本日3月11日は未曾有の大災害、東日本大震災から1年という
特別な日を迎えました。震災が起きた午後2時46分には
全国各地で黙祷が捧げられました。
亡くなられた方15854人、不明者3155人、今もなお
不自由な生活を余儀なくされている方がたくさんおられます。
犠牲になられた皆様に、謹んでご冥福をお祈り申し上げますとともに
被災された皆様に心からお見舞いを申し上げます。
昨日の公明新聞を紹介させて頂き、日本再建への誓いとさせて頂きます。

公明新聞:2012年3月10日付
大震災から1年
瞼に焼き付いた風景がある。
震災直後の昨年3月半ばの朝。多くの建物が流され、たくさんの人が亡くなった宮城県山元町の、海に近い小さな集落でのことだった。自衛隊員や消防団員らが、がれきと泥に埋まった荒れ地で黙々と行方不明者を捜している。
「いやーっ」。不気味なほどの静寂を切り裂くように突然、甲高い声が響いた。自衛隊員らが青いビニールシートで目隠しをして遺体を運び出していく。遺族と思われる婦人の叫びは号泣と化し、すすり泣きとなり、やがて沈黙へと変わっていった。
一瞬の出来事だったようにも、何時間にもわたった出来事だったようにも思える。
つらく悲しい時間はそれからも続いた。
消防団員だった一人息子を失った福島県相馬市の老夫婦。穏やかさを取り戻した海に白百合を一本一本投じては合掌していた岩手県陸前高田市の壮年。「きのうまで一緒だった家族を突然失った無念さが分かりますか」と訴えていた宮城県亘理町の婦人―。
死者・行方不明者1万9000人余。あまりに酷い“あの日の仕打ち”に、今さらながら心が凍てつく。
あす、3.11東日本大震災から満1年。
静かに厳かに鎮魂と追悼の祈りを捧げることから一日をスタートしたい。そして、家庭で地域で語り合いたい。“次の1年”に向けて私たちはどうあるべきか。震災後の国の“かたち”をどうすべきかを。
宮城県南三陸町の防災対策庁舎で、最後まで住民に避難を呼び掛け続け、ついに濁流に呑み込まれた男性の妻が、本紙記者に語ったひと言が思い返される。「最後まで人のことを思いやり続けた夫の生きざまは私の誇りです」
千鈞の重みを持つ言葉と言えまいか。「利他の精神」「惻隠の情」「支え合いの心」……。遅々として進まない復興を加速し、傷ついた日本を再建する鍵は、この精神性の目覚めにあるように思う。
例えば、一向に進まないがれきの広域処理。悲惨な体験をした人々が今も、がれきの山を見ながら暮らしている姿に思いを馳せ、痛みを分かち合う“精神の復興”が必要だ。
先頭に立つべきは、やはり政治だろう。
公明党は決意している。あす3月11日を期し、被災地復興と、「支え合う日本」構築への闘いをいや増し加速させねばならないと。著しくスピード感に欠け、被災者軽視も甚だしかった民主党政権のこの1年に決別するためにも。
