働く人守るカスハラ防止条例 4月から東京都などで施行へ


■暴言や威嚇、長時間拘束など客からの迷惑行為で離職も
「『調子に乗るな』『ばかか』などと脅すように暴言・怒声を浴びせられるケースが多い」。都内のスーパーでエリアマネジャーとして勤務する男性(49)は、担当する店舗内で起きたカスハラの実態を明かす。
客の要求に応じられなかった際などに、従業員がたたかれたり、長時間拘束されたほか、レジの会計に時間がかかったことに腹を立て唾を吐かれたケースもあったという。
社内では迷惑行為別の対応を共有するなどして対策を強化。男性は「店側の不手際から始まるカスハラもあり、その場合は低姿勢にならざるを得ない。従業員を守るために一定の判断基準を設けておくことは大切だ」と話す。
国内最大の産業別労働組合UAゼンセンが昨年、サービス業に従事する約3万3000人の組合員を対象に行った調査では、直近2年以内にカスハラ被害を受けた人の割合は46・8%に上った。
最も印象に残っている迷惑行為では「暴言」「威嚇・脅迫」などが目立ち、「金品の要求」「SNS・インターネット上での誹謗中傷」「土下座の強要」との回答もあった【グラフ参照】。
従業員に与える影響は深刻だ。心身の不調を来して休職や離職に追い込まれる事例があるほか、仕事に対する意欲や業務効率の低下を招くと指摘されている。人手の確保が難しい企業にとっては事業の継続にも関わる重大な問題となっている。
■都、“禁止”を初めて明文化
都カスハラ防止条例は昨年10月、都議会定例会で全会一致で可決、成立した。最大の特徴は、働く人を守るため、「何人も、あらゆる場においてカスハラを行ってはならない」とカスハラ禁止を全国で初めて明文化した点だ。
条例ではカスハラについて、就業者に対する「暴行、脅迫などの違法行為」や「正当な理由がない過度な要求、暴言などの不当行為」であって「就業環境を害するもの」と定義。基本理念として、顧客らと働く人が対等な立場で相互に尊重することを規定し、条例の対象となる顧客は、公共サービスや企業間取引なども含め、商品やサービスの提供を受ける全ての人とした。
顧客に対しては、働く人への言動に注意するよう努力を求めるとともに、事業者には従業員らの安全確保や、カスハラを行った顧客に適切な措置を講じる努力義務を課した。一方、正当なクレームは商品やサービスの改善につながるとして「顧客らの権利を不当に侵害しないよう留意しなければならない」とも定めた。
違反した際の罰則はないが、実効性の確保に向けて都には指針策定などを義務付けた。条例に基づき都は昨年12月、条例の具体的な内容を示した指針を策定。今月3日には各業界で対応策を図る際の手引となる「各団体共通マニュアル」を公表した。
■(共通マニュアル)
都が公表したカスハラ防止の各団体共通マニュアルは、各業界団体がそれぞれの会員企業向けに策定する手引のひな形となるものだ。
防止の取り組みについて▽総論▽未然防止▽発生時▽発生後▽企業間取引――などの項目に分けて構成し、具体的なポイントを提示している。
「未然防止」では、客の要求内容を明確にした上で議論を限定し、原則、複数人で対応するほか、録音・録画を含め対応内容を記録するよう推奨した。「発生時」では正当なクレームとカスハラの明確な区別の必要性を強調した上で、対応時間を限るといった顧客対応の中止や警察との連携を挙げた。
■対策強める動きは各地で
カスハラ被害の深刻化を受け、対策を強める動きは各地に広がっている。
カスハラ防止に関する条例は、東京都以外でも導入が検討され、既に独自条例を制定した北海道や群馬県、同県嬬恋村、三重県桑名市で4月1日から施行される予定だ。
このほかにも、カスハラに組織的に対応するため、マニュアルを策定したり、自衛策として名札を名字だけにしたりする自治体が相次ぎ、企業の間でもカスハラへの毅然とした対応方針を公表するといった取り組みが進んでいる。
一方、国は2022年に企業向けのカスハラ対策のマニュアルを作成。厚生労働省の有識者検討会が昨年8月にまとめた報告書で、カスハラ対策について「事業主の雇用管理上の措置義務とすることが適当である」と明記されたことを受け、対策を企業に義務付ける改正法案を今国会に提出した。法案では企業に対し従業員向けの相談体制の整備なども求めている。
■公明、力強く後押し
都条例の制定については、連合東京(斉藤千秋会長)などの要請を受けた都議会公明党(東村邦浩幹事長)が23年12月の定例会で早期着手を訴え、力強く後押ししてきた。
実効性を確保するため、指針やマニュアルの作成などを提言。カスハラ防止へ、やりとりを記録する録音・録画環境の整備について中小企業向けの支援も訴え、25年度の都予算案に整備促進のための奨励金支給が盛り込まれた。
一方、国でも公明党は働く人を守るためのカスハラ防止を積極的に推進してきた。昨年4月に対策検討委員会を設置し、各企業などからヒアリングを行うとともに、同年6月には、事業主による相談体制の整備促進など対策強化を政府に申し入れていた。
■成蹊大学法学部 原昌登教授
■都の条例に全国的な影響力/法律と両輪で社会の理解を
「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」は、公的なルールとして初めてカスハラの禁止を明言した点で非常に大きな意味を持つ。カスハラは好ましくないと多くの人が感じる中、やってはいけないものだという強いメッセージを社会全体に打ち出したためだ。
カスハラの認知度が高まったのは、ここ数年であり、それまで働く人が客からカスハラ被害を受けても、ハラスメントと扱われずに対応に苦慮したり、じっと我慢したりするケースが多かった。条例の施行によってカスハラ防止が一層促され、社会への周知啓発も期待できよう。
条例は、対象者の定義付けを工夫し、幅広くカバーされるようにしている。例えば、事業者は都内の事業者に加えて、都外の事業者であっても都内で事業を行うのであれば、条例の下、さまざまな取り組みへの努力が求められる。
就業者も同様で、都内で働く人には、隣県から都内に通勤する人や、都内事業者が地方で運営するコールセンターの従業員なども対象に含まれる。東京都という一つの自治体の条例ではあるが、全国的にも影響を持ち得るものだ。
条例をよりどころに、都は今後、カスハラ防止のための周知啓発や事業者の対応を後押しすることとなり、事業者は条例に基づく指針やマニュアルに沿って、働く人を守る対応を進めやすくなる。働く人にとっても対応の根拠ができ、客の立場では「カスハラ行為に気を付けなければいけない」という意識の醸成にもつながるだろう。
国でも対応を進め、カスハラ防止を全ての企業に義務付ける改正法案が今国会に提出された。働く人・企業・顧客の3者にとってカスハラ防止は不可欠であり、社会への寄与は大きい。自治体の条例と国の法律を車の両輪として、社会全体でカスハラが防止されるよう共通理解を広めていくことが大切だ。
はら・まさと 1976年生まれ。東北大学法学部卒。同大助手、成蹊大学助教授などを経て現職。東京都「カスタマーハラスメント防止対策に関する検討部会」委員。著書に『ゼロから学ぶ労働法』など。