改革=議員定数と報酬の削減」として理解されている方が
多いのではないでしょうか。
しかしそれは、先ほど項目として挙げたもののうち、⑥番に特化したものに過ぎません。
これは、お互いにとって、とても不幸なことだと思っています。
市民が自分たちの代表として選んだはずの議員であり、議会。
本来は、その仕事・役割をしっかり果たしてもらわなければならない存在であるべき。
ところが、定数や報酬が問題になるということは、議会は、市民にとって必要な存在ではないという大きな矛盾。
議会は、今、大きく変わらなければならない。
二元代表制という、どちらも市民によって、直接、選ばれている制度ではありながら、顔の見える
たった一人の首長と、その他大勢で構成されている一人一人の顔が見えない議会。
与えられた課題は、本当に多く、今回一回では終われません。
これからも、引き続き、発信していきます。
では、また次の機会に。
前回は、批判記事でしたので、今回は頑張ったお話をひとつ。
このたった18日間の短い会期中に、国会に原発事故調査委員会を設置する法案が成立しました。
原発事故を2度と起こさないためには、今回の事故がなぜ起こったのか、原因と実態を根本から検証する必要があります。
そしてそのためには、この事故調査委員会をどこに設置するかが、非常に重要な問題となります。
当初、これには3つの案がありました。
第1案は、政府・民主党による『内閣に置く』という案です。
しかし、これは、論外です。
まず、すでに菅政権の時代に、総理の諮問機関として存在しています。
そして何よりも原因究明には、内閣がどのように対応したのかの調査も避けて通れません。
内閣の諮問機関に過ぎない組織が、任命した側の内閣を厳しく調査できるわけがありません。
続いて第2案は、自民党による『民間の有識者で構成された外部委員会を置く』案です。
1案よりは、内閣とのしがらみもなく、独立した調査が可能になり、その意味では、いいでしょう。
しかし、今回の事故調査には、聖域の無い、徹底した調査が必要とされます。
その時に、国政調査に匹敵する強力な権限(例えば、証拠の提出義務、証人の出頭命令、虚偽の供述に対する偽証罪の適用など)を、一民間組織に与えてよいのかという問題が残ります。
最後の第3案が、公明党による『国会に設置する』案です。
言うまでもなく、国会には、先ほどの国政調査権が、憲法によって、衆参の両院に与えられています。
誰もが納得できる案だと思われます。
この結論に至るまで、与野党間で相当の議論がありましたが、最後には公明党案にまとまりました。
現憲法下でも初の試みであり、党としての大きな成果です。
次期臨時国会で、具体的に委員会の発足の運びとなるでしょう。
いよいよ復旧・復興に向けた第3次補正予算の協議が始まります。
それぞれの立場で、全力で頑張ってまいります。
先月の30日に、野田政権初の国会は、閉会しました。
民主党にとっては3代目の政権、ある意味、「背水の陣政権」として、多くの国民の期待の中、この政権は、船出しました。
しかし、この国会運営を見て、失望した方々がほとんどでなかったでしょうか。
その中の一人として、感じたところを少し。
まず、会期問題。
当初は、4日間、その後14日延ばして18日間となったのは、皆様ご存じの通りです。
ちなみに、「なぜ、4日間なのか?」と、公明党の国対委員長の問いかけに、民主党、平野国対委員長の、「今の内閣は不完全な状態で、十分な国会答弁が出来ない。」という発言が飛び出したのは、この時のことです。
結局、衆参の予算委員会が、2日ずつ行われましたが、野田総理の答弁は、答弁文書をただ読み上げるだけで、まともに答える場面はありませんでした。
野田内閣の内閣3原則というものがあるそうです。
①派手なことはやらない。
②無駄なことは言わない。
③突出はしない。
まさに、先の平野国対委員長の言葉を、野田総理自身が裏づけるという状況でした。
誠実に対話をするという約束はどうなったのでしょうか。
そして、もうひとつ。
小宮山厚労相の「子ども手当は、ちょっと姿は変えたが、継続した。」発言。
いったい何なんでしょう、この人たち。
しつこいほど、繰り返しますが、8月4日の子ども手当に関する3党合意に「子どものための現金給付は、児童手当法に所要の改定を行うことを基本とする。」とあり、児童手当になることが明記されています。
民主党のごまかしビラの問題で、当時の幹事長、国対委員長が正式に謝罪し、取り下げた経緯を、同じ民主党でありながら、知らないわけがありません。(詳しくは、8月18日付の記事をご覧ください。)
ここまで来ると、無知というより、故意でしょう。
発言に責任を持たない大臣は、要らない。
前回の続きです。
総務分科会2日目は、“消防局”と“総務局”の審議を行いました。
前回と同様に、指摘事項を中心に報告いたします。
(消防局)
①年間約3,500万円の費用をかけた消防職員研修事務について。
⇒特に、初任者研修には、力を入れてもらい、西宮市の安全のため、覚悟をして入ってきてくれた新人消防士の皆さんが、途中で挫折してしまうことのないようなシステム作りをと要望。
②年間2万件にも上る、救急出動数の実態を確認。
(総務局)
①文書管理事務について。
⇒このコストは、毎年、増加し続けている。
その理由は、庁舎での文書保管場所が飽和状態であり、外部での保管場所の確保に経費が増えていくためであるが、公共施設マネジメントと連動して、ムダを抑えるべき。
②市税徴収関係事務について。
⇒例年、一定の割合で未回収が発生するのは致し方ないという現実論を捨て、税負担の公平を期するため、クレジット収納など、考えられるあらゆる手を打つべき。そして、何よりも公金徴収一元化のシステム作りを急ぐべき。
以前にも、書きましたが、総務委員の皆様は、ベテランの方々ばかりです。
時折、素人的な発言をしてしまう私に、失笑を受けることもありましたが、庶民の目線で感じる、 『なぜ?』を、これからも問い続けてまいります。
決算審議報告の途中ですが、今日は別の報告を一つ。
8月より始めておりました、夏のごあいさつ運動が、昨日でやっと完了いたしました。
初めての取り組みとはいえ、私の中では反省することしきりでした。
まず、決めた目標6,000軒はいいとして、第1号の市政報告を、直接お渡しすることにこだわったため、とにかく時間がどんどん過ぎ去っていく。
9月議会が始まっても、まだ半分も終わっていないということが、もう最大の失敗。
さらに、動ける時間が削られていく。
そのため、行くべきところが後回しになったり、お会いできなかったところに2度と行けなかったり。
夏のあいさつどころか、気づけば秋の気配のなか、皆様には、本当に申し訳ない思いでいっぱいで ございます。
最近では、ご挨拶の言葉よりもお詫びの言葉から入るので、来られる方にとっては、ほとんど迷惑な話。
自分でも、何をしているんだか、恥ずかしくなってきました。
こんな不器用な人間ですが、ただただ懸命に頑張っております。
どうかこれからも、温かく見守ってくださいませ。
なんだか、訳のわからないご報告になりました。
それでは、失礼いたします。
