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バックナンバー 2016年 11月

地域の党員の皆さまと会合を。
きょう11月30日は
厚労省が平成26年に定めた
「年金の日」。
今月16日に成立した
無年金者救済法について
公明新聞の記事を読んで
皆で確認しました。
受給資格期間が25年から10年に短縮したことで救済される無年金者は全国で64万人。
県内または那覇市での対象者数の把握はこれから。
私の兄は
保険料の払い込みが
2年と2ヶ月足りないため
年金受給資格者になれませんでした。
今回の法律の制定で
23年払い込んだ分の年金を
もらうことができます。
公明党よくやってくれたと喜んでくれています。
制度の谷間で
光が当たらなかった人たちがいる。
そんな人たちにも
希望がゆきわたるように。
公明党はがんばります。

大城わかこです♪
公明党那覇市議OBの松田義之氏が
地域の小学校に一千冊の図書を寄贈し
校内図書館に「松田文庫」が誕生。
きょうの琉球新報に紹介記事が。
松田元議員は
同紙の配達を務め
その配達で得た収入を
図書の購入資金に充当。
10年間で千冊を目指していましたが
予定よりも早い4年で目標を達成したとか。
議員になる以前から始めた
朝の交通指導は30年。
議員を勇退した後も
地道に続けていらっしゃいます。
那覇市立病院前のT字路において
大きなジェスチャーで旗を振りながら
子どもたちの登下校や
歩行者の安全を守っている姿はいつしか名物に。
早朝の新聞配達。
朝の交通指導員。
雨の日も風の日も。
議員勇退後も地域貢献を果たすお姿は誇りであり目標です。

大城わかこです♪
きょうは11月臨時会でした。広報参画部会、市議だより編集委員会と会議が続いたあと沖縄に身寄りがない女性の様々な手続きの同行支援を。包括支援センターや社協と連携を取り前に進まねば。写真逆さまですね(汗)

大城わかこです♪きょう那覇は一日中雨。朝から郷友会バザーの手伝いでした。テントの撤収でずぶ濡れに。夜は市民相談へ。帰りにカフェでジンジャーレモネードを。多くの出会いがあった一日に感謝。外はまだ冷たい雨ですが心は暖か。

大城わかこです♪
琉球舞踊の
渡嘉敷流あけぼの乃会
(主宰・花岡勝子氏)
が東日本大震災復興支援の
チャリティー公演を
地域の公民館で開催。
今年で5回目。
震災を忘れない努力と
真心の支援の継続。
地道な取り組みの
大切さを学びます。
出演者の皆さまにご挨拶をしていると、
ある方が私にかけ寄って
声を掛けて下さいました。
「いつもハガキをありがとう」
夏と年末に郵送している
議会報告ハガキのことでした。
受け取って目を通して下さっていることが分かり
こちらこそ感謝。
うれしい一言でした。
励みになります。
活動通信(チラシ)の充実も
がんばらなくちゃ。

きのう
超党派の議員で
離婚後の養育環境について
勉強会がありました。
説明を務めて下さったのは
「親子の面会交流を実現する全国ネットワーク」
の沖縄親子ネットの方々。
離婚で苦しむのは子ども。
離婚して
子どもと一方の親との関係が完全に断たれるのを防ぐため、
面会交流の定期的な実施や
養育費の取り決めを行うことを法制化してほしい
と陳情や署名活動などを行っています。
県内では7名(全て男性)で活動しているそうです。
厚労省(平成23年)によると
面会交流を行っていない母子父子は70%
養育費を受けていないケースは84%
という現状。
連れ去り離婚(ある日突然子どもを連れて出て行き離婚に至る形態)の防止も大切。
別居または離婚後の親子が
自然に会える社会をめざして
国においても
親子断絶防止議員連盟
が結成され議論が行われています。
注意すべき点は
児童虐待やDVの事情がある場合は
特別な配慮がなされなければならない、
とされています。
「夫婦の別れ」はあっても
それが「親子の別れ」であってはならない。
大切な視点を教えていただきました。
もっと学んでいこうと思います。

大城わかこです♪
きょうは
曙小学校区まちづくり協議会でした。第8回目でした。
私が所属して1年余り。
公民館と児童館が
この地域に必要との要望が
上がっています。
議員として大きな宿題をいただきました。
那覇市は自治会の加入率が低いのが悩みです。
年々減少の一途をたどり
昨年平成27年度は
20%を切り19%に。
そこで那覇市は
小学校区ごとに
自治会や町内会など
既存の組織を基盤とした
コミュニティとして
まちづくりのための協議会を
小学校区に設置する試みを
平成22年度から始めました。
それが
「校区まちづくり協議会支援事業」です。
学校関係者、PTA、民生委員、地域で活動する団体や企業、事業所、近隣住民が集まり
緩やかに連携し協力していくことを目的としたものです。
月一度(または必要に応じて)集まり
地域の課題を共有し
改善していくための話し合いを行っていきます。
自治会や町内会が無い校区も
この協議会を立ち上げれば地域のコミュニティが形成されていきます。
モデル事業が始まった平成22年は
真和志地域から与儀小学校区
首里地域から石嶺小学校区の
2校がモデル校に選ばれ
平成23年は
若狭小学校区と
銘苅小学校区が
公募で選定され
私が所属する曙小学校区は
自主的に設立していたところを今年度平成28年度に
新たに認定された
気鋭の校区です。
那覇市内には36の小学校があり
今後、全校区に拡大していく予定です。
当初は子どもの学習支援を行うことをきっかけに立ち上げた
曙小校区協議会。
現在は寺子屋教室が定着し
週2回、教師志望の学生たちが
小学校に出向き
子どもたちの学習支援を行っています。
初期の目標は達成されたとのこで
次の目標は
公民館、児童館建設。
曙小学校が所在する
真和志北地域は
交通の便においても課題が多いところ。
そんななか地域住民の願いは
未来を担う子どもたちや
みんなの憩いの場である
公民館、児童館を
作ってほしいということです。
大きな宿題をいただきました。
恩ある地域のお役に少しでも立てるよう頑張ってまいります。

大城わかこです♪
「命のビザ」で
多くのユダヤ人を救った
日本人外交官・杉原千畝(すぎはら・ちうね)氏。
氏の名誉の回復に
公明党が関わっていました。
第二次大戦中にリトアニア領事代理を務めていた杉原氏は
1940年、ナチスの迫害から逃れるユダヤ人に
独自の判断で
日本通過の査証(ビザ)を発給し
6000人もの命を救ったことで知られらます。
この勇気ある行動。
戦後、国際社会では評価されましたが
日本では外務省の訓令違反の責任を問われ
杉原氏は帰国後まもなく退官。その後、同氏の功績が正当に語られることはありませんでした。
しかし1992年3月の衆院予算委員会で
当時、衆院議員だった
草川昭三氏(公明党元副代表)が
「杉原氏の人道的行動に対する日本政府の明確な意思表示を」
と訴えたことがきっかけとなって
政府による杉原氏の事実上の名誉回復が図られらました。
草川氏は
「まじめに働いた人が報われる社会をつくるのが私の原点」
と話したそうです。
(公明新聞2001年3月21日参照)
杉原氏が1ヶ月で発給したビザは2139通。
1通のビザに家族全員が記されていて少なくとも6000人が救われ
子孫まで含めると20万人以上が救われたことに。
現在
「勇気の証言 ホロコースト展」
沖縄展が開催中。
ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)の時代を生きた
杉原千畝氏の人生と
アンネ・フランクに
光を当てた展示が話題に。
杉原氏が直筆で入国許可の条件を記したビザのレプリカ(初公開)を見ることもできます。
11月27日(日)まで
朝10時から夜8時まで
場所は浦添市民体育館。
杉原千畝氏の勇気の選択は
一人を救うことが世界を救うことを教えてくれています。

大城わかこです。
きょうから
「勇気の証言 ホロコースト展」
の沖縄展が始まりました。
早速行ってきました。
同展示会は
創価大学とサイモン・ウィーゼンタール・センターの共催。
同センターはホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)の記録保存
そしてホロコーストの歴史を風化させないことを目的に
1977年に米国ロサンゼルスに開設されました。
同センターの
「寛容の博物館」の展示内容を抜粋し
約40枚のパネルでホロコーストの歴史をたどるようになっています。
圧巻です。
人類が20世紀に経験した最も悲惨な歴史の一つホロコースト。
このような惨劇がなぜ起きたのか。
今を生きる私たちに投げかける問い。
その問いについて考える
大変いい機会を得ました。
「人々が忘れなければ
希望はつづく」
展示冒頭にあった言葉です。
第二次大戦で惨禍を浴びた沖縄。
この地で開催されることの意義を深くかみしめたいと思いました。
11月27日(日)まで6日間の開催。
場所は浦添市民体育館です。
朝10時から夜8時まで。
多くの方にぜひ足を運んでいただきたい展示です。

大城わかこです♪
きょう水谷修先生の講演を聴くことができました。
「さらば、哀しみのドラッグ〜夜回り先生、いのちの授業」
魂に突き刺さるお話でした。
第22回麻薬・覚醒剤乱用防止運動沖縄地区大会。
大会宣言文の最後に
「愛する自分を大切に」
薬物乱用を絶対に許さない社会へ。
私にできることから始めたい。
心に誓いました。
水谷先生の奮闘に
大会関係者の努力に
心から敬意を表します。

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那覇市議会議員 大城幼子