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きょうは官公庁の仕事始め。
年末年始に受けた市民相談の対応に取り組んだあと那覇市の祝賀名刺交換会に参加しました。
ことしは戦後75年の節目。
平和推進事業をはじめ子育て政策としてスタディクーポンや障がい児の通学支援など新たな事業を導入してまいります。
来年、那覇市は市政施行100周年を迎えます。
県都の誇りを胸に、いつまでも住み続けたい那覇市のまちづくりに議会も一丸となってがんばっていく決意です。
本年もよろしくお願い申し上げます。

公明党員のMさんはいつも地域の声をまめに届けてくださいます。
以前から那覇市道の側溝のフタを水はけの良いグレーチングに変えてほしいと要望がありました。
大雨の日に当局に現場確認をしてもらいましたが、グレーチングだとかえって滑りやすくなり危険であるとの見解で、なかなか設置に至りませんでした。
しかし雨は市道から低地にある里道に流れ込み、住民の生活道路を滑りやすくし、実際に転倒した高齢者がいることを機会あるごとに訴えてきました。
昨年末にようやく設置が叶い、Mさんはじめ地域のみなさんに喜んでいただくことができました。
ことしも小さな声を聴く力を磨き働いてまいります。

沖縄県議団を中心に新春の街頭演説会を那覇新都心で開催しました(1月4日)。

ことし2020年6月に実施予定の沖縄県議会議員選挙。

4人の予定候補者か登壇しました。

那覇市・南部離島区からは

イトカズ昌洋那覇市議が新人として

上原章県議(現職)とともに立候補予定です。

隣りの浦添市区からは

金城泰邦県議(現職)。

沖縄市区からは県本部代表の金城勉県議(現職)が出馬します。

金城代表からは「立党精神を胸に団結して戦い抜く」と力強い決意が述べられました。

 

沖縄県にとっては県振興計画の期限が残り2年。

県民生活の向上と沖縄振興の総仕上げにとって重要な節目の年になります。

決戦への準備を那覇市議団の一員としてがんばっていく決意です。

正月の風物詩である箱根駅伝。

第96回大会で創価大学が3年ぶり3度目の出場で総合9位でフィニッシュ。

目標だった初めてのシード権を獲得しました。

なかでも復路の10区で11位から9位へ驚異の脚力を披露し区間新記録でゴールした嶋津雄大選手の力走は大きな感動を与えてくれました。
嶋津選手は進行性の目の病気(網膜色素変性症)を患いながらも夢に挑戦しつづてきました。
病や障がいを持つ人たちに「一歩ふみだす勇気を」を自分の走りで示したい。

彼の思いに心か熱くなりました。
創価大学駅伝部すべての選手に心から拍手を送り「ありがとう」を伝えたい気持ちでいっぱいです。
2020年、私らしく勝利をめざし走り抜いてまいります。

あけましておめでとうございます。
元旦は先輩議員の方々と出発しました。
昨年は災害が多い年でした。
令和の時代が涙に負けない時代となるよう私もこれまで以上に防災減災に力を入れていく1年にしてまいりたいと決意しています。
新しい年が皆さまにとって希望かがやくすばらしい年となりますよう心からご祈念しております。
本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
2020年1月2日

11月は児童虐待防止推進月間です。

公明党沖縄県本部の青年局と女性局はことしも合同でオレンジリボン街頭を那覇新都心で開催しました(11月9日)。

シンボルであるオレンジ色は子どもたちの明るい未来を表し虐待防止への強いメッセージが込められています。

那覇市の虐待相談件数は全国と同様に増加傾向にあります。

平成30年度は前年度より43件増の292件。

心理的虐待がネグレクト(育児放棄)をはじめて上回りました。

公明党はこれまで一貫して児童虐待防止対策を推進。

出産から妊娠そして子育てまで切れ目のない支援を行う日本版ネウボラ「子育て世代包括支援センター」の全国設置に取り組んできました。

那覇市にも昨年7月「らららステーション」の愛称で開設したことを紹介。

那覇市の窓口は2カ所あります。

那覇市与儀の那覇市保健所2階の地域保健課。

そして本庁舎3階のこどもみらい課。

この2カ所が「らららステーション」です。

両窓口には母子保健コーディネーターが配置され子育ての困りごとや悩みを丁寧に伺い適切な支援につなげるワンストップの窓口となっています。

また児童相談所につながる全国共通ダイヤル「189」。

ガイダンスが短縮されことしから通話が無料化されています。

2019年の標語は「189(いちはやく)ちいさな命に待ったなし」

子どもたちの命を守るため子育てしやすい環境をつくるためこれからも力を合わせてまいります。

沖縄の歴史と文化のシンボル首里城が10月31日未明、大規模な火災により焼失しました。
速報を知ったのは行政視察で訪れていた宿泊先の札幌市内のホテルでした。
早朝テレビをつけると画面に首里城が炎上する衝撃的な映像が流れ「全焼」という文字が目に飛び込んできました。
信じられませんでした。
議長の判断に従い常任委員会の視察を切り上げて那覇へ戻りました。
いち早く公明党が動いているのを知ったのは羽田空港の待ち時間。
その日の13時半でした。
ちょうど首里城鎮火と同時刻でした。
斉藤鉄夫幹事長(沖縄21世紀委員会委員長)らが赤羽一嘉国交相に首里城火災支援に関する緊急要請を行ったというニュースをSNSで知りました。
党の迅速な対応に胸が熱くなったのを覚えています。
その後、斉藤幹事長はじめ赤羽国土交通大臣、党の国会議員らが火災現場を視察。
沖縄振興予算とは別枠で財政支援の予算を確保したいとの考えが示されました。
出火原因の特定や責任の所在などはまだ明らかではありませんが、県内外そして海外からも励ましの声や支援の申し出が後を絶たず、首里城を想う、沖縄を想う多くの皆さまの真心に日々心打たれています。
写真はことし1月に首里城正殿うしろに再現された大奥「御内原(おうちばら)エリア」開園記念式典に参加したときに撮った1枚。
ちょうど正殿も塗り替えられたばかりで真近で見た鮮やかな朱色の正殿の姿が今でも目に焼き付いています。
「首里城に会いたい」
ことし撮った写真を眺めながら沈む気持ちを整理しています。
きょう11月18日、首里城再建に向けた知事直轄の専門ームが発足しました。
紅(くれない)の首里城に再び会える日まで再建の歩みを記憶に留めていこうと思っています。
公明党も那覇市議会も早期再建支援を全力で後押ししてまいります。

きょう11月17日。
公明党は結党から55年の節目を迎えました。
党の創立者である池田大作先生の指導をあらためて確認。
団結第一。
大衆直結。
勉強しきること。
党が誕生した1964年(昭和39)に私は生まれました。
わが人生が公明党とともにあることを誇りに、立党精神「大衆とともに」を噛みしめてこれからも一歩一歩がんばってまいります。
(写真は前日に那覇市久美橋の上から撮った久茂地川の写真です。川面に映えた空がとても美しく澄んでいました。川の流れのようにたゆみなく前進してまいります)

那覇市議会9月定例会が33日間の会期を終え閉会しました(10月4日)。
最終本会議を終えたあと、那覇市長から久高友弘議長に、市民からの要望に対する回答の手交が行われました。
これは第12回議会報告会において市民から市営住宅の空き駐車場の活用を望む声が上がり、議会としてもこれを重視し市長に回答を求めたものです。
回答は、先進事例を調査研究し対応したいというものでした。
手交式には4常任委員会委員長と広報参画部会の部会長と部会長補佐が参加。
私は8月から広報参画部会という開かれた議会をめざす活動を担うこの部会の長に就かせていただいています。
これから11月の議会報告会開催に向けて取り組んでまいります。
市民とともに歩む那覇市議会をめざして頑張ってまいります。

那覇市議会9月定例会の一般質問(9月12日)。

以下の項目に取り組みました。
・災害備蓄される液体ミルクの有効活用
・ネット119の手話動画案内
・人口内耳の電池助成
・セカンドブック導入
・県性暴力被害者ワンストップ支援センター24時間相談体制の周知
・地域の交通安全対策(安謝地域、松山1丁目)

液体ミルクとネット119については概ねいい答弁をもらいましたが、人口内耳の電池助成とセカンドブックは戦いが続きます。
調査研究をつづけ取り組んでまいります。

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那覇市議会議員 大城幼子