ノーベル化学賞決定の吉野彰氏の講演(要旨)
今年のノーベル化学賞受賞が決定した吉野彰旭化成名誉フェローは、10月18日に衆院第1議員会館で開かれた公明党文部科学部会で講演した。その要旨を紹介する。
私が開発に当たったリチウムイオン電池は、従来からの「水」を用いた電解液では、1・5ボルト以上の電圧をかけると水素と酸素に分解してしまうところを、「有機物」を採用するなどして、小型・軽量なのに高い電圧(4・2ボルト)を実現するとともに、充電・放電の繰り返しを可能にしたことが特長だ。
リチウムイオン電池は、負極をカーボン(炭素)素材、正極をリチウムイオン含有金属酸化物とし、電解液の中でリチウムイオンが負極と正極の間を行ったり来たりすることで、充電や放電ができる。
このリチウムイオンが行ったり来たりする化学反応「電気化学的インターカレーション」の電池への応用を提案したのが、今回のノーベル化学賞の受賞が決定した3人の1人であるスタンリー・ウィッティンガム氏だ。もう1人のジョン・グッドイナフ氏は、正極材料に用いるリチウムイオン含有金属酸化物を発見した。
そして私が、負極にカーボン素材、正極にリチウムイオン含有金属酸化物を用いて充電と放電を可能にし、現在のリチウムイオン電池の原型を完成させた。
■「基礎研究は99が無駄でも、残る1に“人類の宝”が」
実は、リチウムイオン電池開発の原点をさかのぼると、1981年に日本人初のノーベル化学賞を受賞した福井謙一先生の「フロンティア電子論」に当たる。私は、福井先生の孫弟子だ。フロンティア電子論は、「AとBを反応させればCという化合物ができるはずだ」などという有機化学反応の体系を、物理学で生まれた量子力学の計算方式を用いて証明した画期的な理論だ。
この理論の下で、プラスチックでありながら電気が流れる画期的な新素材「導電性ポリアセチレン」を開発したのが、2000年にノーベル化学賞を受賞した白川英樹先生だ。
リチウムイオン電池開発で難航した、負極の素材開発で、私がまず採用したのが、導電性ポリアセチレンだった。そこから検討を重ねたことで、カーボン素材に行き着き、1985年、世界初の特許出願に至った。
リチウムイオン電池の開発は、電池と関係ない福井先生による真理の探究や白川先生の素材開発という純粋な基礎研究にルーツがある。この学術界の成果を引き継いで、産業界の私がリチウムイオン電池の開発につなげることができた。2人の基礎研究がなければリチウムイオン電池は生まれなかった。産学連携のモデルと言える。
基礎研究は、100のうち、99は成果が出ないが、残った1の研究成果が人類にとって、とんでもない宝物となる。無駄な99を削ってしまうと残る1も消えてしまう。産業界の立場からも基礎研究の充実を訴えたい。
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リチウムイオン電池に関連する特許出願件数は、モバイルIT(情報技術)社会の到来とともに伸び、2002年にピークを迎えた後、減少傾向になり、研究開発の動きは落ち着いたものの、06年からは再び増加傾向に転じている。これは、新しい技術革命として、エネルギー(Energy)や環境(Environment)に関する「ET革命」が始まっているからだ。
リチウムイオン電池には、電気自動車や蓄電システムなどに広く使われることによって地球環境問題の解決に貢献し、未来を開く技術としての可能性が大きい。耐久性といった課題はあるが、克服へ引き続き、挑戦を続けたい。
2019年11月19日 公明新聞2面転載