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CIMG9314みなさん、こんにちは!千種区のたなべ雄一です。

今年は名古屋市が1999年2月に「ごみ非常事態宣言」を発表してから20年になります。

非常宣言以後、名古屋市はごみの分別と資源化に乗り出しました。

可燃ごみ、不燃ごみ、紙製容器、プラ、PETなどの分別はその時から始まったものです。

「不可能だ!」といわれた分別は見事に市民との共同で成し遂げられ、全国が驚嘆の声を上げたほどです。

他都市でも名古屋市を見習った取り組みがなされていますが、私は未だ名古屋ほどの分別ができた都市を知りません。

まさに、名古屋はごみの分別を文化にまで高めたといえると思います。

この時から始まったのが学区等による集団資源回収です。

燃えるゴミに出されていた新聞紙や段ボールを回収して資源化する取り組みです。

しかし、この古紙を持ち去る事件が多発した時期がありました。

学区や町内の皆さんが本当に困り果てて、私のところにご相談に来られました。

そこから、古紙持ち去り防止条例(通称)が制定されるまでの経緯をまとめてみました。

条例ができて今年で7年。

持ち去り件数は条例制定後に劇的に減少しています。

今日も市内のどこかで学区の古紙回収がされていることと思います。

■現場主義貫き条例化

2012年7月1日、全国に先駆けて議員提案による古紙の持ち去りを防止する「名古屋市集団回収における古 紙の持去り防止に関する条例(以下、防止条例)が施行されました。

施行当日は、集団資源回収を行っている学区(小学校区)で、市長と地域住民がパトロールを実施して条例施行をアピール。これには報道陣も多数駆け付け、市民の関心が集まりました。

■はじまりは市民相談

防止条例は 11 年の 11 月定例会において、たなべ雄一(公明党)の呼び掛けで自民・民主と 共同の議員提案条例として上程され、当時たなべ雄一が所属していた総務環境委員会での慎重な審査を経た後、全会一致で可決、成立しました。

条例を作るきっかけとなったのは、地域からの市民相談でした。

10 年7月中旬の、ある日曜日の朝のこと。

「田辺さん、せっかく皆さんが学区のために持って来てくださった古紙を半分以上持って行かれてしまった」と住民から悲痛な訴えを受けました。

事情を聞くと、外国人風の集団がワンボックス車で乗り付けて、朝早く出された古紙を持ち去って行ったとのこと。

調査すると全市で同様の事案が発生していることが判明。

これがきっかけとなり行政、関係業界団体と地域、そして議員が連携した古紙持ち去り対策が始まりました。

■名古屋市特有の資源回収事情

まず名古屋市のごみ行政について、その歴史と特徴に触れておきます。

名古屋市は1999年2月に「ごみ非常事態宣言」を発表。

当時、ごみ処理量が増え続ける中で、次期埋め立て処分場を建設する予定地であった藤前 干潟が渡り鳥の重要な飛来地であったことから、保全を求める住民運動が始まり、市は埋め立て計画の中止を決断。

そのため市は、市民や民間事業者との協働で20 万㌧という大幅なごみ減量への様々な取り組みを開始しました( 02 年 11 月、藤前干潟はラムサール条約の 「国際的に重要な湿地」として登録)。

市は古紙のリサイクルを促進することで、当時約4万7000㌧程度だったリサイクル量を増やそうと考えます。

それまで、子ども会などの団体が任意に行っていた一般方式の集団資源回収に加え、学区の参加を促すことで活性化させようと、2000年4月に学区協議会方式(以下、学区方式)を地域住民の理解と協力を得て導入。

学区方式では回収量に応じて拠点回収には3円/㌔、各戸回収には1円/㌔(当時)の事業協力金が市から学区へ支給され、学区の運営資金として活用されてきました。

この学区方式によって市は新たに年間数万㌧の古紙資源化を実現。

市のごみ処理費用は、集団資源回収によって約60億円削減できたといいます。

しかし、10 年夏頃から学区方式の古 紙持ち去りが市内で発生し、地域住民が受け取れるはずの事業協力金が受け取れず、地域の活動資金を失うという深刻な事態になりました。

■市民・警察から条例求める声

古紙持ち去りの相談を受けた私は、直ちに市環境局そして地元警察署に対応を依頼。

地元警察署が持ち去り現場を押さえたと聞き、話を聞きに行くと市内だけではなく県内随所で古紙の持ち去りが発生しており、県警本部も対応に苦慮していることが分かりました。

当初、警察では路上に集積された古紙は法律上、所有権の特定が難しく窃盗として扱うのは困難との判断でしたが、市民の窮状を訴えたところ理解が得られ、回収日にはパトロールを行い、持ち去り現場を押さえて古紙を取り戻すなどの一定の成果を上げました。

しかし決定打がなく、次第に条例による対策を求める声が地域住民や警察、そして回収業者団体から寄せられるようになりました。

10 年9月定例会の本会議で、私は古 紙持ち去り被害への市の対応と条例改 正についての考えを質しました。

環境 局長からは、

  • 名古屋市は他の自治体のように行政回収ではないこと
  • 市内全域をカバーする大規模なパトロール体制が必要になること

などを理由に条例改正に後ろ向きの答弁。

河村市長も「民間でやるべきというのが基本的考え」「業者(古紙問屋)が買わないよう徹 底することが、一番効果がある」などとして行政の積極的な関わりはしない方針を示しました。

私は「市長が市民を守らないのであれば、議会がしっかりと守っていく」と宣言し、議員条例の制定を決意しました。

■「防止条例」制定に向けて動く

2011年3月に総務環境委員会に所属した私は、予算審査委員会で古紙持ち去り被害についての質疑を展開。

その際に市からは当時の推計で、学区方式の持ち去り被害量は年間約470 ㌧、被害額では学区141万円、業者188万円、合計で約330万円であることが示されました。

しかし、後にこの被害額は業界団体の試算と対比して過小評価であることが分かり、実際 の被害推計は年間約2,000㌧で、学区の被害額は回収業者からの売却収入も合わせた場合に約1,000万円にも上ると予想されました。

また、委員会では学区方式は、そもそもごみ削減のために、市が市民と業界に協力をお願いして進めた歴史的経緯が指摘され、持ち去り防止には市が責任を持つべきであるとの議員間の共通認識がつくられていきました。

6月からは先進的な都市を視察するなどして、条例の素案を作り上げていきました。

同時に公明、自民、民主による超党派の勉強会を11 年8月に立ち上げ、政策検討会を計7回開催。

環境局との意見交換、住民代表と回収業界からの意見聴取や条例の内容及び効果、罰則の規定などの検討を進めました。

こうして全体で7条からなる「名古屋市集団回収における古紙の持去り防止に関する条例」案が 11 年 11 月に出来 上がりました。

まず第1条で条例の趣旨を「廃棄物の減量を目的として市民が市と協働で行う古紙の集団回収の円滑な実施を確保するため」とし、あくまで行政の求めに応じて市民が協力しているという関係を明確化。

第2条では、第三者が「古紙を収集し、又は運搬」することを禁止。

所有権主張型ではなく持ち去り行為禁止型の条例としました。

第3条では、市が巡回パトロールなど「禁止される行為を防止するため、必要な措置を講じる」ことを定めています。

また、「必要に応じて関係機関等に協力を求める」とは警察との連携を想定。

持ち去りの防止に警察の協力は不可欠であり、事前に県警本部と数回の協議を行い、十分な理解を得ておきました。

第4条では、禁止行為を行ったものに対する勧告と命令を、第5条では、正当な理由なく命令に従わなかった場合の氏名公表を定めました。

第5条第2項で「市長は、必要があると認めるときは、(中略)公表した情報を関係機関等に提供することができる」としたのは、名古屋市の場合、隣県ナンバーの車両が持ち去りに使われていたことから、他府県の行政等に情報提供して協力を求めることを想定しました。

第6条では、行政罰として5万円を上限とした過料を規定し、十分な抑止力を担保しました。

附則では施行日を、市民への周知期間と当局の準備期間を考慮し、行為禁止部分は条例制定から約6カ月後の12 年7月1日、罰則部分は更に3カ月後の同 10 月1日の施行としました。

■市民とつくりあげる条例

定例会の会期中に市長と一緒に深夜と早朝に回収現場の視察に行き、持ち去りの実態を調査。

また、実施団体(学区)の代表や業界(製紙メーカーと回収業者)の代表と市長との意見 交換会を開催し、条例を求める切実な市民らの声を市長に直接届けました。

今回の条例制定の過程で最も心を砕いたのは、市民生活に直結する条例制定にいかに市民を巻き込んでいくか、でした。

そこで、勉強会や市長協議そして市民代表らと市長の意見交換会等の会合を全て報道陣に公開し、マスコミ報道を通して市民の理解を得るように努めながら進めていきました。

■全会一致で「防止条例」可決

11 年 11 月定例会最終日の本会議で、古紙持ち去り防止条例は全会一致で原 案通り可決。

市民待望の条例が実現しました。

特に古紙業界における条例の効果は大きく、それまで法的に明確な禁止規定がなかったため、十分進まなかった業界内での持ち去り古紙の不買などの対策が明確に禁止されたことで 業界を挙げて不正古紙として排除と不買の義務化が進むことになりました。

市内の持ち去り通報件数は、制定前の1日当たり62 件から、制定後に は36 件と大幅に減少するなど、条例の効果は明らかです。

地方議会の存在意義が問い直されている今、市民目線の政策条例を提案・制定できるかどうかが、政党力そして議員力を問う重要な基準となってくることは間違いありません。

私たち公明 党名古屋市議団は、今後も市民の生命と財産そして権利を守る政策条例を提 案・制定していくため、より一層の研さんと現場の声を聞く市民相談に邁進していく決意です。

(写真は市内を走る条例施行のステッカーを貼ったパッカー車。古紙持ち去りの防止を訴えています)

※このブログの内容は月刊公明に掲載された記事に加筆したものです。

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